19 強襲のキャルベラン
今まで町を護っていた微細な魔力の綻びが解けていく感覚。それほどの攻撃が始まったということなのか、いったい誰がこんな真似を? リキヤは焦りを抑えきれず何度も頭を抱える。
軽い沈黙を最初に破ったのはナバトだった。
「儂はバーさんを連れてここより遠い場所へ避難するが、お主等はどうする?」
(この感じ、ベランドの差し金かのう)
ナバトは顎鬚をさすりながらどこから響くか分からない轟音のする空に向かって睨みを効かせる。
ナバトから見たリキヤは、冷静さを欠いていた。もしも、何も言わずこの場から飛び出していようものなら、すぐさま止めに入ったが未だ動く気配はない。
「お、俺は……」
少し考えた、他の選択肢をとってもこの感情にはいずれ従うしかないだろう。
改めて自分自身にまで問う必要も無かった。
「町を壊されてたまるかよ」
ここがどんな場所なのか、どうだっていい。偽物だろうが本物だろうが、たとえ幻覚だろうが構わない。
ここにある風景が壊れることが気に食わない。
「俺は行くぞ、例え止められても……これだけは譲れない」
ナバトは「好きにせい」とグラウンドを去って行く。リキヤは軽く呼吸を整えてから、何も言わず不安げな表情のセネカに向かう。
「セネカ、気付いてるか?」
リキヤの問いにセネカは黙ったまま、頷き肯定。
「俺たちを捜索するために来た――って訳じゃ無さそうだ」
どうしてこの場所なのか、気になるところではあるけれど。問題は何が目的でココへ来たのか。キャルベランから近い場所に位置しているのだろうか。
「アシュリアお姉ちゃんが…………どうして」
魔力を熾している、ということは爆発音の正体も自ずと分かってくる。
「くそっ! 行方不明の妹をほったらかしにして、何やってんだ!!」
リキヤもすぐさま、グラウンドを出て戦地へ向かおうとする、だがセネカが未だにその場から動けずに居た。その姿を見て、慌てて駆け戻る。
「おい、セネカ……!」
歯を食いしばるセネカを見るまでは、リキヤは気付けなかった。セネカの胸中に秘めた不安や葛藤。僅かに見た希望が打ち砕かれようとしている様を。
「やっぱり、お姉ちゃんはあたしの事なんて、どうでもいいのかな……? このまま居なくなった方が、良かったかなぁ?」
「俺を信じろ」そんな事を口走った自分が何をしてやれるのだろう。今まで籠の中の鳥のような生活をしてきたセネカを。詳しいことは聞くに聞けなかったリキヤが知るのは、ディアに与えていた魔力を奪ったことがあっただとか。そして何かの呪いのように再び魔力を送り込むことが出来なかった、ということが。全ては無意識下の話らしいからきっかけさえあればディアに力が宿ることだってあるかもしれない……しれないけれど一度奪った恐怖心からか、やり方が分からないのだろう。
だからリキヤから奪った時、それはセネカ自身の心にも酷く重いプレッシャーが突きつけてきたことだろう。
それでも今の俺が、魔力を扱えるということは無意識下でセネカがそうしたいと願っているから、そう考えてもいいだろう。
つくづく俺の方が毎回大人げないよな。
「無責任と言われればそれまでかもしれないけれどな、まだ帰る家が失われたわけじゃない。俺がお前の姉ちゃんとっちめて、それで駄目だったら親権でもなんでも掻っ攫って俺が兄ちゃんくらいになってやるよ」
魔力を込めて、それを想いだと思わせたい為にリキヤはセネカの頭をこれまでかと言わんばかりにわしわししまくった。
「ぎゃーー!」
予想外の出来事にセネカ自身でもよく分からない悲鳴を上げた。静電気を含んでいたせいか、ボンバーヘッドのように髪の毛がくりんくりんに跳ねてしまったのは想定外だったが。
「わぁもうバカ! ほんとバカ!!」
わりと本気で鳩尾を殴られているが笑顔で対応。
「姉ちゃんが俺にぶっ飛ばされるところ、見たくないだろ? その髪の毛を直してからゆっくり合流しようぜ」
「あ……」
リキヤの笑顔にセネカは先ほどから溢れ出ていた涙がとうに枯れていることに気付いた。慰め方としては上手とは言い切れないが、その下手な優しさがセネカには逆に心地が良かった。
「さっき気付いたけど俺とセネカの間だと魔力の膨らみ、って言っていいのか知らないけれど力の増減が感じられるようになってる。だからピンチになったらありったけ心で叫べ、雷の様に飛んできてやるよ」
確かにそれはセネカも感じていた。そしてリキヤの提言は『この先の戦いに、姉に逢う覚悟が出来たらいつでも知らせて来い。どこにいても迎えに来てやる』という意志表示だということにもセネカは気付いた。
「自分の町が破壊されてるかもしれないのに、呑気ね」
「まあ、銀騎士が思ったより頑張ってるみたいだからさ」
遠くで揺らめく魔力にリキヤは笑って退ける。
「ちょっと共闘でも持ちかけに行こうかね」
落ちているバットを拾い、フェンスをよじ登る。
一度でいいから忍者のように屋根から屋根へと飛び交うアレをやってみたかったリキヤはこの時だけワクワクしていた。
「ほっ」
歩道、車道を含む距離を跳躍する。
「ははっ、やっぱ魔法ってすげぇや」
着地した先が古い民家だったせいか、瓦が衝撃に耐えられず弾け、リキヤは垂直降下した。
「…………」
* * * * * * * * * * * *
分厚い氷の壁を破った。
氷山の下など、考えたことも無かった。そもそもプリズマが何で出来ているのかさえ疑問に抱いた事は誰だってない。昔からそこにあり、今もそこにある極寒の氷山で答えは分かりきっているはずだった。
