24 誰かに賭した魂
トウドウという男がどうしても気に食わない。あたしの大切なものを奪おうとしたから。ディアお姉ちゃんの力が消失して、それをショックに両親が命を絶ったあとから甲斐甲斐しく通いつめているが、下心が見え見えなとこが気に食わない。それなのに強行することはなく、あくまでもその場所に拘り続ける惨めな男だと思った。
とある日。
「なに? 今日はお姉ちゃんたちは居ないわよ」
今日も今日とてテラスで読書にふけていると屋敷中を覆っている結界が揺らめいたので手すりの方へよって門を確認してみる。この程度ならメイドに確認させなくても自分でできる。門の前には見慣れた兵士、トウドウが立っておりルティに案内されて屋敷の玄関を潜った。
「あ、いや。そのディアさんたちから言伝を頼まれて来ただけでして」
嫌な予感は必ず当たる。トウドウが屋敷に来るときはあたしにとって最悪なことが起こるのだ。
「本日はアシュリアさんが攻略会議で泊まり掛けに、ディアさんも現地の救護でテント泊まりになるそうでそのことを仰せ付かりました」
「これはわざわざご足労いただき、ありがとうございます」
ルティが深々と頭を下げトウドウが「あ、いえ」と軽くお辞儀をする。
見た目は堅物なくせに堅苦しいことは苦手なトウドウは、その行動さえ癪に障る。
「あたしにとっては知りたくもない話だったけどね」
やはりまた帰ってこない。いつもそうだ。国の為、国の為と自分たちの強さを、出来ることを最大限まで国に、誰かに尽くそうとする。なのにあたしは何もしていない。何もできない。何よりも自分自身に腹を立てたい。
誰かに感情をぶつけるしかないあたしを、あたしは嫌いだ。
「申し訳ない」
トウドウだって悪い奴ではない、むしろいい人間だということは重々承知している。そんな人間にさえ素直になれないあたしはきっと厄か何かでしかないのだろう。
「じゃあ、あたしの話し相手になりなさい。丁度退屈していたところなのよ」
セネカの唐突な提案にルティは軽く眉の端がつり上がる程度の驚きを見せたが、何よりもセネカ自身が内心ビックリしている。
「え、ですがこの後宿舎に用が……」
セネカは不敵な笑みを見せながらトウドウにおいでおいでと左手を揺らす。口元に手を当ててトウドウはそれを「耳を貸せ」というジェスチャーだと察する。そして耳を寄せるとセネカは耳元で、
「ディアお姉ちゃんに、あんたのよからぬ噂とか言いふらしていいならこのまま帰っていいけど?」
今まで見たこと無いくらいにトウドウの顔が絶望のそれに変わる。もちろん半分ほど冗談のつもりだったが。
あたしをいったいなんだと思っているのよ。
* * *
「それで、話というのは……」
立ち話もなんなので書斎に通して晩餐を共にする。
トウドウはどうにも落ち着かない様子だ。スープを飲む姿もどこかぎこちない。
「あたしは……そうね、トウドウあんたが嫌いよ」
トウドウの動きが僅かに止まる。
「それは、私が兵士だからですか?」
セネカは僅かに黙り込む。
「そうね、どうしても好きにはなれないの。力があるからってどうして国に尽くす必要があるのか、魔法が使えないあんた達兵士は逆らえない上の力ってものがあるでしょうけど……それも言い訳でしかないわね。あんた達からすればこの国のシステムに巻き込まれてさぞ嫌気がするでしょうし」
スープを飲み干したトウドウの下にルティが近寄り静かに皿を下げる。
「いえ、セネカ様からすれば気持ちの悪い話でしょうね。そんな別の場所から来たおっさんが年下のディアさんを好きになるなどと」
トウドウは今までに見たことのない悲しそうな顔をしてテーブルを見つめる。セネカ自身、そんな表情はいつだって見せたことが無い類のものだった。
「私はディアさんにひとつ、大きな嘘を吐いているんですよ」
トウドウは表情を一切変えずに顔を上げてセネカの瞳を見据えながら話を続ける。ふと我に返ってみると、食事という時間の静けさというものが途端に怖く思えた。最近は独りで食べることが多いし、ルティと二人で食べる時でも静かで、それに慣れている筈なのに。その静けさがとても怖く思えた。だから、トウドウの言葉の重さがすんなりと耳に染みだすのだ。
「婚約者がいる、と嘘を吐いたのです。俺は……、いや私は自分の気持ちを悟られまいとディアさんに嘘を吐いているのです」
それがどうしたというのだ?
