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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
4章 氷上境の戦線
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27 勝手にライバル

 炎の渦が周りの氷を溶かし水蒸気を発生させる。

 視界が濁り状況を把握できない中、騎士の格好をした黒い長髪の男が跫音を響かせる。身を隠す必要なんてない、まるでそう物語っているようだった。



「どこに行かれたのですか? この程度でまさか死ぬなんてあり得ないでしょう」



 黒炎獣と名のついた男、ヴァラウィルが軽快に歩を進める。

 アシュリアは当然、銀騎士もまた無事ではあった。だが、予期せぬ登場にアシュリアは当惑していた。銀騎士もまた、何がどうなっているのか分からない。



「あれってあなたの味方じゃないの? 明らかに二人とも消されようとしたけど……」



「まあ、こっちにも事情が色々とある。気にするな」



 苦笑交じりにそう答えるしかない。まさか今回の編成部隊に紛れ込んでいたとは。逆賊と化したヴァラウィルは現在、国家指名手配されている程の男だ。そんな男がキャルベランの部隊に単独で紛れ込むのは恐らく不可能だ。裏で手引きをした輩が必ずいるはずだ。そしてそれを行うやつの得体は知れている。



「ようやく決着が付くと思ったら、とんだ邪魔が入ってくれたものだな」



 アシュリアは奥歯を噛み締め、霞む視界の中で少しずつこちらへ近寄るヴァラウィルの姿を探る。



「あの人と協力して私を倒せばいいのに、変なの」



 銀騎士は手のひらを地面に置き、魔力を熾す。



氷面ステージ



 一度炎で溶かされた地面に再び氷を張り、相手の歩く位置を正確に探ろうという魂胆だ。そして予測通り、ヴァラウィルが歩く場所からは氷の地面を溶かす音がし始める。



「急いで、こちらが魔力を熾したことで向こうにはもうこっちに気付いてる。今のうちに距離をとらないと」



 銀騎士はアシュリアの手を引き姿勢を低く保ったままヴァラウィルが居るであろう方向とは真逆に歩き始める。



「ま、待て。私も連れていく気か?」



 アシュリアが戸惑い気味に訊ねてくる。



「来ないなら別にいいけど、あの人明らかにあなたを捜してるよね?」



 銀騎士の問いにアシュリアは答えられなかった。敵を相手にどう言い繕っていいかもわからず、ヴァラウィルもどちらかと言えば敵だ。だが、両方を相手取る器量は今のところ持ち合わせてはいない。



「私としてはああいうのはストーカー気質だと思うから、あなたを一時的に味方と判断しただけ? 女の勘だけどね、何か訂正はある?」



 先ほどまで殺し合いをしていたのにも拘らず、この淡々とした喋りを聞かされたアシュリアは少し臆したものの、今まで張り詰めていたものが解けていった気がした。

 本来ならば敵と馴れ合うなどというのは、好まないものだが。なるほどこれは面白い気分だ。



「いや、確かにその通りだな」



 ここは大人しく付いて行くことにしたアシュリア。

 アシュリアはこの時、ふと自分らしくない事を考えてしまっていた。この銀騎士がもし友と呼べるような親しい間柄であったなら、きっとそれは私にとって苦楽を共にしてもかまわない。そんな存在になってくれる気がした。

 敵であることがこれほど惜しい人物は、きっと銀騎士だけだろう。だから信用しても害はないと見た。



「あいつはルーガルー族の生き残りだ。いくら眼を眩ませたところであいつには頼れる鼻がある。それがある限りはあいつを撒くことは出来んだろう」



「るーがるー? よくわからないけど、要は知恵を持つ獣ってことね」



 銀騎士は細剣の柄を力強く握り立ち上がる。



「だったらやるしかないよね」



 アシュリアは微かに笑みを浮かべた。確かに、逃げたところで何か策があるわけではない。それに一人ではなく、二対一となれば勝機はある。思わぬ収穫ができそうだ。



「全く以て同意見だ」



 アシュリアもまた剣を抜いて、立ち上がる。

 先に動いたのは銀騎士だった。氷のつぶてを視界の霞む前方へと無作為に解き放った。だが、相手は炎を操る者。これくらいではおそらく効果は無い。だが一番の狙いは相手の位置を明確にすること。相手がどれほどの炎使いか、銀騎士は知らない。だけど、氷を蒸発させるには魔力の消費が少なくない筈。氷は溶ければ水になる。



