15 幼い竜の気持ち
どうやらまた回り道をしてしまっていたらしい。一人でうだうだ悩んだところで仕方がないではないか。セネカの気持ちを何も考えていなかった。自分の都合ばかりで動いていた。
自分の気持ちを話そう、そしてあいつの気持ちもきちんと確認しよう。
宿直室に確か寝泊まりしていたはずだ。幸い先ほど職員室から拝借した鍵もついでに返してから勢いよく宿直室の戸を開けた。
「セネカっ! ちょっといいか?」
「きゃぁぁぁぁぁあああああ!!」
甲高い声が響いた、それと同時にリキヤは後ろに倒れた。
その光景をどうやら視覚による情報と脳にいきわたる情報量が理解に追いつけなかった為、思考回路がショートしてしまったのだろう。
それは何故か?
「あら? あたしゃのナイスバディはちょーっと坊やには早かったかしらね~」
原因、キャシィ。
その部屋にはセネカともう一人、キャシィが何故だか居た。しかも全裸だった。後に聞いた話だとセネカにコスプレさせていたら自分もしたくなったのだとか。それで脱いでいる途中にリキヤが乱入、というわけだった。
確かにナイスバディといえば外国人女性の様なホルモンバランスが奇跡を生みだしたといってもいいくらいだ。だが、えげつないしわくちゃ顔とのギャップを見れば、逆に悪夢のような光景だったと言っても過言ではない。むしろ神の悪戯というべきか。
あわよくばもっと若い頃に出会いたかった、こんな後期高齢者に発情しそうになった自分が恥ずかしい、などと様々な感情を胸に抱きながらリキヤは倒れる前後の記憶を失くして数分後目覚めることになった。
* * * * * * * * * * *
「あー、えっと話があったんだった」
一瞬、自分は何をしにきたのかさえ忘れかけていたリキヤは宿直室の中で座布団を枕に寝かされていた。自分がどうして倒れたのか、思い出そうとすると頭が痛くなってしまう。
「あー、無理に思い出さない方がいいかもよ?」
セネカが苦笑いしながら頬を掻く。
「あれ、セネカ一人か?」
「えっ、あ……そうそう」
リキヤが気絶している間にキャシィはコスプレに満足したのかそのまま何処かへ鼻歌交じりに行ってしまった。セネカもセネカ自身でコスプレにハマっていたのでリキヤの記憶が無くなってくれているとそれはそれで都合がよろしかった。
「そっか…………、えーっと」
何から話したらいいのか、言葉に詰まった。
「少し歩かない? ここの場所に詳しいんでしょ、いろいろと教えてよ」
セネカはどうやらこの場所に、俺が居た世界に興味があるらしかった。
「……ああ、そうしようか」
気分転換にはちょうどいいと思った。それに外へ出た方が話もしやすい気がしたから。
宿直室をあとにするとナバトが遠くから歯を食いしばりながらこちらを見ていたがあえて気付かないふりをした。
外へ出ると相変わらず暗い空だった。外は暗いので懐中電灯を職員室の緊急時用の棚から持ち出して校門を出た。
「あっちもこっちも壁ばっかり、このへんって貴族が多いの?」
「貴族? いや、まあ普通の家ばかりかな」
こっちの世界の人からしたら、まあ確かにそういう感想もあるのかなぁとは思った。家と家の間には当然、土地の権利がありその境界線としての意味合いとプライバシーの保護の一環で外壁がある。安易に覗けない様になっていたりするし、こっちの世界の人間としてはそれが当たり前だと思っていた。
こっちの世界に来て気付いてみれば家と家とのハッキリとした境界線などは見ていない。木でできた柵で隔てた家なら数件見掛けたし、貴族街のような場所では流石に壁が合ったりもする。
「あたしが言うのもなんだけど、近所づきあいとかなさそうな世界ね」
「そういうもんかな」
まあ言われてみればそうかもしれない。こちらの世界は逆に人付き合いとか良すぎて毎日が飽きないのだろうが、それでも疲れそうだ。
「これは?」
「これはポストって言って遠くの人宛てに手紙を出したいときに使う奴だな」
赤いポストをじーっと見つめセネカは「ふーん」と予想以上につまらない答えだったと言わんばかりに声を漏らす。
「動物が届けるの?」
「人が届けるな」
妙な質問だな、とも思ったが伝書鳩とか使っている世界なのだろうか、まさか竜とかに届けさせるなんてことはないだろうな? と勘ぐってみたくなってしまう。
「じゃあ文明で言うとこっちの世界の方が発達してるわね」
リキヤはその言葉には納得がいかなかった。
どうにか文明を見せつけてやりたい、そのチャンスはすぐに訪れた。
「あ、あれは? さっきからよく見るあの糸と柱」
