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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
4章 氷上境の戦線
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5 ロージャ姉妹の悲劇「銀騎士の猛追」



「はぁ……っ、強いな。一見すると戦意は無さそうだが、かといって退く気も無いみたいだが」



 アシュリアは手甲を外した。身を護る装具も敵が強大ならばあまり意味を要さない。強さと速さを確立するためには身の軽さが武器にもなり防御にもなる、捨て身と言われると聞こえは悪いが命を奪うという行動に自分を護るという選択肢があってはならない。アシュリアはそう考える性格だった。

 傍から見れば注意力が散漫していて周りから危険だとよく言われる。よく言えば自らを省みない、悪く言えば制御が利かない。遠からず身を滅ぼすかもしれないとまで風評被害を受ける。妹が優れてしまっていたからかもしれない。比較対象としてはあまりにも厳酷過ぎた。



「あなたは、危険。ひどく歪で不安定な心を持っている、もう一人もそう。このままいけばいずれ壊れる」



 銀騎士は仮面の中から籠った声を響かせる。アシュリアにとってその行動一つ一つが癪に障った。



「私たちとあまり変わらない年齢の筈なのだがな? 貴様が私たちの何を語るというのだ!!」



 怒号を散らすアシュリアに、しかし銀騎士は微動だにせず細剣を構える。



「あなたたちとは生きてきた世界が違う」



 既に我慢の限界が来ていたアシュリアは動き出していた。瞬発的に踏み出した足は雪に掻き取られながらも速さは十分なくらい銀騎士の不意を突けた。



「はぁっ!」



 お互いの剣の鍔がこすれる音も、この吹雪によってかき消されるほど周りの音が聞こえない。もしくは寒さによる感覚の麻痺か、それすらアシュリアにとって今は好都合かもしれない。

 あちらの動向が知れないが、それはこちらも同じ条件で戦っている事に気付いていたからだ。

 アシュリア自身、あまり細かな芸当は得意ではない。妹のディアが雷を活用した技を柔軟に臨機応変に扱える。だが、アシュリアは純粋な魔力を注ぎ込むことで己の強さを相手に見せつけることを生業としている。



「私の技量は全て見様見真似だ」



 アシュリアは迫る銀騎士を力で押し退け一歩下がる。そして勢いよく振り被り剣を投げ放つ。

 銀騎士はそれを細剣で自分の後方へと流した。



自棄やけになった?」



 問いを投げかけながらも銀騎士はアシュリアが丸腰なのを好機と判断し迫る。ソレに対してアシュリアは深呼吸をして前を見た。その闘志に銀騎士は罠だと悟った。

 ――――ならばその前に倒す。


 アシュリアは手を前に伸ばし宙を掴み、見えない何かを引き寄せる様に胸元へあてた。



着磁電光ラジアライズ



「凍れっ!」



 銀騎士の身体を貫く稲妻、アシュリアの放った剣とアシュリアの手が軸となってつなげている。

 銀騎士は手に握っていた剣がアシュリアの手甲にくっ付き引き剥がそうとも話すことが出来なかった。まるで磁石にでもなっているかのように。銀騎士が引き剥がそうとしてもビクともしなかった、その動作を行ったのはほんの数秒。そこから一気に武器を捨て自らの両手をアシュリアの肩においた。



「うぁああっ!」



 肩が激しい痛みを訴えた。ふと見ると鉄製の装具が白くなっていた。異様な冷たさ、このまま凍傷を引き起こさせるのが目的か、それともアシュリアを氷の彫刻にしようとしているのか。どちらにせよこのまま引きつけるのはよくないと判断した。



「反転!」



 銀騎士の腹部に手を当て掌を上向きから下向きに回した。



「きゃっ!!」



 アシュリアに引きつけられていた力が言葉通りに反転し、吹き飛ぶようにアシュリアから離される銀騎士。その先にあるのはアシュリアが放り投げた剣があった。


 このままではこちらから斬られてしまう、ただそこに刺さっているだけの剣に。


 勢いは強い、運よく柄に当たれば致命傷は避けられるだろうが、技からして引き寄せているのは金属部分。柄は金属ではない、したがって刀身のほうに引き寄せられていると思って正解だろう。

 っ!?

 銀騎士は咄嗟に自身の細剣がアシュリアの身体から離され共に引き寄せられている光景を見た。後ろばかりを気にし過ぎていて気付かなかった。銀騎士は剣を掴みアシュリアに背を向ける。目の前まで迫りつつある剣、自分から迫っていると言った方が正しいだろうか、その剣に辿り着く数メートルで銀騎士は雪上に自身の剣を突き刺した。両足と突き刺した剣で勢いを殺そうと試みるが、全てを引っ張られている状況で勢いは収まらない。防具を脱ぎ捨てる時間も無い。

 銀騎士は捨て身の覚悟で地を蹴った。細剣がアシュリアの剣と接触して甲高い音を立てる。宙を舞う銀騎士の身体は相変わらず引き寄せられた状態だが、勢いは見事に殺していた。しかし、顔全体を覆う兜では視界が確認できていなかったのだろう。柄の部分が頭部を強打させた。



