17 相互の見誤り
リキヤの体格から考えてもセネカは自分との差に恐怖心を抱いていた。戦うという事はそれすなわち雌雄の決し、互いの傷つけ合い、他に考えようはないだろう。例えばそれは頭脳を使ったものや心理を突くゲームというわけではなく、己の技量と力のぶつかりあいをこの場は言うのだ。
本来それが成立してしまえば気持ちのいい響きはしないだろう。単純な体格差で力も勝る男に女が叶う筈がない、というのはリキヤの居た世界での話だ。この世界ではとても理にかなっている力関係が為されている。
男は単純に力で女に勝る。それはやはり個人差があって様々だがこの世界にはそれを補う、それ以上の力が存在しているではないか。
それが魔力だ。本来、生命を宿せる肉体をもつ女性というのは魔力量も体内に宿しやすい傾向にあり、それもやはり平均すると女性の方が純正な魔力に長ける。これが男と女の対等さを位置づけているものである。
だからこの世界では男と女という混同した闘いだろうが、それに不信感や違和感を覚える者は少ない。
「だからルールを設けるんだ。俺は一切手を出さない、そういう条件をもとにな」
屋上に出たリキヤとセネカ、そして戦いを見届ける形でナバトが二人の間に入る。その提案には流石にナバトも眉根を寄せてしまう。
「勝負というものに関してそれが成立するとは思えんのじゃが」
「いや、それがそうとは限らないと思いますよ。俺の魔力がセネカから供給されてるってことはその力で自分自身を護る盾を作るだけで防御の仕方を学べる。セネカは自分の限界を知ることだって出来る。もちろんその逆も慣れたらやるつもりですけど」
セネカは攻守ともに自衛の術を学ばなければならない。その結果次第では今後リキヤの行動にプラスとなるか、枷となるかが決まるのだから。
「でも、どう攻撃していいかあたし分かんないよ」
セネカは自分から相手を傷付けたいなどと思ったことがない。だからなのか、いざ戦いとなると態度もしおらしくなっている。普段ならいいが、戦場であった場合それは命取りになる。それはどうしても避けたい事態でもある。
「んー、じゃあどうすっかなぁー……」
リキヤが数秒、唸りながら思考を凝らしていたかと思うと無言で突然セネカに向かって拳を振りかざした。
「きゃっ!?」
セネカに当たる寸前で障壁の様な光がリキヤの拳を弾いた。
「ばっ、馬鹿! 最低!! 手を出さないとか嘘ついて、見損なったわよ!!」
セネカは顔を真っ赤にして目には涙を浮かべながらリキヤを叱咤する。
「いや、俺は――」
「嘘はついておらんよ。今のは寸止め出来る位置にあったからのう」
リキヤの言葉を遮ったナバトは先ほどのリキヤの行動に眉ひとつ動かさずそれを見ていた。殺意や攻撃する意思が、リキヤにはそもそもなかった。もしそれで万に一つ当たったとなれば、それは事故になっていよう。そうなってしまった場合はリキヤの全責任だ。だが、
「今の自分を見てみろよ」
「え?」
リキヤに対する怒りで全く気付いていなかったが、セネカの周りには確かにそれが存在した。
微細な魔力が網目に施された所謂バリアと呼べるものがそこにはあった。
「自分を護る術、できたな!」
清々しい程の笑顔のリキヤにセネカは少し戸惑いつつも行動は最悪のソレに近かったことに改めて思い返してみる。
「うっさい! 他にやりようとかあったでしょこのバカ!」
だが、この状態なら自分の身を護ることだって不可能ではなくなった事には変わりない。先ずは第一歩、踏み出せた気がする。
「ごめんな、だけどお前にはこの先、極力傷付いてほしくないんだ」
恐らく、相当な無茶を強いることになる。自身もそれは避けたいことだが、この世界の理不尽さに心が耐えられないのだ。
リキヤはセネカの頭を撫でようと試みたが、障壁がリキヤの手を呆気なく弾いた。
「あとは制御しながら攻撃する術を見に付けねばのう」
後方に弾き飛ばされるリキヤを笑いながらナバトは先の事を話す。
「ふん、さっきの仕返しよ」