「お互いにとって、あまりいい条件じゃない属性ですね?」



 ヴァラウィルは相も変わらず軽快な足取りだった。だが、今の攻撃で周りの視界を遮っていた水蒸気は晴れた。



「おや、二人掛かりですか。困りました、てっきりアシュリア様はそちらの騎士を討ち取るのかと思っていましたが」



 確かに当面の目的は銀騎士および、神竜ジヴラシオンの討伐だ。これは隣国ステイシアに加担し、国境を狭めるという国の規定を破ろうとした落とし前というものだが、妹ディアの仇という私情も当然、そこには存在する。だが、銀騎士と戦っていて分かった事だが、妙な節がある。そこにステイシアの影がどうも視えてこないのだ。たった一人と神竜だけで維持しようと思って出来るほど軟な氷山ではない。ステイシアとの協定を結ぶ悠前から、この氷山プリズマは存在する。このような空間を構築する技術と時間と意味が、ステイシアには無い。なのにこの異様な空間は何だ。町一つを氷山の内部に増設したというよりは、一つの町を氷山で覆ったという表現の方が納得できる。



「ぬかせっ! 貴様如きと協力態勢になれるわけなかろう。寝首をかかれないか常に気を張らなければならないではないか」



 そこにタイミングよく現われたヴァラウィル。クウェイの謀略はステイシアと裏で締結しているものならば今回の氷山プリズマ攻略というのは、双方にとって邪魔になるコード氷山の魔女討伐をすることによってステイシア国が攻め入り易くする算段だとしたら? 銀騎士がもし、ステイシア国に属していないのならこの仮説は最悪な方へ成り立ってしまう。



「ステイシア国はもう戦争の準備が整っているのか?」



「…………」



 ヴァラウィルはにこやかなまま、何も言うわけでもなく立ち尽くしている。



「クウェイが前々からステイシアと繋がっているのではないかというのは予見していた。もし、銀騎士がステイシアの手の者ならば、あの時双方を巻き込む攻撃を仕掛けなくとも私が敗けるまで近くで待機しておけば良かったのだ。なのにそれをしないのは何故か。つまりはそう言う事なのだろう?」



 銀騎士はこの世界の国事情など知る由もない。アシュリアの話に何を抱くわけでもなく、ただ黙って耳を傾けているだけだろう。その兜の奥にどのような表情を抱いているのかは分からないが。

 それに対してヴァラウィルは違った。浮かべた笑みは変わらず、だけどその表情がこれから語る何かを察することが出来るほどイヤな笑みだった。



「やはり頭がキレる。この戦況下でそこに辿り着くことは無いだろうと踏んでいましたが、いや御見それ致しました。ですが、一つ訂正せねばなりませんね」



 ヴァラウィルは腰元の鞘から剣をゆっくりと抜き、剣先に魔力を送り込む。熱が込められている白刃は光沢を放っている。



「この計画を主謀したのはベランドの方ですよ」



 アシュリアの眼は見開かれた。そしてその油断をヴァラウィルは見逃したりなどしなかった。音も無く距離を詰めると、輝きを放つ剣の切っ先がアシュリアの肩口まで振り下ろされる直前までアシュリアは身の危険を察知できなかった。



「っ!」



 それを制止したのは他ならぬ銀騎士だった。ヴァラウィルの小手先を掴み振り下ろされるそれを受け止めている。ヴァラウィルの手を掴む銀騎士の右手からは焼けるような音が漏れる。



「触ると火傷しますよ?」



「なにそれキザったい事言うね」



 銀騎士はヴァラウィルを容赦なく蹴り飛ばし、僅かに後方へ受け流したヴァラウィルは仕方なく距離をとる。



「へぇ」



 細剣を氷でコーティングし切っ先はより鋭利なものに変形している。それでも熱を籠められては溶かされてしまうだろう。だけどここは氷山、この上ない得意場所ではないか。



「陽炎」



 揺らめく様にその場から姿をくらますヴァラウィル。銀騎士はそれに多少なりとも驚きはしたものの、すぐさま地面に剣を突き立て唱える。



氷筍ひょうじゅん



 氷の柱が地面から無数に現れる。だが、あえて少し隙間を作りこちらへ向かうことが可能なルートをあえて作り出す。

 その読み通り、ヴァラウィルはその隙間を掻い潜ってこちらへ向かう。



「くっ」



 思った以上に速い身のこなしで罠を張る直前にこちらへ辿り着かれてしまう。



赦波しゃは」「氷舌ひょうぜつ



 ヴァラウィルの光彩を放つ剣の先から小さな爆発が生み出される。まともに喰らい、後方へ吹き飛ぶ銀騎士。

 だが、ヴァラウィルが攻撃すると同時に放った氷舌により地面をえぐる様な氷の棘がヴァラウィルの脚に突き刺さり、血が噴き出る。それと同時に身動きさえ取れなくしてしまう。



