16 予習をすること
「では具体的に今がどのような状態なのかを話そうかの」
学校に戻ったリキヤたちはナバトに頼み、知る限りの人と竜の繋がりを教えてもらうことになった。
「うーむ、しかし口だけでは説明が何ともしづらいのぉ」
あたりをキョロキョロするナバトにリキヤはおや? と首を傾げた。
「チョーク使えばいいんじゃないすか」
「ちょーく?」
あ、そうか。この世界にはチョークが存在しないのか。もしくはチョークという呼ばれ方をしていないか……。
リキヤは席を立ちあがり黒板前に行くと、チョークが入っているであろう溝の真ん中にある銀の引出を開ける。まるで新学期を迎える前かのように教室そのものは綺麗な状態であった。故に黒板の溝にはチョークやましてや粉さえも残っていない。黒板消しが二つ、それも新品の様な状態なのだ。
「これは便利じゃの」
ナバトは適当に黒板に線を引いて使い心地を確かめる。席に戻ろうと後ろを向くと、ふと何かに気付いた。
……そういえば、生徒の作品とか後ろの壁に無いのも少し違和感があるな。カレンダーは三月、なのに黒板に書いてある日付は四月一日。
「……この世界が終ったのは春休みくらいなのか」
「なんじゃ、ボソボソと。早く席につけい」
チョークを手渡したことによりやる気が満々になってしまったナバトに苦笑いしつつも大人しく席に着く。
「うぉっほん! ではお前さんたちの現在の状態を分かり易く、とは言えんが説明しようかのう」
棒人間とトカゲの絵をかなり歪な線で描くナバト。絵は下手だが理解できない範囲ではないのでツッコむのはやめておこうと思ったが、
「それなに?」
どうやらセネカには察することが出来なかったようだ。
「これがリキヤ、これが嬢ちゃんじゃ」
「え、うそ!? それ怪物じゃん!! ありえないっ」
デリカシーがないとはこのことか、大人しく人間の絵を描いてその横に名前とか書いておけばいいものを。
「この絵は別にお前さんらというわけではない、あくまで今の状態を説明するのに人と竜の図が欲しかっただけじゃ!」
今思いっきり俺らの名前を当てはめていたよな?
これ以上議論していても話が進みそうにないのでリキヤは終始黙っていた姿にセネカがようやく正しい反応の仕方を学んだようでセネカも黙って説明を聞くことにした。
「よいか? もともと魔力を持つ人間は居ても、これまで魔力を全く持たない人間などこの世界にはいなかった。じゃが、とある計画でお前さんのような異世界から人間を召喚する技術が成功しておる。この場所がお前さんの居た世界と同じなら、もしかすると物体をも召喚する儀式に成功しておるかもしれん。儂らの文明ではこのような建造物は存在せぬからの。で、そんな魔力を全く持たないお前さんじゃが、神竜の魔力を器に満たせるほどの何かを持っておるのかもしれん、もしくは神の魔力だけが例外でかような人間にも魔力を授けることが出来る。そんな突飛な考えでもせんと状況に説明がつかんのじゃ」
「ちょっと待ってくれ」
リキヤは最初から神竜の魔法を使っていたわけじゃない。事の始まりはヴィヴィから供給された風の力だった。しかし、これは特別だと誰もが言っていた。人が複数の属性を持てないことも、しかしリキヤはこれまで風と雷の魔力を、少なくとも二種類の魔力を体内に宿していたわけであり、それを誰かが教えてくれるわけでもない。誰にとっても異例の事態なのだから。
「じゃあ、銀色の騎士とやらがあんたらの世界の人間という保証が出来ない、ってことなのか?」
自分のことは伏せて、あえてその仮説を導いたであろう銀騎士について問うてみた。
「むしろ、ここを護る人間がここと関わりを持っていなかったら、それこそ行動に説明が付かんじゃろう」
同じ世界の人間、キャルベランから奴隷か兵士として連れて来られた人たちとは違う存在。だけどそんな可能性なんてあるのか? ナバトが訪れるずっと前から護っているというならば、召喚はその前から為されていた? ダメだ、分からないことがまた増えて来ている。