なのに、予想だにしない光景に誰もが言葉というものを失いかけた。いや、実際には誰もが開いた口が塞がらないというのに喉の奥から声という音を出せなかったのだ。
そこに広がっていた町の景色に。
見たことのない風景に、世界に、誰もが絶句をした。
それと同時にこちらを向かって来る大きな魔力に誰もが固唾を呑んでいた。それは魔力を感知できる騎士たちが兵士よりも早く行動に移せたという利点だ。兵士のほとんどは未だ固まったままなのだから。
「なんで、ここにこんなものが……」「に、日本か……ここは日本なのか?」
兵士のほとんどが異世界から召喚された者たちによって構成されている。彼らの眼を見張る何かがあるのだろうか、騎士とは別の意味で騒ぎ立てていた。だが、今はそれどころではなかった。
「来るぞっ! 構えろぉぉおおおお!!」
雪風が兵士たちの逃げ場をなくすように背を押してくる。その目先およそ一キロに飛行物体があった。
その先から白いブレスがこちらに向かって吐かれ、気付いた者はその場から逃げる様に散り散りになり、残された者はその白いブレスに包まれる。
兵士の一部、この世界へ来たばかりの者たちは足が竦み、その場で絶望を強いられた。その様子を見て別の兵士が駆け寄り言葉をかけ励ます。
「くそっ、隊列を崩された」
部隊長の一人が憎々しげに吐き捨て、笛を吹く。
「目標! 氷の魔女!!」
ローブを被った魔法小隊は両手を白いブレスを吐いた飛行物体へ焦点を当てる。その間に大盾を持った騎士が前列へ構え、次の攻撃に備える。
「打てぇええ!!」
部隊長の言葉を合図にローブ騎士の両手から火球の群れが空に放たれる。
「……いけるか」
別働隊を率いて前進するアシュリアがその光景を流し目で見ていた。
火球が飛び交う目前で全身を大きく回転させたその飛行物体は風圧だけで火球を全て中で弾けさせた。その発光により、暗くて良く見えなかった飛行物体の正体が、全貌が明らかになる。
「白竜ジヴラシオン」
他の者は恐らく、その背に乗っている銀騎士、氷の魔女の姿しか見えていない筈だ。だが、勘のいい何人かはあのブレスの正体に気付いているだろう。
異世界から来た人間は魔力を知ることが出来ない。何が近付いてきているかさえ分からない。この世界の人間は魔力を体内に宿しているおかげで近付いて来る何か、というのが分かる。
「この世界を創りし神々か」
神聖な魔力を持たぬ者には姿さえも拝むこと非ず。
『この世界を穢したな』
重低音の咆哮を交えた風圧がその場に居た全員の背筋に突き刺さる。目に見えない恐怖、圧倒的な力の差、それらに屈することがどれだけ楽か。しかし、相手の領域に入ることが何を意味するのか、隊員のほとんどは覚悟をしていた。
命乞いをしても無駄ということが。
「くっ」
別働隊を率いていたアシュリアもその重さに気圧されかけた。
それでも今回の作戦はあの時とは違う。逃げ帰ることで精一杯だった未熟なあの時とは、ディアに頼り切っていたあの頃の自分とは違う。それを証明するためにも、妹の想いを継ぐ本当の戦いを今から自分が仕切るのだ。これいじょうの名誉はもういらない。そうやってココに今立っていることの喜びを噛み締め、前を向く。
「――はは。私が怖気づいてどうする?」
小声でつぶやき自分の胸を数回叩く。
大きく鼓動が動いているのが分かる。いかん、あの男がまた脳裏に浮かび上がる。この感情は何だ? どうして今、居ない筈の男のことなど考えてしまう? これ以上の期待はしていけないと分かっていても、少し元気づけられる。
セネカのことは心配だが、それ以上に信用している。セネカも、リキヤも。次にあの男に会ったら、あいつの望む物を与えてやろう。みんな世話になっているからな。
「そんなに嬉しいの?」
少し高い、だけどその言葉一つ一つに込められた覇気を感じ取ったアシュリアは構えた。
「止まれェエエエ!!」
叫んだと同時にアシュリア達の数メートル先に空から何かが降ってくる。
後ろからついて来た隊員が止まり。その場でキョロキョロ辺りを見回す。アシュリアの雰囲気から只事ではないということだけ察した兵士たちの表情もまた引き締まる。
どこだ、どこにいる?
「私の世界に土足で踏み込んで、妹さんの仇討ち?」
土煙が舞う最中、カチャカチャと音を立ててこちらへ歩み寄ってくる影が一つ。アシュリアは、その姿を想像すると身震いしてしまう。これは恐怖心ではなく、仇敵に会えた時の喜びに近いものだ。
「白竜からここまで飛んできたというわけか」
土煙と、雪のキラキラとした結晶を細剣ひとつで薙ぎ腹い姿を現した容姿にアシュリアは笑みを浮かべた。
「あなたにとっては久しぶりだね、今度はお仲間さんもたくさん連れてきたみたいで準備万端ってとこかな」
アシュリアはどこかに違和感を覚えた。あの時と変わらない、あの姿の銀騎士がここにいる筈なのに、どこかがおかしかった。
変わっていないことがおかしいのだ。三年前と全く同じ雰囲気ということが、違和感の正体になっていた。
「お前は……本当に人間か?」
アシュリアは三年前の時の自分と今の自分を思い返す。身長も伸びた、声も少しだけ変わった筈だ。なんなら顔つきだって変わっている。なのに、
「お前はどうして三年前のままなのだ?」
あの時と変わらない瞳が兜の隙間からこちらを窺っていた。




