20 窮地の稲妻
どういう方向からでもあの時の記憶を辿っては見るけれども、あの銀騎士はまるで成長というものをしていない。一般論で言ってしまえば三年くらいなら見た目が変化していなくてもさほど不思議に思う事は無いが、アシュリアからするとどうも違和感しか見てとれないのだ。甲冑姿、剣の長さ、身長、声音、何も変わっていない。あの日あの時ほど、屈辱を受けた相手は他にいないせいでよく覚えているアシュリアだからこそ指摘できたのかもしれない。
一方、銀騎士は自分の腕や立ち姿を見た後、アシュリアの方へ向き直り驚きの声をあげた。
「へー、どうやら当てずっぽうで言っているわけじゃなさそうだね」
細剣を強く握り先端をアシュリアの顔に翳して見せる。
「でも強さはあの時のままだとは限らないから油断はしないで」
直後、吹雪いていた風がぴたりと止んだ。
アシュリアの後方に控えていた兵士たちは震えが止まらなかった。明らかに今まで相手取ってきた敵とは違う。野盗でも魔獣でもない。確固たる意志を持った強大な力。その圧に知らず知らず恐怖を駆り立てられる。その様子を横目で見たアシュリアは逆に、武者震いが止まらなかった。
「銀騎士の相手は私がする。お前たちは自分たちの使命を真っ当してくれ」
そんな事を口走ってみるが、本当はただ邪魔をされたくなかっただけなのかもしれない。あの日からどれほどこの時を待ち侘びたか。この銀騎士がステイシア国の人間だろうがそんな事はどうだっていい。目的はプリズマの奪還。今回ばかりはこの任務、私情で志願してしまう事だとは思ってはいたが、まさか指揮官にまでさせられるとは思っていなかった。地位を上げ過ぎると好きに戦場を駆け抜けられないというのが難点だ。
だが、今は非常事態だ。兵を悪戯に殺させるわけにもいかない。
「は、はいっ!」と遅れながらも自分たちの使命を果たそうと道を退き返して回り道を試みようとする兵士たちに銀騎士は静かに手を振りかざした。
地面が少し揺れた、そう感じた矢先あちこちから厚い氷の壁がせり上がってきた。人が触れると少し溶け落ち、たちまち呑み込んで固形に戻る性質を、その壁は持っていた。
「行かせると思う?」
アシュリアの背に兵士たちの断末魔の様な叫びがのしかかってきた。氷漬けになった者、一部だけ埋まり血が凍りつき痛みに悶える者。その忌々しい氷の壁に、アシュリアは退路さえも断たれてしまう。
「私を倒さないと先に進めないし、お仲間さんも死んじゃうからね」
おどけた態度をとってみせた銀騎士、だがその声色に余裕など一切見せてはこなかった。それはこの襲撃がそれほど銀騎士にとって堪えているという事実を映していた。
「お互い、最初から小手調べというわけにはいかないわけか」
瞬間、前方に跳躍したアシュリアは塀の壁に左脚を掛け、目一杯の体重をのせると首の後ろにまで振りかぶっていた剣を、身体を翻しながら振り下ろした。甲高い音を立て、その音が鎧でも剣でもない音だと一瞬で理解できた。
一発で仕留められるとは思ってはいない。だが、手の内を簡単に晒すほどアシュリアは勝敗そのものに焦っているわけではなかった。
その弾かれた音の正体を確かめようと視線を上げたアシュリア。すると銀騎士の細剣が異形を成していた。いや、細剣自体には何の変化も生じていない。細剣を囲うようにその周りが何故か氷で覆われていた。
「熱には弱いけれど氷ってなんでも造形できるから便利なんだよ」
細剣に覆われた氷の塊を蹴って後方に飛んだアシュリア。態勢を立て直そうとしたアシュリアめがけて氷の刃が地を這うように追い打ちをかけてくる。それはまるで剣に意思が宿っており、伸縮している様にも見えた。
硬いな、それに無数に生み出される。やはり一筋縄ではいかなさそうだ。
あっという間に氷の壁際まで追い込まれたアシュリアは氷の剣を弾き返すことで精一杯だった。
避けるのは難しくは無い。だが、アシュリアの背にある氷の壁の中には何人もの兵士が人質になっているせいで、動けずに居た。
くっ、兵士を見捨てて戦えとでも言うつもりか……!
