22 町と氷山
騎士隊が戦う最中、それを見守る事しか出来ない兵士たちはそれぞれの役割がある事を忘れるほどに恐怖に見舞われていた。
「なんだよ、何が起きてるんだよ!」
兵士の格好に扮して叫んだのはつい最近、こちら側に来たばかりの召喚兵士。圧倒的なこの異世界の人たちからすれば、自分たちは下民も下民、奴隷の様な立ち位置だと自覚をしてしまっている。大した訓練も受けず、ただただ屍を越えた先で他の兵士が越えていくための屍に為らざるを得なくして生かされた人間。
良く出来たハリウッド映画のCGでも見ているかのような光景に肌に刺さる様な風の冷たさがそれを現実だと引き戻しに来る。
「立ち止まるな」
青年兵士の肩に手を掛けたトウドウは押しやるように前へ歩ませる。
「今を受け入れなければ明日を見ることはできないぞ」
トウドウにとってそれ以上、なんと声を掛ければいいか分からなかった。自分がそう信じないと、それを受け入れなければ、いったい誰がこの理不尽な世界で生きていこうとお思えるのだろう。
今日まで生きてこれた隊の全員に感謝しなくてはならないし、自分をこんな目に遭わせているこの世界を恨みたい気持ちもある。どちらも本心だからこそ、気持ちに行き場が無く、今を生きぬくほかに道が見えないのだ。
何故、見慣れた光景がこんな氷山の中に隠されていたのかは知らない。ひょっとすると幻なのかもしれない。敵が見せる幻影魔法のようなものかもしれない。だが、こんな残酷な状況で見せつけられたら、兵士たちはどうすればよいのだ?
何よりトウドウ自身がどうすればよいのか、分からなくなっていた。
結局は、今与えられた任を遂行するしかないのだ。兵士の隊はこの場所の正体を突き止めるべく、少数精鋭で掻い潜っていく。騎士より、何よりこの世界の人間よりも知っている筈の兵士たちが、その正体を突き止めに行かなくてはならないのだ。
「放て!」
騎士隊で頭一つ抜きんでた騎士が叫びをあげると同時に隊員がそれぞれ両手を目の前にかざし、火属性の魔法が群を成して飛び出す。火の加護を持たぬ者は当然ながら魔法石の力に頼るほかない。
さらに隊の人間はそこにいる何かを感知して攻撃しているに過ぎず、常に透明な化物を相手取っている感覚でしか戦えない。
『…………』
ジヴラシオンはその大きな体にありったけの魔法攻撃を喰らったところで、痛くもかゆくもなく、今は全く別の事を気にしていた。
『ヘンな力が二つほどあるね……。一つはヴォルガーナとその眷属で、もう一つは……どいつだろう?』
もちろんジヴラシオンの独り言でさえ、騎士や兵士の耳に届くことはない。視えぬ者には聞こえないし聞こえる者には視える。
何の反応も得られず、ギャーギャーと喚いている人間を見るだけのジヴラシオンにはいささか退屈ではあった。退屈しのぎにすら為りえない。
『いっそ早く片付けてしまいたいもんだけどなぁ』
だが、それもあの子から釘を刺されているんだよなぁ。むやみやたらに命を奪うなって。
「被爆したぞぉ! 畳み掛けろ!!」
『うるっさいなぁ、こっちが手加減してるからっていい気になっちゃってさ』
牽制の意を込めて翼を大きく羽ばたかせる。冷たい風と轟音が騎士隊の列を崩し、慌てふためいている。
『踏み込んで来るからいけないんだよ、僕らだって何かしたわけじゃないのにさー』
民家の屋根に大きな爪を立てない様に降り立つジヴラシオン。なし崩しになった騎士隊が態勢を整えるまでのささやかな休憩に入る。
単に足止めを頼まれただけであって強行突破をしようものなら一瞬で永遠の眠りにつかせてやろうと警戒だけは緩めない。
そして後方から近付いて来る魔力の波長に対しても余念なく意識をしている。
『ヴォルガーナ、君は味方かい? それとも敵かい?』
ガルルッ――――、と白い息を牙と牙の隙間から漏れさせ空を仰ぎ見る。
騎士隊の態勢が立て直り、再び空へと舞いあがるジヴラシオン。少しでも町に被害がいかないようにする最低限の措置だ。いつまでも魔力の膜を町全体に張り巡らせておくのは得策ではない。それに最悪二つの民家が護られれば、それだけであの子は満足するのだ。きっと氷の華のように永遠を儚く想い散らして生き続けるあの子の存在を唯一肯定できる世界なのだ。