電柱を指差してセネカは跳ねた。普段からひねくれてないで素直になればいいのにな、と思った事を口にすることはせずに心の奥にしまいこんで、近づく。
「これは電気を流す為のもんだ」
ドヤ顔で語ったつもりだったが、それを聞いたセネカの表情が少し曇った。
「電気……」
そう呟いて自分の掌を見つめる。
「ああ、そうだ。セネカの持ってる属性だ」
そう言って、リキヤは自分の掌から僅かに青い稲妻を光らせた。
「電気は凄いぞ、いろんな家庭や施設に繋がって便利な機械とかを動かしたりしてくれる。今の時代だと手紙とか書かなくても人と人が直接会話出来る機械とかあるんだぞ? それだって電波とか無いとダメだし、俺の棲む世界では欠かせないもんだ」
リキヤはセネカの頭に手を乗せて小さく揺らした。
「だから誇っていいんだ、お前はお前の力を。そのおかげで俺は救われた」
ようやく切り出せた。自分勝手な考えを起こしてしまう前にちゃんとした感謝の気持ちを伝えることがようやくできた。
セネカはしばらく黙ったままでいた。ここからリキヤ自身の頼みごとに話を展開させるのはさすがに手前勝手かなと思い、リキヤも少し黙り込んだ。
歩きながらも一応目的地としていた公園に着いた。何度か学校帰りに遊んでいた記憶があったので、近くていいかなと選んだが、そんなに荒れていなくてホッとした。
木の下にある手頃なベンチに二人は腰かけた。しばらく沈黙が続いたが、
「あたしこそ、助けてくれてありがとね」
先に言葉を口にしたのはセネカだった。落ち着いて話をしたいと思っていたのはなにもリキヤだけではなかったのだ。セネカもリキヤに対してきちんと言いたいことがあった、それが「ありがとう」という言葉だった。
「けっこう無理矢理に屋敷から連れ出してもらっちゃったし、なんかいろいろと巻き込んだし、本当はごめんなさいが先かもしれないけど、助けに来てくれたから……先に嬉しかった方から言わせてもらった」
セネカは少し照れくさそうに言った。屋敷を尋ねた最初の頃と比べると随分と印象が変わったもんだと、感慨深くなってしまう。
「いや、まあいいんだけど……いや良くは無いのか、いろいろあったけどなんにせよ俺はお前を助けに行ったんだろうな」
リキヤがあの時、屋敷を訪れようが訪れていまいが、敵はやってきた。もし誘拐されていれば、その情報が知れ渡れば、どちらにせよ動きはあった。
助けに行く理由は異なるだろう、そこに信念を持ち合わせていなければ騎士頼みでもよかったかもしれない。だが、自分で救えたことが何よりもリキヤ自身にとって嬉しかったことではある。
「嬉しかったんだよね……。ひねくれちゃった自分を誰も叱ってくれなくて、本当は全部あたしが悪いのに誰にも言えなくて八つ当たりして、どうにか罪の意識から逃れようとしたけど……都合の悪い記憶とかあたし消せるみたいだし……でもそれももう辞めにしたい」
それはセネカ自身の決断であり、また覚悟だった。今まで逃げていた自分の境遇から、気持ちから目を背けないと決めた、人としての決断。
「リキヤは、何か話があったんだよね」
見透かされた。いや、態度を見ていればそう捉えられても不思議じゃないか。
「昨日の話、竜使いの人間が居るっていう……。そいつと会って話がしたい。場合によっては戦わなきゃいけないかもしれない、けど俺はどうしてこんな場所があるのかを知りたい。でもセネカを傷付けたくない……だから俺に戦う手段を、この力を貸してほしい」
言いたいことが多すぎて少し解釈しづらいかもしれない。けれど、それは決してセネカを辛い目に遭わせたいわけでは無かった。勝手に護ろうとすることは、縛り付けることと変わらないと思ったから、だから一緒に戦いたい。それをどう受け止めるかはセネカ次第だけど、俺は今を捨てたくない。
「ごめんな、一刻も早く帰りたいだろうけど、少し俺の我儘に付き合ってくれないか?」
セネカは深く深く溜息を吐いた。
アシュリアもディアもルティもリーンだって心配しているかもしれない。きちんと事情だって話したいしその先のことも決めたい。
けど、今はその時じゃない。あたしはあたしを必要としてくれるこの人に、力も無いのにあたしを助けようとする愚鈍で考えなしで、優しいこの人に、一度自分の身を預けようと誓ったから。力になれるものなら幾らでもなってあげたいと思えたから、だからあたしは、
「いいよ、あたしはあんたについて行く」
きっと叶わないと分かっていても、この人を好きになってしまったんだろう。




