十九話 五人の皇女
今回は三人称があります。
「ーーーーだそうだ。すまない、私たちは……っ!」
「いや、父上はとても頑張ってくれました。この結果は仕方のないことです……」
薄暗い豪奢な部屋に、流麗な青髪の少女、ライニスは顔に深いシワが刻まれた老父の前に跪いていた。
苦い顔をする二人は今、一枚の手紙、という良心的な物ではなく、敵対するアスティーナ家から届いた宣言文を読み終え、絶望に打ちひしがれていたのだった。
「お主は優しいなライニスよ。しかし、逃げ出した勇者の正規の代役か……」
「……」
アスティーナ家から送られてきた文の内容とは、勇者の代理を我が家で育成するので、国の政権争いから手を引け。との内容だった。
だからなんだ、と思うかもしれないが、この世界の現状で、勇者は最優先、最優遇される存在で、ぞんざいに扱われることなどあり得ない。この文章にはそれだけ重大な件が書かれていたので、項垂れる他ない。
「ラモナード家にも奥の手があればこんな事にならずに済んだのになぁ」
申し訳なさそうに老父は告げる。
それだけ彼は家族を大事にする人物なのだ。
「父上……」
ライニスは顔を悲痛に歪める老父を見て思案する。
(どうにかしてこの状況を覆せないか? そして、ユウガはどこに? 私に力があれば……)
「……早々に引いて、せめてもの威厳を保つのが吉なのかなぁ」
もはやこれまで、と諦観を露わにする老父は深いため息を吐く。
そこで、ライニスは顔をパァっと明るくさせた。
「父上、少し、あと少しだけ時間を下さい!私がなんとかしてみせます!」
「ライニス……っ!」
我が子の勇姿に感動した老父は今にも抱きつきそうな勢いだ。
ライニスは微笑んだ後、老父を残して部屋を後にした。
「勇者が重宝されるなら、私がそれを越える存在になれば……」
決意を口にするライニスの瞳には黒いモヤがかかっていたのだが、それに心優しい老父は気づくことはできなかった。
★☆★
「空気よ燃えろ!」
手をかざし、イメージを口にして確固たるものにする。
すると、空気が一気に熱を持ち、五十度を超える。
「うっ……凍れ!」
ミナギは突然急上昇した気温に驚きながらも得意の氷を使って常温以下にした。
俺も氷魔法使ってみようかな。
「容赦ねえ……」
追撃のため、ミナギは広い訓練場の真ん中で詠唱を終え、白い綺麗な手をこっちに伸ばす。
「どうせ氷だろ!炎の壁!」
「あらごめんなさい、水魔法だわ」
俺を隠すように燃え滾る炎は水蒸気と化して一直線に水のビームが迫る。
「このっ!」
それを体を後ろに反らすことでかわす。
「甘いわ!」
「ずるっ!」
そこにいつのまにか距離を詰めていたミナギが飛び込み、上から腹部に拳を振り下ろした。
「ガフゥッ……」
俺は十メートル程バウンドして壁際まで飛ばされる。
褒めて伸びるタイプもいる、それなのに圧倒的な力で上から抑えられている。要するに、こいつ指導者向いてないんじゃないか。
「はぁ……まだまだね」
その上この呆れ顔だ。もっと上手く指導しやがれ。
「なんですって?」
「なんでバレーー」
俺は鬼の形相のミナギに胸ぐらを掴まれて呼吸ができなくなる。
「聞こえてたわよバカ野郎!!」
「ヘブッ!」
ミナギの右ストレートが顔面に炸裂する事で、意識が吹き飛んだ。
★
「気分はどう?」
目を開けると不機嫌そうなミナギの顔が。
「最悪」
俺はソファに寝ていたようなので、そこに座る。
「ふぅん。それどういう意味よ」
「ごめんごめん!ミナギは可愛いから!」
「かわっ!?……」
拳を振り上げて脅してくるミナギを軽く宥めて状況を整理する。
まず、ソファに座っている五人は誰だ。
いや、一人は分かる。シャインティアだ。なら他の人達はまさか……。
「そう、彼女たちがアスティーナ家の皇女よ」
いつのまにか片膝をついて忠誠を誓うポーズを取っているミナギがこっそりと俺に告げる。
「あー……やっぱり姉妹なのかなんなのか、全員金髪だな」
それぞれ髪型は違っているが、全員金髪で外国人を連想させられる。俺は苦笑いを浮かべながら軽く会釈をしておいた。
「……あなたがそんな態度なのに納得がいかないけれど、一応勇者代理なのよね」
「そうだよ、扱いが雑すぎるって思わない?」
「? いいえ」
だめだこいつスパルタ続けるつもりだ。
一番の偉い人を放置した小声のやり取りを切り上げ、俺は五人の方向に姿勢を正す。