『ごめん、言い付けを破るよ』
そんなあの子が守ってきた世界に、土足で踏み入る人間をきっと僕は赦すことが一生出来ない。神竜の一生は例え世界が滅びても生き続ける一生、つまりは永遠に赦さない。
『永久に眠れ、人間』
大気を震わせないばかりに息を深く吸い込む。割れるような空気の圧にその場の騎士隊は頭を抱え苦しみだす。気圧の急激な変化に耳から血を流し出す者も現われる始末だ。
ジヴラシオンは吸い込んだ息を肺にため込む、その瞬間ピタリと世界が時を刻むのを忘れたかのように静かになる。張り詰めた空気が人々に対する危険信号を発していた。
次の瞬間、大きく口を開けたジヴラシオンの咆哮が氷山全域に響き渡った。
* * *
「なんだ、こりゃ」
辺り一帯が雪景色に染まっていた。それは見慣れた町の風貌さえもあっという間に変えてしまう異様な光景にリキヤは肩を落とす。
リキヤの中から溢れ出ていた怒りという感情の矛先が別の方向へとベクトルを変えようとさえさせるほどの惨状にセネカも堪らず口元を両手で覆う。
「これ全部、人なの?」
白く固まった像がいくつも山積みになった状態で降る雪に少しずつ埋められていっている。恐らくは騎士であろう人々や近くの荷物、その全てが真っ白な背景に溶け込もうとさえしている。
周りの民家や電柱、塀を見るとところどころ黒く焦げていたり破壊されていたりと凄まじい戦闘の跡を残している。自分たちの居た世界に不釣り合いなその跡は、こちら側では当たり前のことなのだと、再認識を迫られているようで気分が悪い。住み慣れた町に土足で踏み込んでくる異世界人たちに膨れ上がっていた怒りの感情が今や同情さえしてしまいそうになるほど、ひどく気分が落ち着いている。
「これじゃ、持ちかけようとした共闘も意味が無くなるな……」
神竜という存在はここまで圧倒的なのか。ここへたどり着く少し前までは色々な人の反応が、その感覚があったというのに。先ほど膨れ上がった神竜の魔力がこの現場を創り出したのならば、ゾッとする。明らかに敵に回してはいけない。氷山を突き抜けて入り込んでくる風に身を震わせる。
「この町は氷山の中にあったってのか」
それならば、空を見ても真っ暗だったことは頷ける。誰からも発見されなかったことも納得できるが、ナバトたちはこの事を知っていて黙っていた、というのがどうにもリキヤにはいけ好かない。そしてここが氷山一帯に覆われているのならナバト夫妻は恐らく出入り口を知っていた筈だ。それなのに何故、距離の開いた森までわざわざ出向き自分たちを回収してこんなところに連れ込んだのか。どうして氷の神竜はナバト夫妻の存在に気付いていなかったのか……、いやもしくは黙認していたのだろうか。異世界に執念深いナバトがここをあっさり見放すとは考えづらい。恐らくこの町のどこかに未だ潜んでいるに違いない。
「ここはもう手遅れだ、もう一つのほう……アシュリアさんが居るところに向かってみるしかないだろうな」
「残念だけど、そう簡単には向かわせてくれないみたいよ」
消失していた力が、瞬く間に戻ったかのように、その場に現れる気配にリキヤとセネカは互いの手を取りあった。いくらか驚きはしたが、いずれは対面するものだと思っていたので決心はついていた。
『やあヴォルガーナ。お久しぶりだね、まさか人間に転生していたとは驚きだなぁ』
大きく見開かれた琥珀の瞳にダイヤモンドのように輝く牙や鱗にしばらくリキヤは見惚れていた。神竜ジヴラシオンと言ったか。ロージャ家の竜小屋に居たアパルスもだいぶ大きく感じていたが、その五倍ほど大きい。高さ十メートル以上は軽くあるだろうその図体にリキヤは思わず息を呑む。セネカは聞きなれない呼ばれ方に口をへの字に曲げる。
『教えておくれよ、君たちは一体なんなのさ』
ニッと吊り上った口からは白い吐息が風に乗って音を立てた。