「そんな小さな嘘がなんだっていうの? 婚約者がいてお姉ちゃんを好きになるなら最低なんでしょうけど実際は居ないんでしょ?」
「婚約者はいたんです。この世界に召喚される少し前に命を落としました」
セネカはスープをすくったスプーンを皿に戻した。
あたしは、なんて声を掛けてあげられればよいか、分からなかった。いつもみたいに悪態を吐くわけでもなく嫌味たらしくなるわけでもなく、自分にとって大事な人が亡くなって、その人がいない世界へ連れて来られた感覚など、どう分かってあげればよいのだろうか。それが分からない、分からないから何も口に出来ない。
「俺は、俺はこの世界で……あいつを忘れようとしていたんだっ! 忘れたくない、絶対に護りたかったあいつをっ……俺は護れなかったんだ……そんな俺に生きる視覚なんて、ホントは無い筈なんだ……っ!」
荒げられない声音で、でも確かに気迫には現れたどうしようもない気持ちが漏れていた。ルティは静かに眼を閉じたまま動作はない。セネカでさえ今まで見ることのできなかったトウドウという男の本性をようやく知ることが出来た気がした。
やっぱり、同じ人なんだ。どの世界から来たって、何処か知らない場所から来ていようと同じ心を持った人であるんだと。
「そうね、トウドウ。だからあんたは今まで生き残ってこられたのよ」
正確の悪いあたしだから、憎まれ役でもなんでも買ってやろうじゃないの。
「なにを……言っておられるのですか」
苦渋に満ちたトウドウの顔をセネカは「ハッ」と喉を鳴らしてふんぞり返る。
「あんたが死んでしまったらこの世界でそのあいつとやらを知る人間が居なくなるじゃない。忘れようとしたところであんたはしっかり覚えてて、しっかり生きている。それでうちのお姉ちゃんを狙おうとどうだろうと知ったこっちゃないわよ」
バンと勢いよく立ち上がりトウドウに向かってスプーンを突きつける。
「あたしもその婚約者の事を知ってしまったから、死ぬんじゃないわよ! あんたが死んだらこの世界であたししか知っている人間が居なくなるじゃない」
言いたいことを大声で言ってみると、スッキリするものだ。セネカはどうにも拭いようがなかった空気を一喝して満面の笑みを見せた。
「僭越ながらお嬢様、私もその話を聞いていますので実質二人かと」
「あ」
片目を開けて挙手しながら物申すルティにセネカはひどく赤面してその場に座り込む。
「ふっ」
それをまじまじと見ていたトウドウは直後、思いっきり高笑いをした。それにつられてルティも微笑し、セネカも大いに笑った。
その日の晩餐は、久しく暖かく笑顔に満ちていた、そんな記憶がある。
* * *
「何を泣いておられるのですか?」
何も感じなくなったというのは錯覚だった。体は未だに寒さに震えている。いや、この震えは寒さからくるものなのか、死を直前にした恐怖からくるものか、はたまたリキヤを失った悲しみからか。
いや、それも違った。あたしは既に涙が溢れて開けてられない瞼を開いているではないか。そこに懐かしい人影があることをあたしは知っている。
兵士の格好に傷だらけの顔。子どもからの第一印象は最悪なくせして子どもに好かれやすいあの男が、今あたしの目の前に居るではないか。
「あ……ああ。トウ、ドウ……」
顔を見て、その存在を確認できて安心したあたしは視線を横に流すと、また涙が止まらなくなっていた。
不思議には思ったのだ、トウドウがどうしてへたり込むあたしの顔が見える位置にいるのか、どうしてそこで寝そべっているのか。そしてジヴラシオンがあたしへと突っ込んで来た筈なのにあたしがどうしてまだ生きているのか。
そうか、あたしは突き飛ばされた事すら感覚になかったのか。
あたしの目の前には大きく穴が広がっている。あたしに届く僅か数メートルという距離で。トウドウの下半身から上半身半分までを飲み込み、その大きな穴は広がっていた。
傷だらけの顔に、気温が低くて本来ならば流れないはずの汗が額に滲んでいた。トウドウにとってそれがとても嫌な汗だと、最期に感じ取った。