やっぱりキャルベラン城に行く事は必須事項のようだ。
「銀騎士がどんな奴なのか、それは俺たちが強くなって確かめればいいだけじゃないか」
たとえ相手が神竜だろうが関係ない。この町について訊きたいことがあまりにもたくさんある、どうしてここだけ存在するのかを。
「ということで早速じゃが、リキヤの使っている魔力は嬢ちゃんとの見えない回路で繋がっていると思ってくれ」
「パス?」
パイプ管みたいなものが通っているのだろうか。
「そうじゃ、精霊使いならば互いの魔力を必要な分だけ供給しあうもんじゃが、お前さんらはそうではない。何せ片方が空っぽなんじゃから魔力の流れは嬢ちゃんからリキヤまでの一方通行になるんじゃ。これも嬢ちゃんが神竜だからこそ為しえることなのじゃが、魔力量の低い人間同士でこれを行おうとすると、これが回路として上手に機能しなくなる」
人間同士? 人と神竜ではなく、人と人とが……。
「それっていったい?」
上手に機能しない、とはなんなのか。もし人から貰っている魔力が相手に悪影響を及ぼすものならば、リキヤの魔力吸収の力がこの先、枷になるかもしれない。
「魔力を微塵も感じない人間ならば起こりえないことなんじゃがのう。儂らの住むこの世界には魔法を使う為の見えない力で満ちていてな……空気みたいなものだと思ってくれ。それらを儂らは神の息吹、通称マナと呼んでおる。実のところ人間にとって体内にある魔力は個体差があまりないんじゃよ。人によって素養や環境、育ちで熾せる量が変わるだけでな。器の大きさでは例外もあるが、普通の人間同士が弱いものに魔力を分け与えようと勘違いをして回路を作った事例があったんじゃ。お互いの値を百とするならば、分け与えたほうは自身の魔力が許容値を下回り、身体が弱っていくが……これは休めば回復はするが問題はもう一方じゃ。与えられた側は、もともと百あった魔力にさらに上乗せされ、耐え切れなくなった体は高熱を発して全身から血を吹き出し、死んだ」
「…………っ」
背筋がゾクリとした。
「そういう事件が過去にあったから、儂らはそれを禁忌としておるがお前さんは成功しておる。それは神竜という貴重な存在があればこそだと考えるのが妥当とは思わんか? 恐らくリキヤの魔力は嬢ちゃんの意思で調整されている筈じゃ。器から溢れないようにのう」
リキヤは隣の席に座るセネカを凝視した。
「あまりそういう自覚はないんだけど……」
セネカはおずおずと自身の掌に視線を泳がせる。
自分の中で限界などは感じないし、どのあたりまでが許容範囲なのか分からない。だが試そうとしても血を吹き出して死ぬのは勘弁だ。だから誰も自分の限界を出せないでいるのかもしれない。
「じゃから、お前さんは嬢ちゃんを護りながら戦わねばならんし、嬢ちゃんも自分の魔力を与えすぎると、器が壊れるか、もしくは自身の魔力量が尽きて自己防衛能力が落ちる。リキヤに魔力を与えながらも己が戦える範囲を維持しなければならん。これは戦略としては基本じゃが、ハッキリ言って至難の業じゃ」
ナバトは一段落を終えたように教卓の上にあぐらをかいて座った。軽く息を吐きながら首を回して柔軟をしている。
「つまり俺は好き勝手に魔力を扱えないし、セネカの魔力残量とか気にしながら戦わなきゃならないのか。離れて戦うのは避けた方がいいとして……そうか」
相手を信頼していなければ、戦いに集中できない。心配をしてはいけない、だけど戦場においては近くに居なければ魔力の供給は難しい。
「子どもとはいえ神竜じゃから、そう簡単に魔力は尽きないじゃろう。問題は嬢ちゃんの防衛能力が如何様か、あとはどうやって現状ある魔力を維持するかじゃな」
セネカは自分を護る術はあっても、それを扱えるだけの意志が低い。それは宿舎で起こった出来事を見ても明らかだ。
そして、魔力の維持。先ほど試してみた感じでは、やっぱり何かに帯電させた方が消費は少なくて済む。しばらくバットは手放せないと思っていいだろう。
「じゃ、セネカ。俺と戦おうか」
「…………え?」




