八話 強敵モンスター
俺達は、大きな洞窟のような場所に来ていた。掘られたような穴は奥深くまであり、壁には松明が立て掛けてある。
この奥に、モンスターがうじゃうじゃ居るのかと思うとゾッとしないでもない。
しかし、この洞窟、遺跡みたいに見えるのは気のせいなのか?
「ここが、今発見されているなかで、一番大規模なダンジョン……どうした?そんなに珍しいものじゃないだろうに」
キョロキョロしている俺を不思議に思ったらしいライニスは、声をかけてくる。
どうやら、こういう洞窟はちょいちょいあるらしい。
「いや、地元では入らせてくれなかったんだよ」
「ああ。まあ、危険ではあるからな、素人が入るのには危ないとの配慮かもな」
適当な言い訳に得心がいったのか、頷きながら自身の考察を口にしているライニス。
一つ一つの動作がグッときたりするのだが、ドMだからなあ……。
「……おっと、ここだ。このボタンを押せば、モンスターがひしめくダンジョンにワープできる」
ライニスが指差した先は、場違い感が満載の赤いボタンがあった。
押すな。と書いてあれば確実に押すであろうボタンを、ライニスは躊躇なく押す。俺の意思も聞かずに。
「待って!?心の準備がまだ!」
「そんなもの死ぬ時は死ぬんだから意味ない」
「……ごもっともです」
俺、悪くないはずなのに負けたんですけど。
納得し難い事態に憤りを覚えたけど、水に流しておこう。
「ここから下へ行く程に、モンスターのレベルが上がるんだが……」
「だが?」
ライニスは活き活きとした顔をしていて、紡ぐ言葉にも熱が入っている。
「まだ、未開の層は沢山あるんだ。だから、私は、一番最初に、このダンジョンを攻略したい」
「おお、そっか!応援するよ!」
ライニスが抱く明確で雄大な目標には、凄く感動した。
俺と大差ない歳のくせに、確固たる意志があるのはちょっぴり羨ましかった。
俺なんて、復讐に燃えているのに……。
「……なあユウガ、もしよかったらーー」
「痛い痛い!!なんだよお前、寄るな!」
「……ユウガ、そのモンスター、このダンジョンで最弱クラスだぞ」
俺の腕を執拗に引っ掻き攻撃してくる、緑色の肌をしたスキンヘッドのチビ。
俺とチビの一進一退の攻防をライニスは冷めた目で見ている。
その目辛いからやめて欲しい。
「こんな所で使いたくはなかったが……。道中、密かに練習してた魔力コントロール見せてやる!オラァ!」
火炎放射のイメージで、チビに火を当て続ける。すると、チビは断末魔を上げて、息絶えた。
「……殺ったのか」
自分でも意外で、多大にショックなのだが、人間の姿をしていない生物は躊躇なく殺せるらしい。
「ユウガ、さっきの魔力操作は良かったぞ!凄く上達したな!偉いぞ!……まあ、最弱のシーサイズを倒しただけだけど」
一方で、魔力の操作ができた俺に賛美を送り、自分の事のように喜んでいるライニス。最後に何を言ったのかは聞こえてないよ。
「まさかこんなに喜ばれるとは思わなかったよ。それより、ここの層って、だいたいこのレベルのモンスターしか出没しないのか?」
このレベルなら、勝てない事もないかな。
「まあ、殆どな。稀に下層から強力なモンスターが上がってくる事があるが、それも稀有なものだ」
特に心配した様子もない事から、本当にめったに起こらないんだろうと思う。
俺とライニスは、軽い会話を交えながら奥へ進む。
「そういえば、ユウガはどこの国から来たんだ?」
会話する中、爆弾が解除の余地なく投下される。
「え……それは」
「魔法の操作すらできなかったり、本当に無知だったり。……不思議に思ってたんだ」
好奇心が覗く顔を見る限り、答えないままはぐらかすのはできなさそうだ。
「えーっと、ですね」
俺の言葉を聞き、その先を催促するライニス。
半端な嘘は効かなそうだ。
もう、諦めよう。
「俺の出身は……」
「おおっ!シーサイズの群れだ!これは運がいい!」
