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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
1章 異世界召喚兵
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9 突如とした異能

 風がそっと力哉の頬を撫でる様に突き抜けていった。

 やけに静かだ…………。


「ゆめ……」


 どれが現実か分からなかった。恐らく今が本当なのだろう。それでも自分が置かれている状況を振り返れば、夢であってほしかったと哀れに願うばかりだった。

 ゆっくりと顔を上げようにも体のほとんどが機能していなかった。逆に言えばそれは着実と死に近づいている証拠でもあった。

 目の前に何かが転がっていた。それはただの石のようにも思えた、しかし見覚えが確かにあった。

 それは商人に扮した人さらいたちが持っていた魔法を生み出した石だった。見るとちらほらとそれは地面に転がっているではないか。

 近くに魔法使いの敵は居ない。彼らが落としたものだろうか。手を伸ばせば届く距離にある。無造作に石を掴み、握り拳を作る。


「お……れを、すく……え」


 魔法と言うからには何らかの回復が施せるのではないかと、だが魔法が発動することは愚か光を放つことさえなかった。


「死にたく、ない」


 不思議だった。

 死んでいくはずだった、抜けていくハズだった力が湧き上がってくる。不思議と痛みも消えていく感覚があった。


「なんだこれ」


 身体の痛みがすべて消えたとき、いつも何気なく過ごしている自然の状態がどれほど素晴らしいかを実感しつつ、どうしてこれほどに力が湧いてくるのかが不思議で堪らなかったが、


「これならいける」


 立ち上がった瞬間、手の内にあった石がふと無くなっていることに気付いた。力哉はマンガやゲームなどである治癒の魔法みたいな力が運よく発動してくれたのだと思った。

 後方を振り返ったとき、そこに生きている者など誰も居なかった。正確には自分が編隊していたであろう先鋭の無残な姿ばかりが目に焼き付いた。


「……」


 黙り込んだ視線の先に鮮やかな緑の原っぱなど存在していなかった。

 あの男の言うとおりだ。

 美しい緑も、今ではむごたらしい肉塊と赤黒く染まった血に覆い尽くされていた。少なくとも力哉の目が届く範囲で生き残りは居なかった。


「急がねえと」


 足に力を入れて走り出した、その時だった。


「っ!?」


 思いっきり力を入れた結果。踏み出そうとした足が地面を擦って前転してしまった。最初は体が鈍ったのかと錯覚さえ感じた、だがそうではない。

 いや、待て。おかしいだろう?

 地面を擦るほどの速さなんて、普通は出せない。踏み出した足が追いつけないというのも身体能力がどうにかなったとしか考えられなかった。


「くそっ」


 再び起き上がり、走り出す。右脚に力を入れて地面を蹴る。顔に受ける風の勢いが明らかに違った。即座に左脚で更に力を込めてまた地面を蹴る。


「っ!? 危ねぇっ」


 スピードが極端に上がったせいか、草原を瞬く間に突き抜けて森の中へと一瞬で入ってしまった。木々に身体をぶつけそうになりながらなんとか軌道修正を試みる。

 だが、思うようにコントロールが利かない。正面の木にぶつかりそうになって慌てて木を蹴り横に飛び退こうとした。

 気付いたら上空に居た。驚愕に顔を歪めながら、傍にあった枝葉を掴もうとした。それが出来なかった。

 伸ばした手の脇をツルの様な、木の根のようなものが通過した。それが枝葉を貫き、掴む物が無くなってしまったのだ。

 こうなってしまってはヤケだ。力哉はその根っこを掴んで、進む勢いでまた宙に投げ出される。その根っこには意思があった。


『森を争いの場にしないで』『森を救って』


 力哉は投げ出される身体を捻って後方へと振り返るが、誰も居ない。いよいよ幻聴までもが症状として現われたのだろうか。この湧き上がる力の説明もつかないが、あまり悠長に考える時間もない。今は気にせず、本能の赴くまま動き始めていた。枝を蹴って、飛行距離を稼いでいく。


「すっげ……忍者かよ」


 そして直ぐに目的の場所は見えていた。


「っ!?」





 大きな爆発の直後、不燃物を無理矢理燃やしたようなどす黒い煙が、建物から上がっていた。

 背筋が凍るような気分だった。力哉は今朝までこの寄宿舎で寝泊まりを行っていた、それがまるで現実離れをしたように見る影もない姿へと変えられているのだ。


「……っ、ひどい」


 鼻を突くような臭いが煙に紛れて周囲を包み込んでいた。血の臭い、爆炎によって燃えていく死体や建物の臭い。僅かに聞こえてくる雄叫び、そこは完全に戦場と化していた。火の手が森に移っていないことが不幸中の幸いだった。もし、ほんの少しでも燃え移っていたら、力哉がこの場まで到着することが無かっただろう。

 枝から地面へと飛び降りた。着地するとともにやはり体が異常発達をしていることは力哉の中で明らかとなっていた。先ほどの脚力、そして今しがた着陸したときに身体が軽くなっていたことに気付かないわけではなかった。


「どうなってるんだ?」


 今は自分の身体の変化について考えている場合ではないと、そう思う力哉でさえこの症状は流石に疑念を抱かずには居られなかった。

 その場で立ち尽くしていた力哉に向かってくる足音が聞こえてきた。


「ちっ」


 生憎と剣を持ち合わせてはいなかった。盾も先ほどの草原に置いてきてしまった力哉は、敵にとっては格好の的でしかなかった。丸腰の力哉は軽い舌打ちをしたあと後方へ退こうとするが、森の中からも伏兵が現われ囲まれてしまう。


「待てよ、今はお前らと事を構えるつもりは――」「おおおッ!」


 言いかけたところで言葉はかき消された、それと同時に襲い掛かってくる兵士たちを交わそうと横へ飛んだ。


「っ……しまった」


 身体の変化を忘れていた力哉は物凄い勢いで横へ吹っ飛ぶように身を翻していた。避けた方向に構えていた兵士が驚きを見せつつも飛んでくる力哉をしっかりと捉えていた。


「このっ!!」


 剣を振り下ろしてきた兵士に向かって右手をかざした。そして力哉の右側を根っこが兵士を突き抜けていった。


「がほっ」


 兵士の開かれた口から喉を突っ切り真っ赤になった根っこは、ゆっくりと形状をもとに戻し地面へと姿を消した。それと同時に口から血を流し倒れた兵士を見て他の敵兵は身を竦める。

 その事態に一番驚いたのは力哉自身だった。なにせ、自分がさも想像した通りに木の根が意思に従ったのだから。


「まだやるか……?」


 これ以上は無駄な争いを避けるべくドスの効いた声音で残兵に問いかける。すると、力哉を囲っていた兵士たちは恐怖に慄き引き返して行った。


「はぁ……はぁ……」


 殺すつもりなんてなかった。だが想像してしまったのだ、その姿を。

 動悸が荒々しくなっていく……。

 力哉は苦し紛れに胸辺りを力強く握りしめ寄宿舎に向かって歩き出した。その様子を一人の騎士が木陰から窺っていた。


「あの男……生きていたのか」


 細身の剣士が眉根を寄せてそう呟いた。


「何故あれほどの攻撃を喰らっておきながら動けるのだ? それに、あの場所からココまでは相当の距離があったはずだが……」


 いったい何者なのだ?

 騎士は鳴りを潜め、力哉の後を静かに尾行し始めた。



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