何か打開策は無いのか。
* * *
「もう始まっているみたいだな」
見慣れた道路を走るリキヤ、その背にはおんぶされたセネカが険しい顔つきで遠くを見ようとしている。ちなみにバットは後ろ手でセネカを固定するためにお尻に備え付けている。
この土地の全てを周ったわけでは無いのでどこまでこの景色が続いているか分からない。だけどどこからどうみても偽物とは呼べない、元の世界そのものだった。
寸断されたジャンクション。その先に何が広がっていたのか、今は想像することさえ危うい。あまり通った事は無かった、そんな寂しさを今さらになって呼び起こしてくる。この感情はやはり名残惜しさなのか。
知った光景に、共感してくれる人はいない。それでもこっち側に関係を持ってしまった俺は、簡単に投げ出してはいけないと思う。
何よりも自分が変わってしまう事の方が、俺は周りを失う事よりも怖い。
「そんな心配そうな顔すんなよ」
おんぶしているので顔は見えないが、なんとなくセネカがそんな顔してるんじゃないかと思い言ってみる。
「リキヤにとって今はどっちが大切なこと?」
感覚を共有しているわけではないが、態度で分かってしまうのだろう。一度は元の世界の事を忘れようとしたはずなのに、こんな風に鮮明に視界に入ってしまうと今となってはどっちがどう、なんてことは答えにくい。
その質問はとても酷な気がした。
「真実を知ることが今は大切かなぁ」
「そう」
自分でもズルい返答だとは思う。セネカが不安なのは分かる、家族と血の繋がりがなく人でもない、誰がどう言い繕ってもセネカは独りなのだ。だけど独りだなんて言うならリキヤだって負けた覚えはない。魔力なんて持っていなかったし、知り合いも居なくて、何度も牢に入れられた。仲間だと思っていた人たちも失って頼るべきものが何もない。それでも何かを手にしようともがくリキヤに、セネカは憧れを抱いた。だけど、そんなリキヤでも元の世界の光景を見せられ揺らいでいる。
それがセネカにとって物凄く不安な事なのだ。
そんなセネカの気持ちを分かってはいる、だけど今は真実を知らないといけない。リキヤには今、余裕が無いのだ。万が一でも銀騎士が討ち取られれば? この場所がなんなのか、知る手掛かりが消え失せてしまう。
「戦況が分からないな。竜の魔力ってのは、一番大きい気配のやつでいいんだよな?」
自分でも目に見えない先にもやもやとする感覚があるのはどうにも落ち着かない。いずれは慣れると思うけれど、魔力感知を使おうと思っていなくても分かってしまう程、強い力だということか。
「そうね、今は恐らく騎士と戦っていると思う。戦場のゴチャゴチャで銀騎士がどこにいるかまでは感知出来ないみたい」
じゃあ、まずは竜からか。
「なあ、あれ使えないか?」
「あれって……あの線のこと?」
電柱から電柱へ、または各家庭や建物に繋がっている無数の線のことだ。もちろんこっち側では電力会社とかの力が働いているわけではないので何の意味も成し得てはいない電線だが、もともと電波を伝える役割なら雷属性である自分たちにも何か使えるのではないか、リキヤはうすうす考えていた。
だがどうだろうか。力をうまくコントロールできなければヒューズ等がショートしたり最悪、火災が起こったりするのではないだろうか。柱上変圧器によってどうにかなってしまうのではないかという不安の方がハッキリ言って大きい。
「ためしに少し送り込んでみるか」
電圧を籠めたバットをサイドスローで電線向かって投げてみる。バットが電線に触れた瞬間、白い光が電線を伝い様々な場所で火花を散らして挙句の果てには数本ケーブルが千切れて落ちるという結果に終わった。
「電気は伝わるようだけど、あれは危険ね」
「そうだな」
素人が手を出していい領域じゃなかった。
「楽できると思ったのになー、走っていくしかないか」
足先に魔力を熾す感覚、慣れてしまった自分に寂しさを覚えるが今は頼るほか当てがない。
「セネカ、少し使うぞ」
「……好きにすれば」
いちいち言わなくてもいいのに、と喉の奥まで出かかった言葉をぐっと押し込めたセネカは、軽く息を吐いた。




