4 ロージャ姉妹の悲劇「銀騎士と神竜」
何かに気付いたディアは全身に雷を纏い、銀騎士に向かって雷鳴を轟かせながら一瞬で距離を詰めた。
「っ」
銀騎士は僅かに声を漏らし鞘から抜く途中の細剣でディアの一撃を受けきった。電撃を刀身に込めようとしたディアの意図を読んだ銀騎士は即時に剣を弾いて互いに距離をとる。
「雪崩を起こしていた犯人はあなたですね」
「…………」
「それほどの魔力、いったい何者ですか」
「…………」
「なるほど、忠義な方だ」
だんまりを決め込む銀騎士、ただ話し合いには応じているようでディアの問いには耳を傾けている。攻撃をしてこないことが何よりの証拠だ。
「どうでもいいけど早く雪崩をせき止めないとあなたも巻き込まれるよ?」
ディアは雪崩を起こしている犯人がここにいる銀騎士だと断定できた。先ほどまで何も感じなかった銀騎士から突如膨大な魔力が放出された。その後、山は揺れ頂上付近から押し寄せてくる大量の雪がこの事態を物語っている。
「この場から立ち去れ」
銀騎士は声を発したことにディアは驚いた。まさかこの場を見過ごすというのだろうか、そういう文脈とも取れる口調だった。
それよりも驚いたのが、声の特徴からしてこの騎士は女だ。それも自分とあまり歳は離れていないということに。
それなのにこれほどの魔力、適応性がいいのかそれとも人間ではない類のものなのか。
「見逃すっていうの? けど、生憎ここは我が国の領土だから退くわけにはいかないんだよね」
いつの間にか雪崩はせき止められていた。ならば犯人は間違いなくこの銀騎士だ。ならばここで拘束して連れ帰るか、はたまた殺すか。
ディアは構えた。
「…………」
『ねえ、もういいんじゃないかい?』
低く唸るような声が遠くから響いた。耳に、というより頭に響くようなこの声は明らかに人ならざる者が発する声だと直感的に気付いた。
『驚いた、その子は僕の声が聞こえているみたいだね』
曇った空が近付いてくるのを感じた……いや、そうではない。それは浮遊していたものだったが明らかにこちらへと迫ってくる正に空そのものの様に思えた。
それほどに大きいドラゴンがあろうことかディアと銀騎士の近くへと降り立った。地面に響いた音は先ほど感じたものと全く同じものだという事が分かった。
「そう、雪崩の原因はこのドラゴンだったというわけね」
ディアは大きなドラゴンを睨み付けた。
『へぇー。姿さえも見えるんだ、珍しいね。君の魔力はよほど僕ら神龍に近い純粋なものらしい』
「ジヴラシオン、喋り過ぎ。でもあなたが出て来たってことは私一人じゃ苦戦すると踏んだからでしょ」
銀騎士は呆れながら解いた警戒心を再び露わにした。その殺意は間違いなくディアの方へと向かう。
「私はずっとこの地を守り続けている者。後から現れたお前たちにこの土地を譲る気はない……もちろんステイシアも例外ではない」
銀騎士は兜の奥にある瞳を僅かに細めた。
「心配になって来てみれば、こんなデカいドラゴンがいたというのか」
ディアの後方から歩み寄ってきたアシュリアは嘆息を漏らした。天候は荒れ始め、視界もうまく機能しなくなってきた。
「どうして戻って来たの!?」
ディアは後方を気にしながら捲し立てる。アシュリアは「全員無事だ」と短く言い、腰に携えていた剣を引き抜く。
『これは非常に厄介だ、君たちのその魔力……どうやらヴォルガーナが一枚かんでいるようだね。道理で僕の姿が見えたり声が聞こえたりするはずだ。普通はそこまでハッキリと感知できる人間なんて希少種だというのに』
「はぁ、おしゃべりが過ぎるドラゴンは嫌われても知らないから」
銀騎士は剣先をロージャ姉妹に向けた。
「御託はいいから、どっちを相手取る?」
『後から来た子はそこまで強くないよ、けど君と差異はあまりない。僕が言う厄介な方はもう一人の方だ。僕程じゃないが君よりは強い』
「それだけ訊ければもう充分」
銀騎士は迷うことなくアシュリアの方へ細剣を投げた。
「っ」
アシュリアは間一髪で自身の剣ではねのけた。しかし銀騎士は既に動き出しておりアシュリアの腹部に拳を一発入れた。
「うっ!」
甲冑がパキパキと音を立てた。アシュリアは耐えがたい痛みから逃れる為、すぐさま後ろへ飛んだ。殴られた部分が凍り付いていた。
「っ随分と、嘗められたものだ」
アシュリアは口の中に溜まった唾を吐き捨てる。アシュリアのフォローに入ろうとしたディアの動きを察知したジヴラシオンが行く手を大きな手で遮った。
『おっと、君の相手は僭越ながら僕だ。僕の方が歴史的にも年齢的にも偉いんだけど、どうも上から目線というのは気持ち悪くてね。物理的には見下ろしちゃってるけど本当は大きくならなくてもいいんだよ? だけど雪崩を起こさなきゃいろんな人がこの山に来るからさ。あの子はそれを望んじゃいない』
およそドラゴンというのはもっと知的な生物だと思っていたがそれらを一切感じさせないジヴラシオンの発言の一つ一つにディアは苦笑するしかなかった。
「敵じゃなかったらゆっくり話を聞いてあげたいけど、それどころじゃないみたい」
これほど大きなドラゴンに果たして敵うことが出来るのだろうか。どうイメージしても相手の敗ける姿を想像できない。だが立ちはだかるならば、それを退かせるまで。
『え、そう? じゃあ敵に回ることをやめようかなぁとか思ったけどやっぱりやめとくよ。僕はこう見えてもあの子のことがぶっちゃけ世界よりも大切に想っていたりするのさ。あの子が望む場所を護り、あの子が望む人間を僕はあの子と待ち続けることが今の使命なんだ』