「そんな顔をされては、ディアさんに会わせる面目が立ちません……な」
トウドウはその顔に不釣り合いな笑顔で、これ以上なにかを発することはなかった。
「なん、で……どうして……婚約者のことは? ディアお姉ちゃんのことは? ねぇ、どうするのよ、トウドウ。答えてよ、トウドウ」
必死に身体を揺すろうとも目を静かに閉じたトウドウが再びその瞼を開くことは無かった。セネカは声にならない、声に出来ない嗚咽を漏らしながら涙を再び流し続ける。
何故こんな自分なんかの為に命を張ったのか。
「う……うぅ」
あたしの正体を知らなかったからだ。
あたしが神竜だと、もしトウドウが知っていたら助けになんて入らない。むしろ軽蔑さえされた筈だ。そんなトウドウを騙す形であたしは殺してしまった。神は神でも、あたしはきっと疫病神だったのだ。お姉ちゃんたちに魔力を分け与えたせいで戦場に赴く羽目になり、ディアお姉ちゃんに絶望を焼き付け、両親は心を蝕まれ自害、全てを次女であるアシュリアお姉ちゃんが拭って生きていかなければいけなくなった。そんな家族だった人たちと過ごした屋敷は焼き払われたと聞いたし、ルティやリーンにもたくさんの迷惑を掛けた。異世界から来たというリキヤを巻き込み、危険な目に遭わせて失った。そして今、ディアお姉ちゃんに恋をしていた同じく異世界から来た兵団長トウドウがあたしを庇って命を落とした。
「ぜんぶ、あたしのせいだ」
人という種族とは相容れないのだろうか。力があることがそれほど罪なことなのだろうか。寄り添いたいという誰かを期待することも、もう許されないのだろうか。
『ちぇ、とんだ茶々を入れてくれたもんだよ。おかげで泥だらけだ、まったく』
強風が渦巻き、セネカは目の前に広がる大穴を睨み付けた。トウドウの半身を飲み込んだ、その忌々しい穴の下から神竜ジヴラシオンの声が聞こえる。
翼を広げ穴の中から現れたジヴラシオン。それとともに穴の底から水が溢れ出て飴のように降り注ぐ。
『水道管まで破壊しちゃうとは思わなかったや。まあいいよね。凍らせる材料が増えたって思えば』
もっと力が欲しい。
セネカはトウドウの体を引きずり、それを庇うように前へ一歩出る。もううじうじしている暇もそれをする資格も無い。強い怒りや憎しみが自分自身とジヴラシオンに対して感情が跳ね上がっていた。
あたしはどういう風に戦えばいいのだろうか。今まではそればかりを考えていたけど今は違う。
どうすればアイツを倒せるか。そればかりが頭の中でイメージを膨らませる判断材料になっていた。
『殺意を以ても君ほどの幼さでは僕は倒せない。ばいばいヴォルガーナ』
「あたしは」
ジヴラシオンが口を大きく広げた。最初に放った息吹をもう一度行うつもりなのだろう。魔力の膨らみで分かる。恐らく今までのより強力なものを解き放つつもりだ。何の遠慮も躊躇も油断も無く、確実に息の根を止めるつもりだ。
そんなことは関係なしにセネカは叫んだ。
「ロージャ家三女、セネカ・ロージャよ!!」
最初で最期のあたしの戦い。だから最後に一度だけでも、どうしてもこの名をかたりたかった。
ありがとう、こんなあたしの里親になってくれて。ありがとう、こんなあたしを妹だと言ってくれて。ありがとう、あたしの我儘に付き合ってくれた召使たち。ありがとう、こんなあたしに価値があるなんて言ってくれて。ごめんなさい、人に寄り添おうとして。
「はぁあああああっ!」
自分でもどうやったかは分からない。怒りをぶつけたいと強く想い願った。その感情が魔力を増幅させジヴラシオンの息吹にも似た雷撃が両手をかざすと溢れ出た。その力がぶつかりあい、大地が震える。
あたしはきっと死ぬ。だけど、この魔力だけは誰かに残したい。誰か上手に扱える人。やっぱりディアお姉ちゃんだろうか。アシュリアお姉ちゃんにも分け与えないと。あたしの魔力ってどれだけ持つのかな?
「……この感じ」
そっか、あたしにはちゃんと居たじゃない。
「愛してる、リキヤ」
最期に頬を伝った涙は、寒い外気の中で唯一、あたしを暖かくしてくれた気がした。




