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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
4章 氷上境の戦線
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11 あるはずのない世界


 久々に目覚めがよいと感じてしまった。

 それもそうだろう、ここのところ気絶をすることはあっても眠るという人間本来の生活リズムの原点に立ち返ることが出来たことに対して涙を零しそうになってしまうリキヤは、きっと睡眠という行為の尊さを忘れない事だろう。

 それにしてもふかふかだ、どうして自分はベッドに寝ているのだろう、という疑問さえ抱けないほどに当たり前として過ごしていた感覚を取り戻した気がした。



「なんでこんなに真っ暗なんだ?」



 ギシギシと音がする。それは分かる、恐らく自分が寝ているのはベッドであり、その感覚は目覚めた瞬間に分かったことだし、少し上体を揺らしてみても丈夫なベッドだということは理解できる。

 しかし、どういう経緯でこうなった? 俺は確か森の中でセネカを護ろうとして……、変な老人が現われて……。



「セネカ!」



 リキヤは慌てて連れの少女の名を叫ぶ。それも静かで真っ暗な部屋の中で呼応する者はなく、少しだけ自分の声の残響を聞くだけだ。

 少し暗闇に慣れたのか、自分の手をぼやりと視認できるまでにはなった。



「綺麗に包帯が巻かれている」



 まるで現代医療のように丁寧に巻かれた包帯は今までに味わった事のない程にほとんどの箇所に巻き付けられている。逆に鬱血しそうで不安になるがそこは緩める部分はきちんと緩めてある。



「あのジイさんがここまで出来るとは思わねーな」



 意識を失いかける前にヒーラーとかどうとか言っていた気がする。老齢の癖に横文字など使いやがって。



「RPGでいうところの回復要員だろうな。しかし普通は目覚めたら誰か居るもんだろ」



 ぶつくさと文句を垂れながらベッドから脚を降ろしてみる。床がひんやりと冷たい。てっきり木造りの小屋みたいな場所を想像していたが何かの建物だろうか、周りをよく見渡せばハッキリとしそうなものだが生憎この世界にはスイッチ一つで点く蛍光灯などは存在しない。

 異世界という不便性ありきな世界の悲しさを知った瞬間だった。



「炎系の魔法とか使えたら便利なのだろうかね」



 試に手から出してみようとするがまた雷とかしか出てこないだろうから思いとどまってみる。万が一ここが安全な場所とはまだ確定しているわけではない。



「たとえば、ここは何かしらの実験施設で今は停電が起きて俺は抜け出せてるとか、それは考えすぎか」



 分かり易く口に出してみるが近くで誰が聴いて答えるわけでもない。やはりこの空間に自分は一人なのだろう。しかし、さっきからやけに薬品のような臭いが鼻に突く。



「小学生ん時とか、こんな臭いしてたな。怪我したとこに塗るやつとか」



 思えば消毒液の臭いはわりと嫌いではなかった。傷口に塗られた時はグロテスクで仕方が無かったけれども。

 いよいよ目が慣れてきたおかげか、空間の把握は出来るようになった。何かの一室のようだ、扉らしきものが確認できるので取っ手に指を掛けゆっくりと横にスライドしてみる。



「長い、廊下か?」



 部屋を出てみると窓があった、がしかし外は真っ暗でなにも伺えない。今は夜なのだろうか……。それにしても星の一つも見えないのは何とも不気味な感じだ。

 想像していた場所とはやはりかけ離れてくる。屋敷か何かだろうか。



「ジイさんが金持ちという線で考えるとココが屋敷ってのは頷けるんだけどなぁ」



 どうにも人が住んでいるようなイメージがないというか、生活感に欠けるという感じが拭えない。それでもリキヤにとって屋敷というのはだいたい生活感が無さそうでディティールばかりにこだわる偏見を持つため、そういう庶民的な価値観なのかもしれない。こっちの世界ではこれでも普通なのかもしれない。



