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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
4章 氷上境の戦線
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25 煮沸

 誰かに呼ばれた気がして重い瞼をやっとの思いで開ける。

 目覚めたリキヤはそっと上体を起こし、周りを確認してみる。それが自分の住んでいた町の荒れ果てた光景というのを理解するのに少し時間が掛かった。

 気にも留めていなかったが、さっきから雨が降っているのにも少し違和感を覚えた。ここは確か氷山に囲われているから雨など降るはずがないのに、溶けて落ちてきているのだろうか……。いや、そんなことよりも。



「まだ生きてるんだな」



 幾度となく味わった死の淵、それでもまだ生きていると実感できるのは、恐らくまた魔法の力に助けられたからだろう。そうじゃなきゃ、何度だって自分は命を落としている筈だ。宿舎から連れ出されたあの日には、とっくに消え失せているちっぽけな命。

 それにしても無傷というのは随分とおかしな状況だとは自分でも思う。夢でも見ているのだろうか、こんなことがあり得るというのか。

 先ほど自分の身に起こった事を思い返してみる。ジヴラシオンに突っ込んで、俺はセネカに逃げてほしくて、だけど拒まれた影響で魔力の回路が断たれて……ジヴラシオンに叩き付けられて……。それからどうなった? セネカは無事なのだろうか。ジヴラシオンに至ってはこの近くに居る気配がない。



「あの屋根だ」



 辺りを見回し、最後にセネカと別れた民家の屋根を見つけ、まだその場にいるかもしれない、もしくはそれを目印に戻ってくるかもしれないと思い瓦礫の山を登る。少しでも高いところに行けば今の状況を確認できるだろうか。

 どちらにせよ登ってみないと分からない。力を使ってもよかったが、万が一それを感知されて敵が現われたらひとたまりもないので自分の力で頑張って登ってみる。



「……………………」



 屋根の縁を掴んで腕の力で身体を上げる。視界に入ったのは一人の男の死体だった。その死体は降り続ける雨に濡れてはいたものの、その表情はまるで悔いのないように見えた。

 その顔に残る傷は果たしてどれほどの死地を乗り越えて来たのか、リキヤは自分の胸に手を当ててみてもおよそ比べ物にならないくらい、経験してきたのだろう。



「トウドウ……隊長」



 きっと助からないのだろう。それは誰がどう見ても明白で既に命は尽きている。だけど、何かしらの奇跡が起きても不思議じゃないだろう。生き返ることだって不可能だとは絶対に言いきれない。言いきれないけれど……、



「畜生、畜生!」



 俺にはそれをやれる力や知識がない。

 この世界にある魔法という未知の力にこうも縋りたくなったのはあの日以来だ。寄宿舎という餌にされた建物に集まった元の世界から来た仲間。彼らを失った時は魔法という概念を根底から否定していた。あんな力、俺たち別世界の人間からしたら異端そのもので恐れ続けるべき力だと思った。

 それを扱えるようになったリキヤだからこそ、何か方法があるのではないかと思いつめてしまう。



「死者を生き返らせる……そんなの無いって分かってるのにな」



 きっとその方法があったとしても禁術、タブーなのだろう。生死について根本から覆ってしまってはバランスというものが崩れてしまう。

 回復魔法だってその人の持つ魔力の蘇生させる細胞を活性化させる類のものであって属性という恩恵を受けていないトウドウたちはきっと回復系統の魔法をかけても無駄なのだろう。



「どこまでも優しくない世界だな」



 結局、この世界に来てしまったら変える手立てなんてどこにもないのかもしれない。命尽き果てるまで戦場に身を窶して声明を削りながら、いつ訪れるか分からない死に怯えながら顔も名前も知らない相手と殺し合うしかないのだろうか。



