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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
4章 氷上境の戦線
97/103

26 ありがとう、俺を好きになってくれて

 リキヤはジヴラシオンの鼻先に立っていた。その大きな目玉にトウドウの遺体の傍にあった剣の切っ先を突き立てる。



「さすがに鱗で覆われた部分は固くて刃こぼれしたけどな、目は別だろ?」



 言うが早いか、リキヤは構わず左目の方に剣を突き刺した。



『――――――――』



 人の言語ではない、まさしく竜が放つ咆哮が叫びとなって響き広がる。ジタバタと暴れ出すジヴラシオンから距離をとり、その様子を黙って眺めるリキヤ。トウドウの剣はジヴラシオンの左目に刺さったままだった。

 少しは報われただろうか。



「次はセネカの分だ」



 地面を蹴り、また視認できないほどの速さでジヴラシオンの腹部へ潜り込み拳をお見舞いする。



『――――』



 声にならない叫びは絶えず続いている。

 いくら速さで誤魔化したとはいえ、リキヤ自身にもダメージは残る。腹部の硬さを予期していなかったせいで拳が血まみれになっていた。片目片腕の状態で暴れるジヴラシオンの腕がリキヤをはじき出した。宙に放り出されたリキヤをすかさず固い鱗で覆われた尻尾が地面へと叩き付ける。



「……っ」



 自身に電磁波を送り込むことで衝撃を和らげるが、それでも生身には致命傷に近い程のダメージが入る。そして何よりも驚いたのが、片目だけなはずなのにリキヤの正確な位置を把握しているかのような攻撃を繰り出されたこと。

 少しでも油断したらダメってことか。



『この世界を知らない君に教えてあげるよ。僕たちは本来ならば人の言葉を話さなくてもいいし、この世界を観る為の眼さえ、本来ならばいらないんだよ。それでも僕らは進化を重ねて今の姿を獲得した。じゃあ問題です。僕らは何を使ってこの世界を判断していたでしょうか?』



 さっきまで暴れていたことが嘘のように潰れた片目を閉じたまま、そしてリキヤとは別の方向を向いたまま喋りかけている。



「魔力か」



 魔力感知。今のリキヤでさえ行うことが可能だが、『気を読む』とか『圧を感じる』のような不明瞭な感覚に近いと思う。なんとなくそこにいるかもしれない、という感覚で行ってみたら居た、そんな感じなのだ。

 起き上がったリキヤは抉れたアスファルトから出た破片に魔力を込めてジヴラシオンに向かって投げた。凄まじい勢いだったのにも拘らず、硬い尻尾でそれは弾き落とされた。



『ま、そういうことだね。だから僕らは――――』



 リキヤは破片をもう一つ持ってまた跳躍した。ジヴラシオンの反対側にまわり込んでもう一つの眼を潰す算段だ。今のリキヤに与えられる攻撃の箇所は限られている。眼球は比較的に粘膜が弱い。いくら眼を使わなくていいと言えど、ダメージだけは確実に残るはずだ。

 しかし、リキヤがまわり込んだ瞬間にジヴラシオンの姿が消えた。



『こっちの感覚の方が対処は早いのさ』



 リキヤの後方に既にまわり込んでいたジヴラシオンが大きな手の中にリキヤを握り込めた。



「がぁあああっ」



 少しずつ力を入れられ、徐々に身体中が悲鳴をあげる音に骨が軋んでいく。苦し紛れに放電を繰り返し、ジヴラシオンの手が痺れることにより込める力を分散している。少し開いた拳の隙間から一目散に飛び出し宙を舞う。

 どこかに一旦隠れた方がいいと判断したリキヤは少しでも距離を離そうと試みた。だが、顔をリキヤの方へ向けたジヴラシオンの口内から多大な魔力を感じ取った時、リキヤはもはや笑うしかなかった。



