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素敵な恋のためだけに

 私は素敵な恋がしたかった。私が人生を捧げられると思うくらいの恋。それは幼い頃からの夢だ。私の祖父はお医者さんで、祖母はそれをずっと支えていたらしい。そんな風に生きたいという願いがあった。だから、ずっと女子校に通っていたのかもしれない。人から悪評を立てられないように堅実に生きてきたつもりだ。私が悪評を立てられるとしたら穂積の彼女のふりをして、穂積の彼女を別れさせたことくらいじゃないだろうか。名門女子校にずっと通っていたということは、お見合いでは好ましいと親戚が褒めていたのを覚えている。私は恋というより素敵な結婚がしたかったのかもしれない。そのまだ見ぬ恋の、結婚の、相手のためにキスだって大切に置いていた。


 穂積だってそれを知っていたはずだ。なのにキスをした。それが許せなかった。






 あれ以来穂積とは会っていない。何度も電話とメールが来たが、無視をしたのだ。我ながら子どもっぽいと思うし、穂積があんな行動に出るくらい怒らせてしまった私にも責任はあるのかもしれない。


「よーしのっ!」


 私に明るく声をかけるのは幼稚園の頃からの友人の遠坂桃江(とおさかもえ)ちゃんだ。桃ちゃんと呼んでいる。


「桃ちゃん。どうしたの。」

「ん?なんでもないよ。ね、もう3日よ。」

「何が?」

「あんたが、うじうじしてからよ!もういいから私に話しなさい。話すまで今日は返さないからね。」


 桃ちゃんは怖い顔で言う。私は眉間にシワを寄せる。桃ちゃんに話して楽になろうか。私は3日前の穂積とのことを飛鳥にさえ言ってなかった。桃ちゃんに話すと、桃ちゃんは同情したような怒ってるようなよくわからない表情を浮かべている。


「穂積くんも不器用ねえ。他のことは器用なのにね。残念なイケメンって彼のことよね。」

「多分私、穂積が触れられたくないことに触れたせいだと思うんだけど、いくらなんでもキスはひどくない?だってファーストキスだよ?」


 私は怒ったように言う。桃ちゃんは何か言おうと口を開いた、だけど、それよりも早く口を出した人がいた。


「ファーストキスなんて大事じゃないわよ。」


 私が振り返ると、高校時代からの友人の古町梢(こまちこずえ)ちゃんがいた。梢ちゃんは一人の恋人がいるのに火遊びが絶えない困った人だ。


「梢ちゃん。」

「あのね、誰にファーストキスを奪われたか知らないけど、ファーストキスなんて重要じゃないわ。そもそも誰でも初めてしたのがファーストキスよ。例えばファーストキスがA君だとしても、B君と初めてしたならそれがファーストキスだってこと。」


 梢ちゃんは滅茶苦茶な論理を振りかざす。私は思わず眉間にシワ寄せる。梢ちゃんのように考えられたらどんなに楽なんだろうか。


「吉野ちゃんの素敵な恋ってたったひとつなの?それってもったいないことよ。」

「私は一人の人と素敵な恋をして、結婚したいの。それでその人を支えさせてほしい。」


 私が幼い頃からの夢を語ると、桃ちゃんはあからさまにうんざりした顔をして、梢ちゃんは妙なものでも見るように私を見る。私の夢が普通でないことはわかっている。


「重いわね。」


 梢ちゃんにずばりと言われる。私は思わず苦笑した。もう何回と穂積に言われたことだからだ。


「うーん。やっぱり?穂積もよく言ってたな。」

「穂積?って確か吉野ちゃんの幼馴染み君だっけ。」

「そうそう。そして吉野のファーストキスのお相手になったらしいよ。」


 桃ちゃんは余計なことを言う。私は思わず桃ちゃんを睨んだ。ファーストキスが穂積だと人に知られたくないというのに。


「その幼馴染み君は素敵な恋のお相手にはならないの?」

「ないなあ。穂積は私のこと好きにならないよ。だって昔から穂積は私のこと幼馴染みとしか思ってないもの。幼馴染みだから他の女の子より距離が近いだけなの。家族みたいなもんだよ。」


 私がけろりと言うと、梢ちゃんの目が光る。


「恋はね、好きになってからなのよ。相手の脈があるかどうかなんて関係ないの。そもそも脈はあるでしょ。だってキスされたんでしょう?なんとも思ってない女にキスなんかしないわ。ましてや家族にキスをなんかしないわよ。マウストゥマウスは特にね。とりあえず大事なのは吉野ちゃんの言うところの素敵な恋のお相手に幼馴染み君がなり得るかどうかよ!」


 梢ちゃんは熱弁する。私は少しだけ納得した。そんな風に穂積を考えたことなかった。穂積が素敵な恋のお相手になり得るのだろうか。穂積を支えたいかといえば、支えたいだろう。穂積の助けになれたらいいとは思う。しかし、それは家族の幼馴染み的な枠を超えるものなのだろうか。頭がごちゃごちゃしてきた。少し熟考が必要みたいだ。


