私と幼馴染みの最低な関係
七夕もののつもりが、あまり
七夕関係ないです。
私、井上吉野の幼馴染は最低の天才だ。
私の父親三輪は高名な書道家で、母親の友人由芽子は茶道の先生だ。ある時、父親の友人だとかいう音楽家一家早良さんが家の隣引っ越してきた。私の父親は騒がしいところが嫌いで家が建っているのも人寂しいところなので、父親と同じく静かなところが好きな早良さんも隣に引っ越してきたらしい。早良さんは世界的に有名な指揮者で、早良さんの奥さんは美人なピアニストだ。その2人には可愛い子どもたちがいた。その子どもたちの中には私と同い年の子がいて、名前を穂積という。
穂積は幼い頃から見た目が良かった。周りの人からは天使みたいに綺麗ねと言われるほどに。まあ、クォーターのせいか、全体的に色素が薄いし、そう言われるのもわかる。穂積とは学校こそ一緒ではなかったが、仲は良かったと思う。穂積には絵の才能があって、色んなコンクールを総なめしていた。私は穂積の絵が好きだ。今でも好き。穂積はいろんな絵を描いた。風景、人、建物、抽象画のようなもの。芸術家というものはよく色を好むというが、穂積もそうらしかった。彼は中学生から色んな女の子を付き合っては別れるを繰り返す。そして、言うのだ。
『別れたいから手伝ってほしい。』
それを言われると私は穂積の隣ににこにこと微笑んで穂積の彼女のふりをした。今思うと馬鹿の極みである。でも、穂積の彼女は大体が泣いたり怒ったりして結局別れた。穂積は嫌な野郎だ。真面目に付き合えないなら付き合うな。何度そう言ったかわからないが、聞かなかったし、私も私で穂積の頼みを断れないのだ。これはそんな私と最低な幼馴染のお話だ。
「素敵な恋がしたいの。」
私は自分でも何度目になるかわからない言葉を発した。目の前の穂積と双子の兄飛鳥は呆れたような表情を浮かべている。穂積と飛鳥は仲が良く、親友だ。私と飛鳥は大学に行っても家を出なかったが、穂積は出ている。私は正直穂積は家を出ないほうがまだましな生活を送っていただろうと思う。
「うん。それで?」
穂積が私を促す。私は目の前のアイスティソーダの入ったコップを揺らす。カランコロンと氷がぶつかる音がした。
「だから、もう穂積の手伝いはしない。」
私がきっぱりと言う。飛鳥はなんだかしらないが驚いてるようだった。穂積は珍しく難しい顔をしている。
「吉野。お前さ、その素敵な恋?のお相手いるのか。」
飛鳥は穂積をちら見しながら言う。私は首を横に振った。私は残念ながら幼稚園から高校はカトリック系の女子校に通い、大学もその女子校歴を更新している。しかし、私の通っているカトリック系の女子校は元は共学校に女子校を新設したもので、敷地の隣り合わせに共学が建っていたのだが、当然女子校はどこまでいっても女子校であった。ちなみに穂積と飛鳥はその共学校に高校まで通っていた。
「残念ながらいないの。でも、出会いはいつ転がり込むかわかんないでしょう?だから、もうやめよっかなって。」
私が言うと、穂積は困ったように微笑む。穂積はいつも微笑んでいる。穂積の雰囲気は柔らかい。だから女の子からモテるのもわかる。
「穂積は女の子に対しては最低のクズ野郎だけど、それに協力してた私も最低のクズ野郎だなって思って。私は恋を冒涜してた。だからね、もう彼女のふりはやめるから。」
私はずっと思っていたことを言ったら、すっきりした。ずっと思っていた。穂積の彼女さんたちはみんな穂積のことが好きだったのだ。だから、別れるとき、泣いたり怒ったりしていた。嘘で彼女たちを騙していたことは私にとっては結構重い罪で、最近になって本当に耐えきれなくなっていたりする。
「ねえ、吉野。それって、こないだのことが原因なの。」
穂積はにこにこと聞く。こないだのこと。まあ、それも一因なのかもしれない。こないだ、私はまた穂積の彼女のふりをした。こないだの彼女は珍しくふわふわしたゆるふわ系女子で、穂積が別れを切り出すと、隣の私を涙目できっ、と睨みつけてこう言ったのだ。
『貴女が穂積くんを縛っているのよ!幼馴染かなんか知らないけど今更出てこないで!』
私はショックを受けた。穂積はいつものように私を幼馴染でずっと好きでやっと付き合えることになったから別れてほしいと切り出したのだが、彼女はそう言って私を睨みつける。私は彼女の言う通りだと思った。穂積は私が彼女のふりをするから簡単に人と付き合ったり別れたりするのかもしれない。じゃあ私は穂積と距離を置くのが正しいのだ。
