九話 無意味に終わるなら
俺はライニスとこの牛野郎を遠ざける為、シーサイズの群れを掻き分けてその先へ逃げる。それがきっかけとなったのか、一瞬の戸惑いの後、俺に続いてシーサイズも走り出す。
後ろから聞こえるシーサイズの悲鳴がだんだんと大きくなっている。牛野郎が迫っている証拠だ。目標地点はあと少しだ。
俺が向かった先は、牛野郎にすると幅が狭く、天井の高さも低い通路。
先陣を切る俺を追随するようにシーサイズも付いてくる。
通路にたどり着き、振り返ると、必死で逃げ惑うシーサイズを、その手の武器で蹂躙する牛野郎が居た。
俺を追ってきたのだろうが、シーサイズが邪魔なのだろう、棒を乱雑に振り回している。
この地帯の特徴的な赤い壁に、もっと赤い血が点々とこびりついてゆく。
悍ましい光景に鳥肌が立つが、俺は声を張り上げて言う。
「さ、さっさと来いよノロマ!」
すると牛野郎は更に暴れ、シーサイズを蹂躙していく。
言葉を理解したかしてないかは知らないが、俺の言葉に煽られたようで、すぐに俺がいる通路に侵入をする。
俺からすると十分な広さなのだが、牛野郎にすると結構不憫な狭さだ。
その大きさを改めて実感すると共に少し怖くなってきた。
けど、やるしかない。生きるか死ぬかの駆け引きに、迷っている時間などあるはずがない。
それを証明せん、と牛野郎は突きの攻撃で俺に迫るが狭さゆえか先ほどのキレはなく、俺はそれをかわし、ガラ空きの胴体に狙いをつける。
「【ヴォルガ】!!」
衝撃のあと、ヴォルガは牛野郎の胴体が爆発したかのように炸裂し、その巨体が僅かに揺れるが、被弾箇所には少しの火傷しか残せていなかった。
マズい、速攻で終わらせるつもりで切り札を切ったけど、火力が圧倒的に足りない。
「くそっ、どうする!?」
次の手を考えようとして、混乱しつつあった思考を、声に出す事で一旦切り、落ち着かせる。
どうする。素手で肉弾戦は論外、逃走すればライニスの方へ行くだろう。なら、天井を崩すか?いや、俺も死ぬ。
突き出される凶器となった棒を避けようと後退していく内に、コツンと足に何かが触れた。
幾度となく迫る突きの合間にそれを見ると、特に高そうな装飾品はない、質素そうな短剣だった。
手詰まりしていた俺にとって、その剣は唯一の助けだった。
剣の腕に覚えはないけど、これを使うしかない。
俺は剣を拾い上げ、構える。
「っこい!」
俺は叫び、自分を叱咤することで気合を入れる。
それに反応したのか、牛野郎は大きく溜めて、一撃必殺と言わんばかりの突きを放つ。
牛野郎は大きく体を捻り溜めをつくる。
左に放たれた突きを俺は右に避けて、そのまま突っ込む。
「もらった!」
隙だらけの脚に斬撃を叩き込むべく、俺は疾走す……。
ーー突然、身体が吹き飛ばされた。
「カッ!?」
そのままの勢いで付近の壁に激突し、バットで頭を殴られたかのような衝撃を受ける。
「グォォォォ!!」
ぐったりと倒れ伏す俺を見て勝利を確信したのか、牛野郎は雄叫びをあげる。
これから俺を殺すのだろう。自分が死ぬ様が容易に想像できるし、シャインティアの治療も疲労までは治せないらしく、重傷を負っていない身体だが、あまり動かない。
……結局、エールが言ってた"贈り物"も、何かわかんなかったな。
混濁から今度は働かなくなった思考で、漠然とそんなことを思う。
死にたくはない。けれど、動かない身体では打つ手がないのだ。
牛野郎が、腕を掴んで軽々と俺を持ち上げる。甚振るのか、食べるのか、弄んで殺すのか。最悪のビジョンしか浮かばない。
心は折れていない、まだ諦めていない。気力も気合いもある。けれど、何もできない。
だから、俺は抵抗の意思を持って、諦観した。
ーーだが、牛野郎は、俺を投げ捨て、嘲笑を浮かべて元来た道を引き返した。
「っ!?」
最悪は、別の場所にあった。
地面に落ちた痛みなど無く、ただ己の弱さに心が痛んだ。
結局、俺の決死の努力はなんだったんだろうか。あまりに報われない。
けど、なにより納得できないのは、この行動が無意味なものに終わることだ。
弱ければ強者に蹂躙されるのみ。
こんな結末、死んでも死にきれない。
牛野郎は、俺の事など眼中に無いかのように悠然とライニスがいるであろう方向に歩いていく。
時間はない。動け、俺の身体!
必死に俺は神経に命令を送る。
頭は働く。目も鼻も口も耳も仕事をしている、けど、ならなんで身体は動かない!
「動けよぉぉ!!」
けれど、身体はピクリとしか動かなかった。
まだ、やれる。そんな思いがどんどん高まり、比例して身体に力が入るがそれでも動かない。
もう、手遅れなのだろうか、ダメなのだろうか。こんな思い、どこに、誰にぶつければいい。
「くそ……ふざけるなよ……エール!!」
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