『バイバイ、せめてヴォルガーナを葬り去った時と同じ力で消してあげるよ』



 かろうじて電磁波を帯び漂わせたリキヤに容赦ない冷気が包み込まれた。足先から感覚が無くなり下半身、上半身と少しずつ凍っていく身体に、リキヤは何も出来なかった。やがて全身を包み込むように冷気が覆われ、リキヤは全身が氷漬けになり、重みで落下していく。民家の屋根を突き抜けて落ちたリキヤの姿を、ジヴラシオンは片方の眼でしっかりと見届けた。

 ジヴラシオンはリキヤの魔力が感知できなくなると、のそのそと歩き始める。翼の修復には時間が掛かるため、少しずつ治しながら銀騎士のもとへ向かう。





* * *





 何度、何度こうやって無力な自分と向き合わなければならないのだろうか。いつだってそうだった。今もそうじゃないか。セネカを救えなくて、トウドウも助けられなくて、そして自分自身でさえ、今も命を失おうかという程に危うい。氷漬けにされて意識はあっても空気が無い、それに体温も奪われる。

 どこかの家のリビングに落ちた一つの氷の塊は、どうすることも出来ない。

 セネカを護れなかった俺は、ロージャ家の人たちに会わせる顔がない。きっと侮蔑されるだろう。そうでなくたって、してくれなきゃ俺の方が辛い。罪悪感できっとあの家にさえ居られないだろう。結局俺にはこの世界に居場所なんて無かったのだ。何をどうしようと得られるものは無くて、元の世界にも帰れない。こうやって他の人たちと同じように朽ち果てていくのだろう。



『なにそれ』



 仕方ないだろ、今の俺にはどうしようもないんだから。



『だからって諦めていいわけ?』



 諦めなかったら、何か起きるのかよ。



『そうね、あたしの大好きなあんたならきっとアシュリアお姉ちゃんに迫る危険さえ振り払える方に賭けるわ』



 …………。



『ま、今リキヤに話しかけているあたしが妄想か、そうでないかは自由意思よ。けどこれだけは言える。あたしもトウドウも自分のやったことに後悔はないわ。あの時、リキヤの魔力を制御してしまったのも悪いとは思うけどやっぱり後悔はしてない。今のあんたが生きてさえいればそれでいいの』



「俺は……」



『あたしは転生することだって出来る。でも神竜としての使命がまた運命を捻じ曲げるのなら、あたしは転生しない。あんたの力になって理不尽なこの世界をぶち壊すって決めたから。いつか人間としてのセネカが本気で恋をできるように、あんたを利用させてもらうわよ』



 ああ、そうか。



「成長って早いもんだな。あれだけ泣いてたセネカが、すっげぇ年上みたいだ」



『そりゃ、竜だからね』



 ありがとう、俺を好きになってくれて。



 リキヤが落ちてきた屋根が脆く崩れそうになっていた。吹き抜けのリビングにカランカランと何かが落下してくる。

 金属バットだ。

 そのバットはリキヤが電力を帯びさせた金属バットで未だに帯びたままとなっている。そして、少しずつバットは転がりやがてつながったままのテレビのコンセントまで差し掛かる。

 バチバチと音を立ててケーブルに火が付いた。勢いはとどまるところを知らず傍に会ったカーテンや絨毯を巻き込んで火はあらゆるところに燃え移っていく。

 そして家じゅうを燃え盛る炎が巻き込み、柱がボロボロになって崩れていく。



「ありがとな、セネカ」



 溶けきった氷は水滴となってリキヤに付着し、自由に動けるようになった事で再びチャンスを得た。



「第二ラウンドとしゃれ込みたいね」



 セネカは俺の中で生きている。それだけで今の俺には心強い。



「っ」



 フラリと立ち眩みがしたリキヤ。身体に無茶を強いり過ぎたようだ。それでも神経を麻痺させることで己の体を騙し、跳躍する。

 僅か数キロ離れた高速道路上。



『いい加減、しつこいんだよ!!』



 ジヴラシオンは遠くで熾された魔力を感知し、堪らず咆哮を上げた。切り離された腕はとうに治っていた。翼も、そして眼も。魔力を感知していることはこっちだって織り込み済みだ。魔力を再度込め直した金属バットを思いっきり上空へと振り投げた。ジヴラシオンが上空へ舞っている魔力をリキヤだと思い込んでいるその隙に地面へと着地して走る。気付かれない様に魔力は熾さず、最小限に保ちながら。

