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三話 忘れることのできない感覚

 無我夢中に走っていると、いつの間にか森を抜けていた。

 出血が多いせいか、意識が朦朧としていて漠然としか風景を捉えられない。


「っはあ、はあっ、はあ……」


 顎が閉まらず、口に溜まった血液混じりの唾液がだらだらと溢れる。


 ーー悔しい。


 俺の心中はその一心に尽きていた。

 意味わからん奴によくわからない理由で刺殺され、強制送還された先で見捨てられ、行動を起こした矢先にこの始末だ。

 我ながら救いようがない。

 苛立ちに任せ右拳を振り下ろそうと力むと、激痛が襲う。

 ……痛みのおかげで熱くなっていた思考が冷えた。

 未だに霞むが、目を凝らして見ると、少し先に小川を見つけた。

 俺は、傷口の洗浄と水分補給を目的に、小川へ足を運ぶーー


 ーーはずが、肉体的限界に到達した身体が、ふさふさとした草原に崩れ落ちた。


「……だっ、大丈夫だどん!?」


 駆け寄る人影が、俺が最後に捉えた姿だった。


 ★


 ここ最近、何度意識を失っただろう。四時間に一回は吹っ飛んでる気がする。

 俺は、天井の規則的で綺麗な木目を呆然と眺める作業を始める。


「あ、起きたどん。気分はどん?」


 奇怪な語尾にびっくりして、声のする方を見やる。


「……あ、良好です」


 どん、だと!某太鼓の魔人を連想させる。

 地球では慣れ親しんだ語尾を生活用語として用いる度胸と一体感が謎にマッチしていてむしろ凄い。


「そう、ならよかったどん」


 安堵の息を吐き、胸を撫で下ろしたのは、おかっぱ頭の、十二歳くらいの少女。

 着物のようなものを着ているが、地球のものとは材質や柄が違う。


「……その、どん。って語尾なんなの?」


「えっと、この地域の方言みたいなものだどん。他のところから来た人間からはよく聞かれるどんけど、そんなに珍しいかどん?」


 どんどん連発されると、言葉の意味を理解するのに集中できないからやめて欲しい。


「なるほど。じゃあ、俺をここに運んでくれたのは君なのか?」


「そうだどん、重かったんだからどん!……」


 ツンツンした素振りを見せる少女だが、語尾のせいで全くときめかない。


「そ、そっか、ありがとう」


「いいんだどん」


にこり、と少女が微笑むが、どこかぎこちない。


「……優しいんだね」


警戒は解かないでおこう。

まだ油断はできない。召喚直後のようにまた見限られるかもしれないし、熊のように、襲われるかもしれない。

……でも、この世界で初めての平穏な時間だ。もう少し、このままでいたい。


「ねえ、君、家族は?」


「……三年前、火事があって」


「あ……ごめん」


少女は俯き、暗い顔をしてしまう。

悪いことを聞いた。


「いいんだどん。じゃあ、君の家族は?」


気を取り直したように、今度は少女が質問をしてくる。


「……いない」


俺の家族は、もう会えなくなった。

いや、記憶に留めておくと、狂ってしまいそうなだけかもしれない。ただ、家族については深く詮索されたくない。


「これ以上は、やめて欲しいな」


「……ごめんだどん」


お互いがお互いの傷口を抉りあった結果として、沈黙が場を包む。


「……そういえば、お腹すいたね!」


「そ、そうどんね!」


耐えきれず、俺が口を開くと、どうやら少女もこのどんよりとした空気が辛かったようで、乗ってくれる。


「それじゃあ、食べるどん」


「……なにを?」


意味があまり伝わらない少女の言葉。どんやめて欲しい。


「……君を、だどん」


 ギラン、と白く光る人間のそれとは思えない歯が少女の口から覗いたのが見えた。

少女の口から溢れた言葉が、俺が捕食される側だというのを悟る。

雰囲気が豹変した少女に、動揺を隠しきれない。


「嘘だろ!?」


 飛び上がるように立ち、少女から距離を取る。

 まさか、助けてくれた相手が俺を食おうとしているとは、本当に予想外だ。


「……ふふっ、本当に逃げ切れるどん?」


 少女のその凶悪な笑みに連動するかのように、部屋がうねった(・・・・)