鼻を鳴らしながらセネカは腕を組む。
「俄然、やる気が湧いた」
リキヤの中にあった何かのスイッチが入り、つま先に雷光を奔らせながらセネカに突っ込む。
「え」
セネカには一瞬、それが見えなかった。だが、障壁だけはきちんと発動しており、またもやリキヤの身体を弾いた。
「同じ属性だから弾くのか、単なる力量差なのか……」
属性によって得手不得手はあると聞いた気がする。ゲーム等で考えても同属性というのはやはり適合などの相性としては良くても攻撃の一手と考えるとイマイチ効き目が見られない。
「ちょっ、やめてってば!」
頭の中に響いたセネカの声が、直後痛みに変わる。それはまるで支配でもされたかのような感覚があった。
「うがっ!」
更に向かってこようとしたリキヤが何かに抑えつけられるようにその場に膝を付く。
「なんだこれ……?」
体の気怠さがリキヤから力を奪う。重い、何かが上からのしかかってくるかのように徐々に手を地面に着かざるを得ないほど、疲弊してしまう。
「ほう、魔力を吸い尽くしおった」
ナバトは関心しながら顎鬚をさすっている。
「やり過ぎたのう、リキヤ。お主を恐怖と感じた嬢ちゃんが無意識にお主から魔力を取り上げたんじゃよ。お主の良くも悪い癖でもあるのう、その集中力。もはや執念に近い何かを感じる。ハッキリ言うて危険じゃ、使い物にならん」
「……なん、で。もともと魔力が無くても動けてたってのに……」
嫌な汗がどんどん身体から噴き出てくる。態勢を立て直そうとしても体がそれを拒むように動かない。そんなリキヤにナバトが駆け寄ってくる。
「それはあれじゃな、その力に頼りきっていたから反動がすぐ来たんじゃろう? ずっと横になっている状態から急に起き上がると立ち眩みがするじゃろう、あれと似たようなもんじゃろうて」
自分の肩にリキヤの腕を回し、立ち上がらせる。
「今日はここまでじゃ、これ以上は今後に響く」
「あ、えっと」
ようやく自分の周りから障壁を消すことが出来たセネカが恐る恐る駆け寄ろうとするとナバトがそれを制止した。
「それと、嬢ちゃんも危険な事をしたのう。リキヤがもともと魔力無しの人間じゃからこのくらいで済んだものを、儂等の様な魔力と共にある人間でこれをすると、体内の魔力が枯渇して死ぬぞ?」
ナバトは眼が虚ろになったリキヤを連れて下の階へと降りていく。
セネカは俯いたまま、その場に留まった。
「アタシの加減次第で、リキヤは死ぬ」
魔力を奪ってしまったのは確かにリキヤに対して恐怖心が勝ってしまったからでもあるが、しかしセネカ自身もこんなことが可能とは思わなかった。それに奪うことが可能なら許容範囲を超えた射出も可能ということに気付いた。
一歩、下手をすればリキヤの体は五体満足とはいかない状態になる、最悪の場合、暴発して死ぬ。
「ほんと、どうして神竜になんて生まれたんだろ」
その夜、セネカは床について考え事をしていた。
リキヤが行なった全ての攻撃は確かに寸止めではあったものの、やはりセネカには少し悲しく感じることも多かった。
少し前にリキヤの手を掴んだことがあるが、やはり男の人の手は大きいとそれは感じていた。だが、その感じ方も見方次第では印象が変わってしまうのだなと諭してしまいそうになった。握っている時はこういうことにあまり慣れていないのか、少し手汗が滲んでしまったりして、何気にそれを追い目に感じて何度かズボンで拭いたり繋ぐ手を変えたりするしぐさが馬鹿馬鹿しくも可愛いなと思ったりした。その節だった無骨な手にはそういう優しさがあったが、先ほどの攻撃ではそれを怖いと思ったりもした。
アタシが優しいと思うアイツの手を、さっきのアタシと同じようにそれを怖いと思う人が居ると思うと、それは悲しいなと感じてしまったのだから。
例え自分を見失いそうになってしまっても、それでもアンタにはやらなきゃいけないことがあるんだよね。仕方のないことなんだよね。
それが何の為なのか、誰の為なのか、考えると辛かった。