 ジヴラシオンが上空へ飛び、金属バットに向かって冷気を吐こうとした。それを行う前にリキヤはジヴラシオンの真下へたどり着いたと同時に掌に一気に魔力を込めて金属バットを引き寄せた。



『っ!?』



 冷気を吐く前に金属バットがジヴラシオンの口の中に入り、さらに帯電した状態を保つ。



「第一工程、クリア」



 ジヴラシオンは真下で魔力を熾したのがリキヤ本人だと気付き、滑空してくる。あの大穴を作った時と同じ攻撃だろう。

 リキヤはすかさずその場から大きく横に飛びジヴラシオンをおびき寄せる。



『どこに逃げようと確実に殺す』



 ジヴラシオンは本気だった。滑空しながら冷気を放ち、更には氷のつぶてや地面から氷でできた針山がリキヤの行く手を阻む。

 とうとう氷のオブジェクトに囲まれ身動きが取れなくなったところにジヴラシオンが突っ込んでくる。



「かかったな」



 リキヤがニヤリと笑うと道路の看板標識が地面を離れジヴラシオンに向かって飛んでいく。よく見れば様々なものがジヴラシオンの方へ引き寄せられていくではないか。

 兵士や騎士たちが残した剣や槍。恐らく辺りの民家にある家電製品なども引き寄せられているのではないだろうか。鉄製の物が大きな白いドラゴンに向かって飛び交う様がリキヤには見て取れた。



『ぐ、ぁ……なんだ、これ』



 衝撃を与えたり身体中に刺さったり、様々な効果を発揮する攻撃。だが本当の狙いはくっ付いて離れないという利点にあった。



『お、重すぎる』



 リキヤ目掛けて落下していた筈のジヴラシオンはその軌道を大きくズラし、その手前で大きな衝撃を生み出した。

 水道管をまたも破裂させ、大雨のようにザーザーと降る。



「雨の正体はこれか」



 ジヴラシオンは大きく開いたクレーターの中心に色々な物体を引きつけた状態で固まったまま動けずにいた。かろうじて首だけその場から出ようと必死に動かしていたがビクともしない。哀れな姿のジヴラシオンにリキヤは大穴へ飛び込み近付く。



「さてと、それじゃ質問に答えて貰おうか」



『…………』



 もがくことを止めてリキヤを睨み付けるジヴラシオン。その眼差しはまだ闘志を燃やしている。それでも構わずリキヤは近づく。



「どうしてこの世界にあるはずのないこんな場所が存在するんだ」



 知っているのなら何かを話してほしい。この世界そのものを根底から崩せるような物的証拠が周りには広がっている。この世界に飛ばされてきて、初めは信用できなかったけれど、この世界はこの世界で本物であることを知った。ならば、自分が居た筈の世界は何なのか。そして何故今、ここにそれがあるのか。



『別にこの世界とかあっちの世界とか、そういう概念がないだけだよ。僕はあの子に頼まれてここを護っているだけだからね』



 言っている意味がまるで分からない。世界という概念がないのならこの世界のどこかに日本という国があるという事なのだろうか。



「ここが外国のどこかって話で通じるわけがない、魔法なんて力があったら問題になっている筈だろ」



『頭が固いんだよ。あーあ、こんな竜から魔力貰うとかチートみたいな奴に敗けるなんてなぁ。あぁ――、君と過ごせた日々は実に楽しかったよ。ごめんね、ヒョウカ』



 ジヴラシオンにとっては小さく、人間から見るととても大きな涙の粒が冷たい鱗状の肌を伝う。



「いま、なんて言った?」



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