13 世界を知る手掛かり
敷地を表す門を外す。まるで最近まで使われていたかのようにすんなりと開いた。
「雹華」
この家に住む……、今は住んでいたという方が正しいのか分からないがその名を口にする。
玄関は開いていた。
不用心だな、と思いつつも懐かしい戸を潜った。埃っぽい気がして靴を入れる為の棚に指をなぞらせてみるとそれは雪の結晶だった。少し肌寒いと思っていたが、それでも雪が残っていられるほどの寒さだとは感じ得なかった。
「不思議な感じだな」
いくつか脱いで整頓されている靴たちに連なって自分も靴を脱いでフローリングに上がる。
「つめたっ」
予想以上に冷たい床に少し声が裏返りそうになりながらも足の裏に広がる懐かしさを噛み締めたいと思った。
「偽物なんかじゃない」
自分が知る限りの部屋を見て回った。細心の注意を払いながら、荒らさないように。
「俺が知っているものだ、全部。全部……」
この感情をどこにぶつけたらいいのか分からなかった。そしてリキヤは一番知っている、けれど一番避けたかった部屋へ向かうべく階段の手すりに手を掛けた。
「リキヤッ!」
声を掛けられて堪らず瞳孔が開いた。一瞬、雹華の姿が脳裏をよぎったがあいつは力哉という名を呼ばない。
「セネカ……か?」
一目瞭然でセネカだと分かるが、どうにも格好に違和感を感じた。それと同時に懐かしささえも感じてしまう格好をしていたのだから。
白いTシャツのようなものに紺の短パン、ご丁寧に黒いハイソックスと先端が赤い上履き。何故だかマニアの心を感じたがセネカ本人はそんな自覚すらないのだろう。
「体操服ってなぁ」
言われてセネカは僅かに顔を顰めたがそんな事をしている場合ではなかったことを思い出し、リキヤの腕を引っ張る。
「おい、何すんだよ。服が伸びるじゃないか」
セネカは何かを感じ取った。階段の上には行ってはいけない。直感的だったがとてつもなく恐ろしい気がした。
「ダメ、この上だけは危ない気がするの。お願い」
行くな、ということか。
リキヤは雹華の部屋に行きたかったが、もし雹華が居ない事すら実感してしまったら絶望に駆られてしまうかもしれない。女子の部屋に勝手に入るという行為も気が引けてしまったし、今はセネカが無事だったことの方を喜ぼうとした。
「その嬢ちゃんは勘がいいのう」
玄関先に老人が立っていた。その老人には見覚えがあった。
「空から降ってきたじいちゃんじゃないか」
老人は難しい表情で顎鬚を撫でながら
「妙な覚え方じゃ、その嬢ちゃんの言うとおりその先は行かん方がいい。逆撫でして暴走させてしまえば儂らは瞬時に死ぬ」
無粋な笑みを浮かべた老人は玄関を出て、
「ここが何なのか知りたいじゃろ? ついてきなさい」
不安そうに老人を見るセネカの頭を撫でるリキヤの顔もまた不安に塗れていたがリキヤはセネカを宥める様に言った。
「大丈夫だ、俺たちを助けてくれた人だ。きっと敵じゃない」
味方かどうかも怪しいが、今は少なくとも情報が欲しい。ここが何か、と言っていたが俺より詳しいとはどうしても思えない。その情報はある意味、切る事の出来るカードと考えていた方がいいだろう。
それでも不安が拭えないセネカの手をそっと握ったリキヤは老人について行くことにした。
『あーあ、来るかと思って期待していたのに。とんだ茶々を入れられるもんだ』
『それにしても、この家に入って来た者はだいたい察知してこの子が起きちゃうっていうのに、今回ばかりはどうして反応しなかったんだろう? 不思議だ』
『こんなに幸せそうにしている顔は久しぶりに見れたから今は詮索しないであげようかな』
『さて、あと少しで起きる時間だよ。僕の眠り姫』
* * * * * * * * *
観察する力とかそういう能力に疎い方ではないと思っていたリキヤだが、目の前の光景には一瞬いや、状況を説明できてもどうしてそうなったのかは語れなかった。
すらっとしたおみ脚、その脚を覆い隠すか中途半端に晒したいのか分からない網目の細かいタイツ。短いスカートとの間の絶対領域と聞けば思わず生唾を飲み込みたくなるだろう、さらに情報を加えるとするならミニスカナースという装いだろうか。
…………と、まあここだけの視覚情報だけで言えばドキドキするようなシチュエーションを楽しんでいただけただろうか。それでは肝心の顔の方にいってみよう。
「…………なんというか、バランスの問題?」
首から下との釣り合いが全く合わない、目の前でコラ画像でも見せられているのかと錯覚さえ覚えそうなほど、こういってはなんだが歳を召してらした。
「ふふん、驚いたかい? あたしゃもまだまだ若い子の性欲を掻きたてる美貌を兼ねているってことさね?」
ある意味衝撃を受けたというならば脱帽状態だった。
顔が小刻みに震えている一昔前のマンガとかにある駄菓子屋のおばちゃんの顔写真をビールとかのポスターのおねえさんに付けた、というと分かり易いだろうか。
とにかくもう、リキヤにはこれ以上の言葉は見つからなかった。
そしてその気持ちは恐らくセネカも同じだったのだろう。学校へと戻ってきて保健室に入った時から空いた口が未だに塞がっていない。
「あたしゃが着せたその子の服もセンスがピカイチだろう? ここはそういった正装が多いから嬉しいわ」
正装、というよりはコスプレだと断言したかったが、その言葉がここに居る人たちに通じるかどうかは微妙だったので口を紡いだ。
「まあ、あれがカミさんじゃ」
