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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
4章 氷上境の戦線
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10 どうしようもなく似ている


 戦う力なんてあるはずもなかった。ただでさえボロボロなその身体にそう何度も鞭を入れることは人間容易くはない。既にあちこちで力を入れられないことは把握済みで、恐れているのか力を入れられないのか、どちらにせよリキヤの脚は震えていた。

 それでもセネカに自身の表情は見せない。意地を張りたかっただけもあるし、どうしても護りたいとも思ってしまうのだ。

 魔力のない己よりも今のセネカのほうが断然強さは上だろう。だけど、単純な力関係の話じゃないのだ。それは死という淵に立たされてきた場数に慣れる肝だ。それにセネカは寄宿舎のときのように自分自身が力を振るおうとは考えない。



「ほう……こいつは面白そうじゃのう」



 その様子を遠くの木々から望遠鏡を使い覗く者がいた。



「お手並み拝見といこう」



 飛び出した獣は全方位からリキヤとセネカを確実に捉え、鋭い牙や爪を突きたてようとしてくる。リキヤはそれを避けようとはしない。避けてしまえばセネカを護ることが出来ない。獣の前足を掴み振り回しながら横やりに投げると、他の獣を二体巻き込み吹き飛ばす。

 だがそれも自身が起こした遠心力に耐え切れず手を放したと同時にリキヤも地に倒れる。地すべり音がつんざくようにリキヤの脳内をこだまする。泥が傷口を刺激し、痛みに声が出なかった。だが、そんな痛みに悶絶する暇も相手は与えてくれない。



「リキヤ、もういい……もう戦わなくていいから」



 セネカの声音は震えていた。襲われたことに対する恐怖か、別の何かなのだろうか。どちらにせよリキヤはそれを聞き入れるつもりは毛頭ない。さらに別の獣がセネカの背後から飛び掛かってきた。



「お前は」



 倒れた身体を翻し、セネカを強引にこちらへ抱き寄せ、牙を剥く獣に右足で蹴りをお見舞いする。



「一人じゃねえ」



「っ」



 先ほどの独り言を訊いていたのか、それとも雰囲気で理解されてしまったのかは分からないが、どちらにせよ一つだけ分かったことがある。



「あんたって、どうしようもなくあの二人に似てるわよね」



 今まで抱いていた恐怖や緊張も不思議と和らいでしまった。魔力がない人間の癖に、どこかしら不器用な癖に、正義感や直感で動いてしまう点がどこか懐かしく、愛おしさを感じさせる。



「いいわ、あたしの魔力を使いなさい」



 本当は力を与えたくない、与えてしまえばきっと彼は死んでしまうから。だけど与えても与えなくても彼は戦うのだろう。それだけは、ものすごく短い付き合いでもそれは理解できた。だからきっかけを与えることにした。

 どんな道へ進むのか。たとえそれが世界を壊す様なことだったとしても。



「信じてる」



 セネカはリキヤの唇に自身の唇を重ねた。ほんの少しだけ、その時は永遠の様に感じた。

 その場で雷鳴が響いた。セネカの目の前には煙が立ち込め、地面は黒焦げだった。気付いた時にはリキヤは立ち尽くしていた。

 全ての獣を塵へと還したあとに。



「うそ……ここまで簡単に適応するなんて」



 誰しも覚えたての魔法は使い慣れなくて苦戦を強いるものだが、リキヤは違う。



「これが神竜の魔力……」



 セネカは自身の掌を見つめ、震えあがった。こんな力がこの身体の中にあるなんて、心強いという感覚よりも先に自分はとんでもない爆弾を抱えているのではないかと思いもしてしまった。



「今までよりも早かった」



 リキヤは過去に扱った雷の力を思い起こしてみる。全く違う、扱う魔力の桁から何から何まで違った。

 殺すつもりのなかった獣たちも消し炭になってしまった点から不用意に使える力ではないという事は理解できた。痛みで支障を来していた考えも今では滞りなくできる。



「助けられちゃったな、すまん」



 リキヤはセネカに手を差し伸べる。少し顔を赤らめながらもセネカはその手を取り、立ち上がる。



「ギブ&テイクだから。あたしはあんたに力を与えるからそのかわり、あたしを護って、そして自分のことも護って」



 セネカの発案にリキヤは眼を丸くした。今の展開で言えばセネカはただ自分を護れという命令だけで事を済ませようとしただろう。しかし、リキヤ自身もセネカの防護対象に入れているという事は、少なくともリキヤを信頼しているからだという意志表示なのだろう。



「珍しいもんだな、いつからデレた?」



「うるさい! さっさと帰るわ……よ……」



 セネカはまるでスイッチが切れたように、その場に倒れ込もうとした。慌てたリキヤは素早くセネカを抱き留めるが自身の手から放たれる電磁波が空気を震わせた。



「ちょっ、セネカ! どうしたんだよ!! いったい何が起こってるってんだ…………」



「黙っとれ」



 木の上から突如として現れた人物は、慌てているリキヤの手を掴み地に浸らせた。



「帯電させない様にこうして地面に手を突っ込んでおくといいぞ? おぬしもその娘もまだ魔力供給の回路パスというのを分かっておらんじゃろう」



「なんだジイさん突然、空から降って来なかったか?」



 リキヤは少し警戒心を見せながらも老人を見上げる。空気を膨張させる音が消えたのは地面に手を突っ込んだおかげかもしれないが、セネカが倒れたままというのは変わりなかった。



「変わった若者だのう。他に聞くこととか沢山あるじゃろうて、もし儂が一つだけしか答えるつもりが無かったらどうする気なんじゃ?」



「拷問するかな」



「最近のガキは鬼か!」



 リキヤは老人の反応が楽しかったあまりに危うく話を脱線しようとしたところを、留まった。



「それよりこの子が倒れた理由、分かるか?」



 老人はリキヤに対して、満面な笑みで微笑んだ。



「一番いい質問じゃ、だいぶ前からおぬしらのことは監視させてもらったよ。その娘は神竜じゃな?」



 老人は携えていた杖でセネカを指した。



「…………」



 リキヤはそれに対してどう答えていいか、正直に喋っていいか、悩んだ。



「その反応は一番いいのう、そうじゃ沈黙が正解じゃ。容易に認めればその娘が神竜ということを解明しようと、いや解剖しようとする連中が多いじゃろうな」



 老人は小気味のいい鼻歌を歌いながら闊歩し始める。



「知りたいじゃろ、儂も知りたいことだらけじゃ。つまりはお互い必要とする間柄じゃのう~。ついてこい」



 まるで悩む暇を与えようとはしない老人にリキヤは苛立ち交じりになりながらもセネカを抱えたままついて行く。



「そうじゃった、あとでその傷も治してやろうかのう。うちのカミさんは俗に言うヒーラーじゃからのう」



 重傷を負うリキヤのことはお構いなしに老人はスキップしながら進む。だが、リキヤは流石に体の限界が訪れた所為か、目眩が襲う。

 棒切れのようになった足がとうとう動かなくなり背負ったセネカが次第に重みとなってリキヤの残力を奪いにくる。

 ――――あ、やべ。



「あれま、結局はこういう羽目になるのかのう」



 老人は倒れそうになるリキヤの前に入り込み、セネカともどもおぶった。


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