「わかった。考えてみる。私、今日帰るね。」


 私はふらふらしながら席を立つ。桃ちゃんが心配そうに私を見ていたが、何も言わなかった。






 私が校門を出ると、腕を掴まれた。私はびっくりして我に帰る。腕を掴んでいたのは穂積だった。穂積の学校から私の学校は四駅くらいだ。距離があるといえばある。穂積は怖い顔をしている、あと不安そうな顔。余裕がなさそうなのはわかった。


「なんでここにいるの。」


 私は自分でもわからないうちにそう言ってた。なんでなんか聞かなくてもわかる。話し合おうと思ったのだろう。私は穂積からの連絡をずっと無視してたんだから。


「なんで?連絡とれないから会いに来た。実家だと余計な邪魔が入るだろう。」

「あ、そ。私、今わかんないの。ねえ、穂積。どんなつもりで私にキスしたの。」


 私はされた時からずっと疑問だったことを聞く。穂積は眉間にシワを寄せる。それからするり、と掴んでいた手で私の手を掴む。そして、黙ったまますたすた歩いていく。私は腹が立ったが、多分穂積は私ぐらいに怒っていて、このまま喋るとお互い喧嘩になるだろうし、校門で喧嘩するわけにもいかない。なので、私はしぶしぶ穂積に従った。






 穂積が私を連れてきたのは珍しい場所だ。幼い頃よく遊んだ公園。公園は夜に近い夕方だからか、ほとんど人がいなかったというか、穂積と私だけだ。穂積が座っているベンチの隣に私も座る。


「吉野。キスしてごめん。どうかしてた。」


 穂積は私の顔を真っ直ぐ見て謝る。私は眉間にシワを寄せる。


「なんで、キスしたの。どうかしてた、って。」

「なんで。か。わかんない?どうして僕がキスしたのかわかんない?」


 穂積はまるで狩りをする人みたいな目で私を見る。まあ、狩りをする人なんて見たことないけども。多分こんな感じだろう。それにしても穂積はどうしちゃったのだろう。長年、もう10年以上は一緒にいるがこんな目をしたことはない気がする。私は何故か冷静だった。さっきまでは怒っていたのだが。


「わからないわ。」

「僕は吉野が好きだよ。」


 穂積は熱っぽく言う。私は眉間にシワを寄せる。何を言ってるのだろうか。好き?穂積が私を?ありえない。なんとなくでキスして引っ込みがつかないのだろうか。


「ちなみに言っておくと、恋愛的な意味だから。」


 穂積は念押しするように言う。私は黙り込んだ。頭が追いつかない。好き?恋愛的な意味で?


「あのね、穂積。恋愛的な意味ってそのね。」


 私がしどろもどろになりながら言う。もう怒りはどこかにすっ飛んで行った。


「吉野のことが好きなんだ。もう昔からずっと。」

「ずっとって。穂積、彼女たくさんいたじゃない。」


 私がそう言うと、穂積は困ったように微笑む。そう。穂積には彼女がいた。確か、初めて穂積に彼女ができたのは中二のはずだ。穂積より一つ年上の人。穂積はほとんど2〜3ヶ月で彼女が変わる。もちろん、例外もあったけど。なんてくずなんだ。


「ずっと好きじゃなくなりたかった。吉野の大切な幼馴染みでいたかったから。忘れたかったんだ。だから、付き合ったよ。付き合う時には大体言ったしね、他に好きな子いてもいい?って。」


 穂積は苦しそうに言う。私はなんて言っていいのかわからなかった。


「穂積。」

「だけど、もうやめるよ。無闇に彼女を作るのも。君に執着するのも。君の身代わりを作るのも。...吉野。しばらく距離を置こう。いつか僕がきちんと吉野を大切な幼馴染みに見れるまで。いつになるかわからないけど。」


 穂積は優しく微笑む。私をいつも安心させてくれた微笑みだ。でも、言ってることはつらかった。


「今日はそれが言いたかっただけなんだ。」

「穂積。私、もう許すわ。キスしたこと、気にしない。だから、」


 私は思わずそう言っていた。だから、離れるなんて言わないでほしい。だって穂積を離したくないのだ。なんて我儘な女なんだ。


「じゃあ。付き合える?僕と。もうやめてくれ。吉野は、いつも残酷なんだ。もっと良い人が現れるとか、穂積は良い人だとか、そんな言葉欲しくなかった。僕はね、ずっと君が欲しかった。君だけを。女として愛してるんだ。でも、君はいつまでたっても僕を男として見てくれないし、大切な幼馴染みなんだろう。だから、たまらなくなってキスをした。気づいて欲しかったんだ。僕が大切な幼馴染みじゃないってことを。でも、もうおしまいだよ。吉野は僕よりも良い人と素敵な恋をするといい。」


 穂積は吐き出すように言うと、公園を出て行った。私は呆然としたままだ。どうしたらいいのかわからない。私はなんて無神経な能天気な人間なんだろう。どうしたらいいの。




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