 規則正しい木目はバラバラに分かれ、それぞれがうねうねと不気味に動き、まるで触手のようだ。


「さあ、頑張って逃げるどん?」


 絶対の自信でもあるのか、少女は地面から生えた椅子に座り、俺を見つめる。


「っ!精々後悔するんだね!」


 対抗できる手段が見当たらない上、逃げろ、と催促するなら、それに乗っかる他ない。

 少々……どころかものすごく癪に触るが、熊の事もあり、簡単に諦めようとは思わない。

 ピンクに変わった空間。幾度もの分かれ道を己の勘に任せ進み続けた。



 ーー何分走り続けただろう、相当な距離は稼いだはずだ。

 立ち止まり、上がった息を落ち着かせて後ろを振り返った。

 誰も居ない。それもそうだ、幼い少女が、高校生に追いつけるわけがない。

 休憩がてら、状況を整理しよう。

そう思い、景色が変わっていないように感じる、ピンクの壁に凭れかかる。

本当に、胃カメラとかで見る、食道と同じような色と形をしている。


「ふふ、もう疲れたどん?もう少し楽しめると思ったのに、残念だどん」


 気を抜いた矢先、女の声が耳に響く。


「んなっ!?」


奇襲に、俺は反応する事すらままならない。


「驚いたどん?びっくりして声も出ないどん?それも仕方ないどんね」


 言葉を言い切ると同時に俺は少女に押し倒される。


「ーーうっ」


 背中を地面に打ち付け、呻き声が漏れる。


「美味しそう……」


少女に捕食的な目で見つめられる。

容姿は整っていて、可愛い。それでも悪寒が走る。熊といいこの少女といい、どれだけ飢えているんだ。


「ぐっ……」



「ここは私の体内。そして、君は今から食べられるんだどん」


 じゅるり、少女は舌舐めずりをする。蠱惑的な仕草だが、得体の知れない恐怖を感じてしまう。


「くそっ、離せ!」


 所詮は少女、動かぬ右腕を差し引いても突き飛ばす事は容易だ。俺は身を捩り、少女の拘束から逃れるーー


「……無理だどん、君程度じゃ、ね」


 ことはなく、それどころかビクともしない。

 見ると、少女が俺を挟み込むように、地面と繋がっている。これでは逃げられるはずもない。


「ッ!なんでだよ!」


 まだだ、まだ諦めるには早い。生きろ、生きる事に全てを注げ。プライドなんて捨てろ。考えろ、生き抜く術を。行動しろ、生きるために。


「さて、美味しく食べてあげるどん」


 こんなところで死んでたまるか。復讐するんじゃないのか。さっきの悔しさはどこにいった。


「まだ……死ねないんだよォオォ!!」


 恐怖、絶望、後悔、慙愧、復讐心、希望。湧き上がる様々な感情が燃え上がり、爆発する。


「爆裂魔法」


 無意識に紡がれた言葉は身体に影響する。

 体内に熱がこもり、それが左手へと集中する。


「この熱……火属性の!?」


 少女の顔から初めて余裕が消えた。顔が恐怖に歪み、唇は青白くなる。


「【ヴォルガ】ァァァア!!」


 刹那の閃光の後に、左手に触れていた少女が炎に包まれて消えた。

 断末魔をあげる余地もなく、少女の命は無に帰した……。


 次第に、自然消滅を始めた周りを覆うピンクの壁。

 消えて行く少女の身体に相反して、俺は忘れられないだろう。


 ーー生物をこの手で殺した、気持ちの悪い感覚を。



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