「はっ!」



 体表にドロドロとしたマグマを纏い氷はおろか地面もろとも呑む。



「おもしろい」



 ヴァラウィルは自分だけの領域を獲得し、さらには周りの民家をも呑み込み、燃やし、糧としはじめた。

 アシュリアの思考は未だ現実を受け入れられない様子で我が身に降りかからんばかりの危険の最中でも茫然としていた。



「ベランド卿が……? いや、何かの間違いだ、出まかせに決まっている。きっとそうだ」



 そうでなければこの国の統制はもう、とうに終わっていることになってしまう。老齢ばかりの会議も、唯一まともだとアシュリアがその姿勢に惚れ惚れするほどのあの男が。発言力が国の未来を左右し兼ねないほどの債権者なのにか? ではクウェイは、あいつも同格だというのか? 何故、心からすぐに否定できないのだろうか。

 アシュリアはココへ来て迷いが生じた。

 騎士団へ入隊した時、騎士団長を務めていたベランド。剣技や魔術に長けた私やディアの面倒をよく見てくれたあのベランド卿が……。



「わ、私は……これまで何の為にここまで……!」



 思えば三年前、一度ここへ派兵されたときに指示を促したのはベランド卿だった。調査をしに行った時の国境沿いで待ち構えていたステイシア兵、そして今回一番の謎だった氷山の魔女の棲家を特定したというベランド卿の情報。特別な調査隊が派遣されていたことは誰も知らない。それはベランド卿だけが口にした情報で信憑性は最初から無かった。つまり、そこが落とし穴だった。



「なにしてんの!」



「え」



 銀騎士がアシュリアの腕を掴み後方へ引っ張り出す。その動作に体がついていくことが咄嗟には出来ず尻餅をついてしまう。

 ようやく前方を見たアシュリアは迫る溶岩に気付いていなかった。



「走って!」



 促されるまま、とにかく走った。今はこの銀騎士に従うしかない。本能がそう告げていた。

 溶岩が流れる速度は遅く、人が走った速さに追いつくことはなかった。



「何を悩んでいるのかは知らないけど、私より諦めが早い女を好敵手ライバルだなんて思わないから」



 銀騎士は棘を含んだ言葉でアシュリアを叱咤する。

 どうして、敵である自分にそこまで感情の移入が出来るのだろうか。三年前だってそうだ。ディアの身に危険が迫った時、銀騎士は親身になってくれた。その心に嘘偽りなんてあるとは到底思えない。根はきっと優しいのだろう。そんな彼女がこの氷山プリズマに執着する理由がきっとこの見慣れない町、この場所を護りたかったのだろう。だが、私等キャルベラン国は、そんな場所に土足で踏み入った。

 いつだってこちら側が攻めて、銀騎士と神竜はただ防衛していただけだった。今も町を壊されて怒りが沸々と込み上がっているだろう。全く関係のないことでうじうじしている私を気遣う余裕だって本当はない筈なのだ。



「そう、だな」



 悩んでいたって答えはどうせ目の前になどありはしない。結局は今も自立など出来ていないではないか。力だってきちんと扱えるはずだ、ならばあとは器である私の腕の見せどころだ。



「勝手に好敵手とは言ってくれるもんだ」



 剣を強く握りしめ、真後ろへ方向転換しアスファルトにヒビが入らんばかりに踏み込み飛んだ。溶岩に呑まれ斜めに傾いた電柱を足場にし、ヴァラウィルへ向かって一直線に剣を突き立てる。



「一閃」



 ギィン、と衝突しあう金属音がこだまする。

 ヴァラウィルの片手に握る剣がアシュリアの一閃を受け止め、更には熱でアシュリアの剣先がぐにゃりと変形させられる。



「良い顔つきになりましたね」



 溶岩で爛れた状態になりながらヴァラウィルは不敵な笑みを浮かべる。



「貴様ほどではないさ」



 剣はもう使い物にならないと分かり、柄の部分に足を掛け一旦離脱する。ヴァラウィル本体を叩くのは最も有効な手立てだが、不用意に近付けば溶岩に呑み込まれ兼ねない。足場を確保しなければ、自殺行為も同然になる。

 アシュリアがここまで躊躇なく踏み込めたのは、前に一度闘技街でヴァラウィルの暴走を目の当たりにしたのがここにきて功を奏したからである。



「どのみち、もう維持できないよね」



 銀騎士は兜の奥でボソリと呟くと、遥か上空を見上げた。そこは薄暗く何があるのか視認するには少し難しい。



「ごめんねリッキー。今度こそホントにもう、待てそうにないや」



 兜を外して少し頭を左右に振ると、ツイスト状に括った美しい白髪の毛先が揺れる。少し幼い顔立ちの少女は何かを決意したような強い眼差しを再び空に向け声を発した。



「解氷」



 台地が割れんばかりの地響きがこの地の終わりを告げていた。

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