8 僅かながらの休息
逃げ帰れたことが奇跡だったと今ならそう思える。今だからこそ思うことが出来ると言った方が正しいのかもしれない。あの時、ジヴラシオンはディアを殺さず、あえて生かしていた。そのつもりならば殺すことだって簡単なことだったはずなのに。実力だけで言えばどこかあのドラゴンは手を抜いて戦っていた気がしてならない。そもそも人の言葉を話すドラゴンについて、相応の見解はされていないし、自身を神竜と名乗った事がどれだけ愚かしいかを語らせたいところだが、今は不可能だ。仮にそれを本当のことだと考えるとどこかしら頷ける部分は多い。故にしばらく天候が回復していた氷山プリズマも時が経てば再び吹雪に覆われた土地になってしまったということは、つまりそういうことだ。
あのジヴラシオンというドラゴンは死んではいない。
姉のアシュリアは未だに戦場へと赴いている。
それは家族の為を思ってか、あの氷山での出来事に対する贖罪か。それをディアが訊ねることは難しかった。
妹のディアはあの日、全てを諦めようとした。自分が戦う事、正義感を持つことを。
厳密に言えばあの後、ディアの体内に宿る魔力量は少し回復の兆しを見せていた。だが、氷山の調査が終わっておよそ一週間でぱたりと魔力を熾せなくなってしまっていた。
誰もが余力を使い果たしたとばかり思っている。キャルベラン国の希望になりかけた一人の少女は、またもや絶望をした。
しかし、それは誰しも勘違いをしていたと言わざるを得ない。今はまだ誰もが知らないことだが一度回復しかけた魔力に栓をしたのは他ならぬロージャ家に雷の加護を与えた張本人。セネカ・ロージャによるものだとは気付きようがなかった。
最悪な状況はそれだけではとどまらない。栄えある商家だったロージャ家が騎士の家系として名を馳せていたが、妹のディアが魔力を失い、アシュリアの魔力喪失も疑い始めた両親はあくる日、自室で首をつっていた。僅かながらの遺書と財産を遺して。
そして無意識にディアへの魔力供給を閉ざした末のセネカは、恐怖心に支配されその日を境に人が変わってしまった。
これがとある姉妹の悲劇であり、未だに真実を語れる者はいない。
『ふぅ、まったくいきなり爆発系とか見た目にそぐわない事をしでかしてくれたね』
雪の降り積もる山々に暫しの晴れ間が続いた。
『こりゃ、しばらく吹雪を起こせそうにないかなぁー。もともとここはカモフラージュするためだけの場所なんだからなぁ』
小さく白いドラゴンは己の血まみれな肉体を雪上にこすり付けて汚れを取る。その近くでは銀の鎧を着た少女が気を失っている。
『神竜の魔力を酷使しすぎたね。こりゃしばらく冷凍保存しとくしかないかぁ、来るべき時の為にね』
ジヴラシオンは横たわる銀騎士にそっと息を吹きかけると白い霧が彼女を覆いつくし、眠ったように彼女のあらゆる機能が停止した。
銀騎士をやっとのことで背に抱えたジヴラシオンは雪山深くへとその身を隠しに向かう。
これはある姉妹と思い出に縋り続けた少女の儚い物語。
* * * * * * * *
「今回はあの時とは違う」
仲間も多い、騎士と兵士とそれぞれが敵の扱う魔力や敵の正体はとっくに把握済みだ。三年前に持ち帰った情報を信じる者は少なかったが、その後も被害数がどんどん膨れ上がり上層部も認めざるを得なくなることになった。
何よりも目撃者アシュリア自身が今や上層に位置する存在だ。
朝靄が作戦の進行を妨げるか、それはどちらとも言えなかった。早朝ということもあり魔物は少なく、また賊も道を妨げたりはしてこない。隠密に、そして慎重に行わなければならない作業ではあるが、それならばもっと時間をかけてもいい気はしていた。気になる事と言えばベランド卿のアシュリアに対する耳打ちだった。それは非常に興味深い。
「前回のロージャ邸襲撃といい、何かよからぬことが起こりそうな気がしてならんのだ。恐らく内通者がいると考えた方がいいだろうな」
容疑が掛かっているとすれば十中八九クウェイが限りなくクロだ。ヴァラウィルと未だに連絡が取れるかもしれない。何か計画をしているということは胸中にとどめておいても損は無いだろう。
プリズマを攻略するためには何日かに分けてベースキャンプなる物を設置しなくてはならなかった。本隊は氷山の登山口に、あとは上り始めていくつかの拠点を分けるという攻略方法となった。
現在、軍は氷山プリズマに向けて途中、村での食糧補給などを目的に駐在していた。
「いつもは互いにピリピリしている騎士と兵士も、目的が同じならそういがみ合ったりはしないか」
アシュリアは村の見張り台に上り、普段は小さくて穏やかな村がこの日は賑わいをみせている様にどことなく緊張がほぐれた気がした。
「おい貴様! それは俺らに供給される物資の筈だぞ!」
必要な物資は小隊に分けて分配される。その補給場で一人の兵士が騎士に申し立てをしていた。
「無礼だぞ下民、これは我々の食糧だ。余計な口出しはしないでいただきたいものだな」
アシュリアは困ったとばかりに溜息を吐き、見張り台の手すりに手を掛け飛び降りようとした。
「君たち、彼らの小隊は六人編成という事を知っているかい?」
騎士の一人が仲裁に入った。アシュリアは手すりを掴んでいた手を離し、しばらく様子を見ることにした。
「隊の構成人数に誤差があるから、こうして物資に番号を振り分けているというのに.....、騎士として恥ずべきことではないのか?」
「ぐっ.........すまなかった」
騎士の方は頭こそ下げはしなかったものの、謝罪の言葉を口にして大人しく物資を明け渡した。
「あ、いや分かってくれたならそれでいいんだ」
兵士の方もこの事は想定しておらず、にわかに信じられない様子で物資を受けとった。
「敵は強大だからこそ、味方を信じなければ実力は出せないよ」
仲裁に入った騎士は踵を返して去っていった。騎士のあるべき姿、鑑のような対応を見せたその男は僅かな兵の士気を上げてくれた。そんな風にアシュリアは見てとれた。
「変わった騎士も居たのだな」
微笑混じりに呟いたアシュリアは見張り台から先、駐在している村の先にある山を睨むように見据えた。
「今の私は、あの時のディアよりも強い」
そんな物思いにふけているアシュリアを、先程の騎士は物陰からジッと窺っていた。
「クウェイ、この戦は私にとっても大きな一歩になることだろう」