「おーい! 誰か居ないのかー!!」



 もし、先ほど考えていたリキヤの実験施設のような状況はこの段階から抹消された。何かしらのトラブルならばそれ相応の動きがみられるが部屋を出てみても変わらず静かなのは変わらない。つまりは最初からこの状態だった可能性が高い。常に夜は暗い、そういう場所なのかもしれない。



「発電システムとかあるのかな」



 もしあるとしたら雷の魔力でどうにかなりそうな気がするが……。

 眼が慣れたとはいえ、未だに視界は良好ではないため壁に手を付きながらどことなく進んでみる。



「人の気配とかまったくしないな、まさか夢見てるんじゃないだろうな」



 もしくは瀕死の状況でいたため、記憶の微睡まどろみや死後の世界なども場合としてはあり得るんじゃないかと、胸中でおどけてみたりもする。

 少し前なら、この世界に来る前だったらこんなバカげた考えなど脳裏をよぎるなんてあり得もしなかっただろう。一度、不思議な体験をしてしまえばあらゆる可能性を否定できなくなるというのは、なんとも心配性な性格に風変りしてしまったなと自分でも悲しくなってきてしまう。

 いよいよ早死にするな。



「階段か」



 進んだ先の角を曲がるとぼんやりと何かがあるのを確認できた。段差があり、また手すりもあることからおそらく、それを必要とする誰かがいるというわけだ。たとえば子どもや高齢者など。



「やっぱりあのジイさんが住んでいる屋敷、なのか」



 そうなると屋敷の主というのは、だいたい二階に自室を構えているイメージが強いリキヤは暗い足元の中、その階段を一段一段上っていく。

 身体じゅうの傷は縫合されているとはいえ、失った血は戻ってこない。しっかりと歩けない状態で上るには手すりがとてもありがたかった。



「くっそ、階段上がるだけでこんな息切れするのかよ……」



 自身のふがいなさにしょげこみたいところだが、今は目的が違う。意識を失ってからの状況を説明してもらわなければ、そしてセネカがどこへ行ったのか、探さなければならない。



「三階もあるのかよ」



 たまらずつぶやいてしまった。

 言いたくなるのも無理はない。さらに上を見上げればもう一つ階段があるようにも見え、まさか四階建てはないだろうと思いたい。

 先に上の階に行くのはひとまず置いておくとして先に二階を調べてみることにした。あまり構造は変わらないようで見据える先はどこも同じように見える。

 それと異様な不気味さが漂っていた。誰かが住んでいるにしても部屋の数が多いし、その部屋から人がいる感じが全くしないのだ。まるで廃墟に来てしまったようだ。



「誰かいないかー!」



 恐ろしくなって再び声を出してみるが、返事はない。

 リキヤは息をのんで、近くの扉を横に開いた。そこは廊下と変わらないくらいの、いやそれ以上に暗い部屋だった。

 壁伝いに歩こうとすると、パサパサと何かが手にあたった。



「紙」



 さらに進んでみると足元に何かが当たった。



「段差」



 そこから壁の質が変わったのかサラサラと粉っぽい感触になる。ふと、立ち止まり部屋の全体を見渡してみる。

 動悸が途端に激しくなった。自分はこの景色を知っている。いや、知っていた。



「大量の、つくえ」



この世界にもそういう施設があるのだと、そう考えられれば今の状態にたじろぐ必要はなかったのかもしれない。でもこの景色には、無性な懐かしさしか感じない。



「なんで、夢でも見てるのかよ.....!」



リキヤは過去の記憶を辿り、あるものの場所を探す。



「アレなら一階にあるはずだ」



いても立っても居られずリキヤは急いで階下へ向かっていく。重かったはずの足取りはこの謎の屋敷の正体を暴くことに夢中で忘れ去られていた。



「あった、配電盤」



右手の魔力を熾し、それを配電盤と呼ばれるものへと流し込んだ。すると、部屋や廊下に明かりが点いた。



「あ―――」



ここは学校だ。

そう悟ったリキヤはその景色が夢だと思いたくてなのか、叫んだ。

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