とくに感想を抱くことも無く老人はそのだいぶ痛々しいカミさんの隣に歩いて行き、振り返る。ここでようやく老夫婦とリキヤ&セネカの初対面となった。
「あんたら二人は気を失っている間にあたしゃが面倒見てたから分かるわよ、非常に珍しい体質の持ち主だってこともねぇ?」
カミさんとやらが唇をペロリと舐めるが、その似合わなさにリキヤとセネカは別の意味で絶句していた。
「えー、とまあ……のう? とにかく名だけは知って貰おうかの。儂はナバト、こっちはカミさんのキャシィじゃ」
「はぁい、キャシィよ」
何故だろうか、キャシィとはジェネレーションギャップを感じざるを得ない妙な胸騒ぎがした。
「えっと、俺はリキヤでこっちはセネカ」
敵か味方は分からないが、名乗られた以上はこちらも相応の態度を示す気持ちで簡単に紹介した。セネカの名を呼ぶと軽く会釈をしたが、こちらもまた格好が相応しいとは言い難く、どうやらキャシィさんの趣味で着せているらしいというのはセネカを見ながら鼻息を荒立てるキャシィさん本人の様子を見て得心がいく。
正直この手の良さとかはよく分からない。ただ綺麗な人がしている格好でいいなと思うのは幾らかあるが、年齢が年齢だからなぁ。リキヤは目の前のキャシィを見てふと溜息を吐く。
「正直、俺はあんたらを敵とかだとは思わないけれど……タダで助けてくれるほどお人よしな老夫婦ってわけじゃないよな?」
リキヤは万が一に備えるべくセネカを己の背に隠す。いくら治療を施したとはいえ、全てを信用するには合点が無さすぎる。あと、何故かあちらにはこっちの素性がいくらかばれている。魔力云々でセネカの正体がばれるということは考えられにくいが……。
「その反応は正解じゃが、今はその警戒は解いても良いぞ? 主等の様な存在を儂らはたまたま、ほんの偶然知っていたからだけじゃ」
「偶然?」
それは人の魔力を受け入れられる俺の体質か? それともセネカのような神竜の魔力の事を言っているのか?
「古来より神の力を使役するということは世界を支配する力を手にするも同然じゃった。それはいつの時代も変わらん。問題は使い手と使う事による周りの変化じゃ。人は誰しもその力に憧れ、溺れていく。その力の誕生と共に起きた出来事を知っているかの?」
唐突に質問されたリキヤは答えようとしたが、ナバトの意図はどうやら違ったらしく人差し指を口元へ持ってきた。
「そちらのお嬢さん」
どうやら問いかけているのはセネカに対してだったらしい。
そして俺はその答えを恐らく簡単に充ててしまうから、だろう。黙っていることしかできなかった。
「……その力を手にしようとした人たちの争い?」
「ちがう」
自分でも無意識に声を出してしまっていた。慌ててセネカを見ると、どこか不安げにリキヤを見上げていた。
「いや、ごめん」
「…………リキヤ、続けてみぃ」
ナバトの怒気混じりの声にリキヤは一拍置いた。
「――――、その力は誰がどうやって示したか。そこからが始まりで、セネカが言う争いが起こるのはその力が誰かから手放されるまで。それまでは力に対する畏敬しかないはずだ。力を示した人間による支配が事の始まりだと俺は思った」
海賊が宝を求めるのに、誰が地図と宝を用意する? それを宝だと誰が決める? 要はそういった質問なのだ。それを決めた人間が糸を引いている。
「そんな風に答えられるならば、その身に宿る力の恐ろしさを履き違えてくれるな」
使い手を試している、そう感じた。
「頭の悪い馬鹿がそれほどの力を有するものなら、今すぐ殺してやってもよかったというのにのう。運のいい奴じゃ」
背筋がゾクっとした。ナバトの笑みは明らかに冗談めかした含みじゃなかったからだ。明らかに殺気立っていた。
「まあまあ、今はこれくらいにしましょうよー」
濁った空気を緩和させたいがためか、キャシィが介入してきたが、濁った空気がむしろ咽返るようなものへと変化した、とは誰も言えなかった。
「そうじゃのう、品定めはこれくらいにして……本題へ入ろうか」
ナバトは保健室のカーテンを開け放ち真っ暗な世界を見せつけてきた。
「リキヤ、儂と一緒にこの世界を解明しては見んか?」
どんな狙いがあったのか、それをずっと考えていたリキヤには思いのほかその提案に拍子抜けだった。
「はぁ~、また出た。爺さんの戯言」
「五月蝿い! ここの衣装とかお前も気に入ってたじゃろが」
ナバトとキャシィはお互いに歯をむき出しになりながら言い合いをしている最中、リキヤはおずおずと右手を挙げて言った。
「この場所のことなら知ってるんだけど……俺が知りたいのはどうしてこの世界にあるのかって話」
リキヤの話を信じていない様子のナバトは、キャシィとの喧嘩を取りやめてこちらを向き直る。
「まさかここまで計画が進んでいたとは……いや、成功したのか? リキヤ、おぬしこの世界の人間じゃないのか」
「この場所と同じ世界から来た人間だ。だから俺はどうしてココにこんな場所が存在するのかを知りたい」
「…………っ」
にわかには信じられないという風にナバトは机に片手を付いたまま下を向く。
「わ、儂もどうしてこの世界にこんな場所があるのかは知らん。初めて見つけたのは数十年くらい前じゃ……。そして儂はここをずっと護り続けている人間を知っておる」
「ずっと?」
それはこの世界の人間とは考えられにくかった。この場所を護る価値を知るのはその世界の人間だけ、他の者ならばナバトのように解明しようと動く筈だからだ。
「その者は蒼白い神竜と共にこの場を護る鎧騎士じゃ」