「……っ」



 僅かに息を漏らした銀騎士は意識を失った。



「……とどめを刺すか」



 アシュリアが使ったのは初見のみ適用される奥の手と言ってもいい。着磁電光は自身の魔力、すなわち電属性を帯びた金属物質との一定の距離だけ直結できる業だ。二度目はそれを警戒するのは確実だから、二度使うにはタイミングを要する。

 何より自分で編み出した業ではない。全ては妹の見様見真似だ。それらは露呈させるつもりはないし自慢にもならない。

 一歩一歩、決して油断をしないように近付く。術は解除してあるので自身の剣を回収したときに銀騎士が引き寄せられるということはない。アシュリアは剣を引き抜いた。



「…………」



 この銀騎士、吹き飛ばされた時にやけに甲高い声質をしていたなと思い返す。まさか女なのか、よく見れば華奢な体をしていなくもない。甲冑で気付かなかったが、やはり女に相違ない。

 アシュリアは戦闘中には気付けていなかった。こういった点では異様に鈍感な部分がやたらと目立つ。それでも生き抜くことに関しては重要視されない事なので本人はあまり気にしない。



「さしずめ氷の魔女か」



 あれほど膨大な魔力を扱う以上、魔女以外の呼び名が思いつかない。皮肉を込めた一言を発し、素顔が気になったアシュリアは一目姿を拝もうと兜に手を掛けた。



『その子に触ってくれるなよ』



「っ、この感じ……ぐっ!」



 強まった風圧にアシュリアはたまらず雪上を転がった。十数メートルも放されたところでようやく勢いは弱まり、起き上がる。



『あちゃ~、やっぱり負けちゃったか。それでも初めて剣を使った戦いにしては耐え抜いたもんだ』



「は、初めてだと!?」



 アシュリアは信じられないとばかりに大声を張り上げる。耳を疑った、経験を積み重ねた者として、その真実は受け入れがたい。先ほどまでほぼ互角に戦っていたのだから。



『うん、今まで魔力を熾した雪崩だけで邪魔者を一掃していたからねぇ』



 銀騎士を護るように翼を翻し意気揚々と語るジヴラシオン。



『それよりもっと初めに聞きたいこと、あるんじゃないかい?』



 言われてアシュリアは顔を青ざめた。自身に先ず問いかける。(何故、このドラゴンがこの場に現れた?)。

 ディアはどうなったのか……、まさか敗れたとでも言うのだろうか。いや、誰よりも私がそれを否定しないでどうする!?



『まだ生きているよ。まあもっともうちの子をうっかり殺してくれていたりしたら、こっちもうっかり殺していた可能性は高かっただろうにねぇ』



 ジヴラシオンは自身の胸部に鋭く尖った指先をトントンとあてる。



『内側から僕を倒せると思ったのか君の妹はこの中に居るよ。まあ神竜の体内なんて人間が耐えられるものじゃないから無事ではないけどね』



 ジヴラシオンに向かって魔力感知を行ったアシュリアは凄まじい魔力の塊の中に一つだけ澱んだ力が揺らめいているのを確かめる。どうやら本当のことらしい、それが尚更ディアが敗れたという決定づけるものとなってしまったが。



「ディアを解放しろ!」



『おいおい冗談だろ? まさか僕にゲロれって言うのかい? 君ってなかなかドSな事を言うよねぇ』



 ジヴラシオンは含みを籠めた笑みを見せながら嘲る。一瞬にして怒りが頂点に達したアシュリアは行動を起こすのが速かった。



『は?』



 皮膚程ではないが、強固な翼を稲妻が破った。全身に雷を帯びたアシュリアがジヴラシオンの翼を貫通したのだ。制御が利かないアシュリアは雪道に転がりながら左手で地面を掴みどうにか制止する。右わきに気絶している銀騎士を抱え込んだ状態で。



「もう一度だけ言う、ディアを解放しろ! こいつが木端微塵に吹っ飛ばされる前にだ」



 アシュリアは他に手立てが考えられなかった。生きていることは確かだがドラゴンを倒せるほど自分は強くない。それ以上に自分より強いディアが現状敗れたとあっては先ず勝ち目はないだろう。

 鈍感なアシュリアでもあのドラゴンにとってこの銀騎士はかけがえのない存在だというのは理解できた。だから利用もする。



『人間風情が、図に乗り過ぎだぞ』



 怒りを象徴するかのように口から冷気を吐き出しながらジヴラシオンは眼を血走らせている。



『人質を取ったところで意味なんてない。お前を今すぐ凍らせてその子を回収するだけだ』



 アシュリアは銀騎士を抱えて再び稲妻の如く飛んだ。直感的に身の危険を察したからだ。そして人質をとることで精一杯だったアシュリアには今魔法以外の戦う手段がない。唯一頼れるのは銀騎士という人質を盾にすることだった。



『ちっ』



 忌々しげに舌打ちをしたジヴラシオンは大きな翼を上下に振り、宙を浮く。



『どこへ逃げようと僕とのリンクが生きていることを忘れるなよ、必ず見つけてやる』



 ジヴラシオンは轟音を唸らせながら高く羽ばたいた。


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