「違うわ。それだけが理由じゃないの。とりあえずやめましょう。」
「困るよ。君だけが頼りなのに。」
「おい。痴話喧嘩すんなら他所でやれ。俺の前ですんな。」
揉め出した私たちに飛鳥が呆れたように言う。私は飛鳥に助けを求めた。飛鳥がとりなしてくれるとうまくいく気がするから。飛鳥はお金を置いて立ち上がる。
「まあ。ゆっくり話し合えよ。俺は先に帰る。」
「えええ。飛鳥帰っちゃうの。じゃあ私も。」
私は困った声を上げる。飛鳥がいなければ私は丸め込まれちゃうかもしれない。だが、穂積は私の手首を握る。
「じゃあゆっくり話し合おうか。」
「話すことなんてもうないでしょ。」
穂積の言葉に私はすかさず返す。飛鳥は私の耳元である言葉を囁いてから、その場を去った。
『鈍いのも大概にしろ。』
この時囁いた飛鳥の言葉の意味がわかるのは大分あとになる。
とりあえずあのカフェを出てから、私は穂積の家にいた。穂積はマンションに一人暮らしだ。いつ来ても整理整頓されている。
「吉野はさ、騙されやすいよね。変な男につかまらないか心配だな。」
穂積はそんなことを言うが、心外だ。私はこう見えてもしっかり者だ。誰がなんと言おうがしっかり者なのだ。
「失礼ね。」
「一人暮らしの男の部屋にのほほんと付いて行っちゃだめだよ。男はみんな狼なんだから。」
穂積は咎めるように言う。私は一瞬、きょとんとしてから笑った。可笑しい。私は他の男ならのほほんと付いて行ったりしない。穂積は他の女の人の前なら狼になるかもしれないが、私の前では決して狼にはならない。そう信じているからだ。
「だって、穂積は狼にならないよ。私に手を出すほど飢えてないでしょ。」
私が至極まっとうなことを言うと、穂積は脱力したように息を吐く。
「あのね。男は可愛い女の子に迫られるところっといっちゃうの!心配だなあ。変な男に変なことされそうになったらすぐ言うんだよ。あと、すぐ逃げること。」
「可愛い女の子じゃないもの。」
私は拗ねるように言う。私の顔面は普通だ。両親も兄もそれなりに整った顔面なのに、私は普通だ。穂積はぽん、と手を優しく私の頭に置いた。
「僕にとっては可愛い女の子だよ。」
やっぱりこういうところが穂積のもてる理由なのだろう。穂積は基本的に愛想が良い、顔もいい、才能もある。でも、それ以上に穂積に惹かれるとしたら、穂積の性質だろう。穂積は空気を読むのが上手い。穂積は欲しい時に欲しい言葉や行動をくれるのだ。そりゃもてるだろう。
「穂積は幼馴染みだからなあ。」
私は困ったように笑う。穂積は幼馴染みだから、優しいのだ。勘違いしてはいけない。私は特別なんかじゃない。幼馴染みだからなのだ。たまたま父親同士が友人で家が隣だったから。
「本当にやめちゃうの。彼女のふり。」
「え?うん。やめるよ。ね、穂積。本当に好きな人とだけ付き合いなよ。穂積は確かに女の子に対しては最低のクズ野郎だけど、良い奴だもの。勿体無いよ。」
私は何回目かになる小言を言う。穂積が誠実になれるだけの人が現れて欲しい。これは私が素敵な恋をしたいと願うのと同じくらい願ってることだ。
「吉野は夢見すぎだよ。素敵な恋ってさ、どういうことを言うの。吉野はその素敵な恋の相手のためにファーストキスも大事に大事にして、その素敵な恋の相手のためにずっと女子校に行って、真面目に生きてる。それって面白いの。」
穂積は珍しく暗い瞳で言う。どうやら怒らせてしまったようだ。私は昔、戯れでキスをしようとした穂積を殴ったことがある。だってキスって初めてのキスって素敵な恋の相手のためにとっておくものだって思ってるから。
「面白い、面白くないじゃないもの。私は相手に誠実にありたいの。」
「それって重いよ。」
「重くないって思ってくれる人と恋するからいい。」
私はつんとそっぽ向いて言う。穂積は苛立ったようだ。穂積は私の両腕を掴んで引き寄せて、私の唇を塞いだ。私は頭が真っ白になった。私はどうやら穂積にキスをされたらしいと思った途端に頭に血が上って、気づいた時には手を振りかざして穂積の頬を打つ。ぱん、といい音がする。
「私は穂積の周りにいる子じゃないの!穂積の最低のクズ野郎!もう知らない、大嫌い!!」
私は怒って言って、ひったくるように荷物を取ると、部屋から出て行った。穂積は何も言わなかった。