7 ロージャ姉妹の悲劇「ヴォルトシスのおわり」
アシュリアが放った雷がどうして銀騎士の意識を奪うまでに至らなかったのか、それは彼女の心情が痛みをも凌駕していたからだ。
「ゲホッ……はぁ」
体中に鮮血を浴びたまま顔色を失ったディアが剣を杖代わりにして雪上に膝を着いている。
「ディアッ!!」
放心状態の銀騎士は一先ず無視をして弱りきった妹の下へ駆け寄る。それが何よりも優先するべき事態で、この手に抱き留めるまでは安心など出来ないアシュリアだからだ。
「あ、お姉ちゃん……」
「え…………」
アシュリアは堪らず言葉を失った。
抱きしめたこの人物は確かに間違いなく妹のディアだ。ディア・ロージャその人だ。見紛うことなくあちらも私を見て姉と認識したのだから間違いはない。
だが、妹のディアは私の事をお姉ちゃんと呼んだことは今までかつてない事だった。
「どうしたの? 心配しなくても私、ちゃんとこうして無事だ……よ」
言いかけてディアは意識を失った。アシュリアはディアを抱え込み残った力を振り絞ってその場から立ち去ろうとした。
山のふもとまで降りていくことが出来れば避難させていた隊の者たちと合流して帰還しなければならない。
「っ!」
膨大な魔力を感知したアシュリアは銀騎士の方へと視線を泳がせた。何故直視をしなかったのか、いや出来なかったと言うほうがこの場合は何よりも正しかった。
「どす黒い魔力だな……」
魔力の暴走、術者が恐らく強大な力を制御できていないのだろう。
「ああ――」
兜の中から残響を飲み込む声が冷たい空気を裂いた。
「――――あああああああああああああああああああああああああああっ!!」
その瞬間、張られた氷が割れていくようなピキピキという音が地面のあちこちからハウリングをし、アシュリアの鼓膜を刺激する。
「うっ、あ……頭が割れるっ」
全ての魔力を出し切ってもいい、今ここでこの場から離れられなかったら恐らくココが墓場となってしまう。抱きかかえたディアをもう一度強く自分の方へと寄せ、脚に力を籠めた。
しかし、体重を乗せてしまったことにより脆くなっていた地面が崩れてしまった。アシュリアは割れた地面の下に呑み込まれディアも一緒に落ちていく。
割れた地面の間の壁に左手と両足をくっ付けどうにか勢いを殺そうと試みる。
「がぁぁあああっ!」
摩擦で手甲が熱くなり右手で抱えているディアを危うく落としそうになるが、どうにか持ちこたえる。どうにか落下を防ごうとするが頭上から雪がなだれ込んで勢いは弱まるどころか支えていた氷の壁の滑りをよくしてしまい、垂直落下は免れなかった。
ここで死んでしまうのか……。
力が抜け、耐え切れなくなったアシュリアは右手に抱えていたディアを放し、自身もまた薄れていく意識の中で氷の壁を見た。
夢か幻か、氷の中には見たことのない建物が……景色が見えた。
* * * * * * * * *
目が覚めると、暖かいものに包まれていた。
虚ろな状態の眼をこすってよく見るとそれは毛布だった。そばでは焚き火がしてあり、何人かの話声が聞こえた。
「アシュリアさん……目が覚めましたか?」
「あ、トウドウか」
見慣れた隊員の顔を見て安堵の息を漏らすアシュリア。どうやら逃げ出す途中から夢を見ていたらしい。
「……ディアはどうした」
空を眺めながらアシュリアは訪ねた。既に空は暗くなっていて星がよく見える。他の隊の者たちもアシュリアが目覚めた事を聞きつけこちらへ歩み寄ってくる。その中に一人、
「お姉ちゃん! 良かった、目が覚めたんだね」
顔は同じだが、まるで別人でも見ているかのような気分になってしまった。アシュリアは最初、ディアが混乱しているものだとばかり思っていたがどうにも腑に落ちない。
「トウドウ……ディアはずっとこの状態なのか?」
トウドウにも、そして他の隊員もディアの異常を察して黙って頷いた。
「え……どういうことなの?」
肝心のディアは何も気づいていない。雰囲気から別の誰かなのかもしれないと疑いたかった。もしくは二重人格なども疑った。
こうなった原因はおそらく、
「神竜の魔力を長時間浴び続けたことによる精神疾患、という線が妥当か」
アシュリアは自身の不甲斐なさに思わず涙が出てしまった。ソレを見た他の隊員たちは静かにその場から去ってくれた。
「お姉ちゃん、私は知ってるよ? 本当は自分がヘンだってことにも気付いてる。でもこの呼び方だけは許して、そうじゃないと今の私は私自身の存在に耐え切れなくなってしまう」
「ディア? いったい何を……」
「あの時、神竜の体内で魔力を全部使い切ったあと妙な違和感に気付いたんだ。あの中から解放されたあの瞬間から、私の魔力は回復していない」
アシュリアは言葉を失った。自身の不甲斐なさに涙していたアシュリアよりも、ディアのほうが泣いていた。まるで人生の終わりを告げられたかのように小さく、そして何よりも絶望していた。
「バカな……そんなことが」
あるわけない。そんな安っぽい言葉、どうしても言えなかった。喋るドラゴンと対峙したことすらない上に神竜と名乗っていたあのドラゴンが本物ならば、不可解な現象にも納得せざるを得ないからだ。
「だから私は今までの自分を忘れなきゃいけない。ううん、捨てるって言った方がいいのかな…………」
「何故だ……あとになって回復することだってあるだろう? どうしてお前はそう結果を急いでしまうのだ」
それまで何ら様子の変わらなかったディアが自分の膝に拳を打ち付けた。
「これまでずっと頼ってきた力なんだから私には分かるよ……、魔力が熾せるようになる前の無力だった自分が今ここにいる。それが私にとってどれだけ屈辱か分かる?」
頬から伝う涙が振り続ける雪に混じり地に落ちる。
それがどれだけ悔しいことか、アシュリアは知っていた。それは力を持たず、何も証明が出来なかった幼い自分たちの苦い思い出だからだ。偶然手にした力を失うことの恐ろしさを、ロージャ姉妹は知っていた。