「ありがとう、隊長」



 誰かに引きずられた血痕がある。下半身は恐らく大きな穴に持っていかれたのだろう。雨受けに剣が引っ掛かっていた。恐らくトウドウの持ち物だろう。リキヤはそれを拾い上げ軽く振るう。



「使わせてもらうよ」



 運よく穴に呑まれなかった剣。そしてその穴を作った犯人をリキヤは知っている。何せそれを止めようとしたのは他ならないリキヤ自身だから。



「ジヴラシオンッ!」



 リキヤは怒りのままにその場から忽然と姿を消した。

 およそ数キロメートル離れた上空。



『さて、あの子もそこそこ苦戦を強いられているみたいだから助太刀してあげなきゃ、ね』



 一瞬、ジヴラシオンが痺れを感じたのは気のせいだと自身に諭そうとした。だが、突然上空でのバランスが崩れ、うまく飛行できなくなってしまった。仕方なく近くの高速道路に着地することにした。



『いったい何が……』



 自身の体を見ても特に変わった点は無い。だけど、何かがおかしい。



「至る所、探っている兵士や騎士を凍らせて周ってたのか」



『っ』



 声に気付いて前方を見たジヴラシオンは鋭い眼光が見開かれた。既に地に落とした筈の人間が、ヴォルガーナの駒でしかない人の子が、何故無傷で目の前に立ちふさがっているのか。あり得ない、ヴォルガーナはすでに……。



『どうして君はまだ生きているんだ? いやそれより、その魔力はどこから?』



 リキヤは心のどこかで分かっていた。しかし、それでも歯を食いしばって、溢れそうになる気持ちに蓋をして、それをグッとこらえて黙っている。



『ヴォルガーナからの供給は既に断たれている筈だろう? だって僕が殺したんだから』



「――――ひとつ。お前がここに着地しなければならなかった理由を教えてやる。右腕の方にある翼を広げてみろ」



 ジヴラシオンは顔を訝しめながら大きく翼を広げた。その風に圧倒されると踏んでいたジヴラシオンだが、リキヤの表情は一切変わらず首を傾げてみる。



『――は?』



 翼には大きく穴が空いていた。それは何か刃物でズタズタにされた切り傷が無数に痕を遺している。純白な翼から溢れる真っ赤な鮮血がリキヤの怒りを表していた。

 一瞬、目眩がし我に返ったジヴラシオンは視線を一気にリキヤへ戻し目を細める。口から覗く鋭利な牙を剥きだしにすると共に威嚇の為に喉を鳴らす。



「なんだよ怒ってるのか。神とか言われてる癖に、ケモノみたいな反応するな」



 声が震えていた。馬鹿でかい身体に圧倒的な威圧感に気圧されているせいでもあった。だけど怒っているというのならば、それはこちらとて同じことになる。



『調子に乗らないでくれよ人間』



 人間の拳サイズの氷柱が無造作にリキヤめがけて放たれる。



「――――化物だろうが」



 セネカ、ごめんな。



「――――異世界から来た人間だろうが」



 トウドウさん、すいません。



 氷柱がリキヤの肩や腹を掠め、切れた皮膚から血が滲む。



「殺されたら調子だって狂うだろ」



 大きな雷鳴が目の前で光と共に弾け数秒後、何かが地面に落ちる鈍い音が響いた。

 ジヴラシオンは視線をゆっくりと落とし、それが自身の右腕だという事に気付いた時、背筋が凍った。

 翼をズタボロにされ、右腕を切り落とされたジヴラシオンはここまでの深手を負ったことが無い。リキヤが何をしたのか、それは分かったのにそれを行うまでが分からなかった。格段と速さが上がっており、それは神と呼ばれた竜でさえも肉眼で捉えられないほどに跳ね上がっていた。

 気付けばリキヤはジヴラシオンの鼻先に立っていた。大きな目玉がぎょろりとリキヤをようやく捉える。リキヤの表情に、再び背筋が凍るような感じがした。



「死ぬ気でお前を殺す」


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