「ドラゴンがぶっちゃけとか使っていいの?」
『見た目とは裏腹で心は若くいたいからさ』
ディアは剣を目の前で振るった。目に見える雷を纏った斬撃がジヴラシオンの右目に向かって放たれた。避ける動作は一切行わず右目をただ閉じたジヴラシオン。飛ばされた斬撃は閉じた瞼に当たりはしたものの、そこには傷一つ付いていなかった。まるで何事も無かったように閉ざされた瞼は再び開き、ディアをじっと見つめる。
「やっぱり硬いか」
『まあね』
ディアは雷を脚に浸透させた。甲冑の脚から下が青白く発光し踏み込んだ足先がサク、という雪の音を立てた時、その場からディアの姿は消えた。
『なるほど、氷属性の僕には到底できない芸当だ。けれどね』
光速で動き回るディアが姿を現したのはジヴラシオンのちょうどこめかみに位置する場所、このままの速度で貫けばいくらドラゴンでも脳が壊死して再起不能になるとふんだからだ。
貫くその一瞬手前でディアはその勢いを殺されてしまった。ドラゴンの大きな指が二本、それはしっかりとディアの剣を白刃取りしていてビクとも動かせない。
『あくまで僕は神竜と呼ばれる存在だ。見えなくても反応できないわけじゃないんだ、たかだか人間の動きくらいは止められないと』
ジヴラシオンが手を払いディアの身体はまるで虫けらも同然の様に地面へ叩き伏せられた。
ディアは灰に溜まった空気を無理矢理外に排出されてむせ返る。下が雪で助かったことが何よりの悔しさだった。屈辱だった。
「いくら、神話に出てくるドラゴンだろうと関係ない……」
身体を起こしながらディアはドラゴンであるジヴラシオンの巨体を食い入るように見た。
『おー素晴らしいね。民主主義ってわけ? 僕らは簡単に斬り捨てて自分たちの美しい理想とした国家を作れればいいと?』
口調が可笑しくはあるが、言葉には棘があった。そしてジヴラシオンは急に雰囲気が変わった。
『お前らがいつの時代もそうだから、僕らは滅ぼすんだ』
「っ!?」
その眼差しに見つめられた途端、ディアの脚は竦みあがった。震えが止まらない、絶対的に敵う相手ではない。魔力云々の話ではなく、本当に相手取ってはいけない相手の前に無作為にも出て来てしまった。
「はー……、はー……」
吐く息が白い、寒いはずなのに全身が熱く胸の鼓動が速く聞こえる。
『まったく、ヴォルガーナはどうしてこんな人間に肩入れするのか……。いや、僕も人間に加担している身か』
低く唸りながらジヴラシオンの口から永久凍土に近い息が放たれる。
「うぅ」
何をしているディア、お前の正義はそんなものなのか。お前がやりたいことはそんな風に絶望して立ち尽くすことだったのか?
「そうかもしれない」
『ん?』
ディアは先ほどの戦意喪失から一変し、ジヴラシオンのその開いた口の中を見た。
もしかしたら体内からならドラゴンでも致命傷を与えられるかもしれない。
「人間はいつだって傲慢なのは認める。けれど、それでも自分たちを護るための何かを欲して生きていくしかないって思うから」
全身に魔力を籠めたディアは願う。
さっきよりも早く……さっきよりも鋭く……一点に集中して……。
『開き直ったね、まあそれも悪い答えじゃないと思う。開き直るってことは自分が愚かであることを認めざるを得ないってことだからね』
ディアは既に足先に込めていた力をジヴラシオンが喋っている間に放ちきっていた。
「いっけぇぇええええっ!!」
ジヴラシオンは油断していた。悠長に言葉を発しすぎて一瞬だけディアの行動が読み取れなかった。気付いた時にはディアは顔の近くまで接近していた。
その後の行動を悟ったジヴラシオンは素早く口を閉ざそうとしたが、もう遅い。
「おしゃべりが命取りになったね!」
既に口の中に飛び込んだディアがジヴラシオンの体内から声を出す。
『コミュ症になっちゃうよりマシでしょ?』
「この状態でも会話できるドラゴンってどうなってるの、ほんと」
呆れたように息を吐いたディアは自身を支配していた恐怖が取り除かれたことに安堵する。
『思念を送っているようなもんさ。それにしても驚いた、大きな敵の中に這入って攻撃したり自爆したりする物語はあったけれどまさか自分が試されるだなんて思ってもみなかったからさぁ。……でもあまりオススメはしないな』
ディアは何を言っているのか分からず、ただの負け惜しみなのだと感じていた。
「がぁあああああああああああああああああっ!!」
突如として襲ってくる頭痛。この感じには覚えがあった。
『君らの世界では『魔力酔い』というのかな? いくら属性加護があっても君のは雷で僕のは……いや、僕自身は氷なんだ。まるで系統が違う属性の沼に飛び込んだ君は終わることのない吐き気と頭痛を抱えながらそこで息絶える』
「あああああああああああああああああああああああっ!!」
何も考えられない、考えたくない。痛みが際限なく襲い掛かってくる、消えかかっていた恐怖が再びよみがえる。以前よりもその感情は増していく。
死にたくないしにたくないしにたくナイしぬ――――――――――。
『おや? 意外と呆気なかったね……、神竜の魔力を宿していた割には……ひょっとしてヴォルガーナは転生したばかりだったのかな、ふーん』
妙に納得のいったジヴラシオンは銀騎士のもとへその重たい体をよじって歩き出した。