俺の言葉を遮って、ライニスは前方に見える、緑の塊に意識を向ける。緑の塊は凄い勢いでこちらに向かってきている。
敵討ちにでも来たんだろうか。だとすると。
「……死ぬかもしれない」
「腕がなるな」
会話が噛み合ってないというか、聞いてくれてない。俄然やる気のライニスは屈伸運動を始めた。余裕かましてる。
「帰りたいな」
「一人当たり二十匹くらいかな。頑張ろう!」
「いいから聞けよ」
俺の発言を無視しまくるライニスの頭を引っ叩く。
「痛っ!だってユウガが弱気だから!」
弱気も何も、さっき一体で苦戦したシーサイズが四十匹とか、士気も下がるに決まってる。
「……俺、荒事には向いてなかったわ。普通の職場で働いて、安定した暮らしを送るよ」
「戯言ほざいてる間にもう来たぞ」
ライニスに促され、意識を緑の塊に向けると、あと五メートル程のところまで緑が来ていた。
「手遅れだよね?」
「ああ」
ちょっと頬を赤らめて告げるライニスに侮蔑の視線を送り、両手をシーサイズの群れに向ける。
できるかわからないけど、ヴォルガをやるしかない。
「こんな時にマゾ発症するなよ。爆裂魔法【ヴォルガ】!!」
両の手に熱が篭り、徐々に発光していく。前は無我夢中だったからわからなかったが、結構な熱量だ。
あの少女を葬った感覚が想起される。その時は直に手が触れていたから、敏感にその感触が伝わった。けど、今回はそれを体感する事はまずないだろう。
刹那、両手に強い衝撃を感じ、一瞬遅れて、シーサイズの群れの一部が爆裂した。
「おお、魔法の威力もまあまああるじゃないか」
「そんな事いいから逃げよう!」
悠長に褒めてくれているライニスの襟首を掴んで、シーサイズがいる方向とは逆に逃走を図る。
「っ待て!」
ライニスが発した鋭い言葉が、俺の動きを止めた。反射的にライニスを見ると、表情が一変し、真剣さが露わになっていた。
「どうしたの?」
ライニスの顔は険しく、雰囲気から余裕をこいている暇はない事は悟った。
ライニスは警戒を高めながら口を動かす。
「強敵だ。シーサイズとは比べ物にならない程のな」
ライニスの、運がいい というのはてっきり多勢に嬲られたい願望なのかと思ったけど、実際はライニスのいう、強敵から逃げてきたようだ。
「なるほど……やばいな、俺たちもダンジョンから出た方がよくない?」
「ああ、出よ……ッ!?」
その言葉は、暴力により薙ぎ払われた。僅かなうめき声と共にライニスが勢いよく吹き飛んでいく。
「ライニス!?」
俺はライニスに向かって駆け出した。
しかし、敵に背中を向けたのは間違いだった。
ガラ空きの背中に太い棒状の何かが打ち付けられ、俺もまたライニスとは別の方角へ吹っ飛ぶ。
元いた場所から十数メートルほど飛ばされて、ようやく勢いが止まった。
擦り傷や打撲で怪我だらけになった身体を見て、俺自身がその様に引きそうになるが、地に這いつくばっているわけにもいかないのであちこちが痛むが立ち上がる。
「ライニスは……」
最も心配なのは、完全に無防備の状態で、恐らく頭部に攻撃を受けたライニスだ。
そのライニスは、案の定青い髪を赤黒い血で染めて、ぐったりと地に伏せている。
……こうなったら、やるしかない。二度目の命を、人を見捨てて生きたって納得できないし、それどころか後悔しか残らない。
敢えて避けていた、そのモンスターを直視する。
三メートルはゆうに超えるだろう巨躯に、捻れ曲がった角。全身は緑色をしていて、右手に木製の棒。
日本でいう、ケンタウロスに似ていた。
「やりづらい……」
苦笑いしか浮かべられないながらも、しっかりと魔力を練っておく。
「牛野郎、俺の連れに手出したこと、後悔させてやる!」
「グギャァァァァア!!」
俺の叫びと、牛野郎の絶叫が交錯した。
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