「……それじゃ、始めましょうか」
タイミングを見計らってカールがかった髪の女の子が口を開く。
その口調はシャインティアのように高圧的ではなく、柔和な印象を与える。しかし、顔自体は笑みなどの介入の余地はないほどに引き締まっている。
彼女の声に一人を除く三人が頷いた。
おそらく今から何かの会議みたいなのが始まるんだろう。
「ミナギ、彼の所有権は誰にある?」
また、カールの少女が言葉を発する。それに今度はミナギに話題を振った。
「今のところ、彼……?」
ミナギが俺にアイコンタクトを取ってくる。
そう言えば、名前を教えていなかったな。俺がミナギの名前知ってるのも神官から聞いただけだし。
「ユウガ・アキミヤ」
「勇者代理であるユウガ・アキミヤの志望がない限り、第一皇女である カナリナ 様に権利が生じますが」
物扱いされる事は、交渉の後聞いていた。けど、分かっていても嬉しいものじゃないなこれは。
「その必要はないわ」
一瞬の隙も開けずに唯一頷かなかった少女、シャインティアが高らかと告げた。
「それは、どういう事で?シャインティア第七皇女様」
訝しげにミナギは問う。しかし、それもそうだろう、俺とこいつが出会ったことを知っている者はこの中にはいないのだから。
シャインティアは黄金色の目で俺を見つめてくる。
同意しろ、という事なんだろう。
「……まぁ、一応知り合いではある」
「命の恩人よ」
素っ気なく返したのに対し、シャインティアは不服そうな顔をしてそう告げた。
「ちょっと!だからどうしたっていうの!?そんなの関係ないじゃない。勇者代理だって誰を推薦するとか言ってないんだから」
シャインティアと俺の意思の交錯で危機を感じたのか、ツーサイドアップの幼い印象の残る少女が口を挟んだ。
「ユウガ、どうなの?」
あくまでもすがる素振りは見せないシャインティア。何か明確な目標があるのかもしれない。
なら、俺も曖昧な答えを返すわけにはいかない。
「俺は、誰の所有物になるつもりもない」
この中の半分以上は、俺を見捨てたのに賛同した奴らだ、信用できるはずがない。
「なっ!?」
声を上げたのはツーサイドアップの少女だ。勇者は皇女に従うものだとでも思っていたが、世の中そんなに上手くはいかない、いくはずがない。
「驚くことじゃないよ。なんでヒトの俺がモノ扱いされなきゃいけない」
精一杯の威圧を込めて放った言葉は少女に届いたのか否かは分からないが、静かにはなった。
今まで黙っていたシャインティアを見やると。
「……へぇ、いいんじゃない?」
「いい加減にしなさいよ七位」
俺の行為を認めた彼女に被せるように、穏やかに見守っていた、長い髪を流している少女がシャインティアの言葉を止めた。
「前々から勇者を取り入れた派閥がアスティーナ家の一番になるって決めてたじゃない」
しかし、シャインティアは一瞥もくれず。
「……だってユウガ」
流石だと言うほかない。ここまで俺の意見を聞いてくれないのなら、俺も譲れるはずがない。
「ああ、俺の知らないところで決められたルールなんて知らないし、守る気もない。そんな下らない事で争ってるから本命勇者も呆れて逃げ出したんじゃねえの?」
「ッ、黙っていれば無礼ばかり働きおって!」
そう言って、最後の一人、オカッパの少女が付き人に指示を出ーーーー
「動くな」
怜悧な低い声が場を凍らせた。
誰から発せられたものかなど、容易に想像できた。カール少女だ。
視線を彷徨わせミナギを見るが、彼女は何もしていない。つまり、他の皇女を言葉で凍りつかせる何かを持っているという事。すなわち、相当の実力者。
「勇者代理の意見が正しいです、静聴しましょう」
「は、はい……」
付き人を使って俺を黙らせようとしたオカッパは気圧され縮こまる。
「……助かる。それで、結論を言う。俺はこの国の駒になるつもりはない。勇者はやるが、下らない権力争いに巻き込まないでくれ」
(よく言ったわ。それでこそ助けた甲斐があったってことよ)
シャインティアは満足げな微笑を浮かべている。
「それじゃあミナギ、訓練場で続きやろう」
「え、あ……」
「いいわよ」
「分かりました」
そうして、俺とミナギはその部屋から退出した。
(これで使い捨てになることはないだろ……)
引き締まった空気から離れて一安心した俺だった。
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