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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
4章 氷上境の戦線
74/103

3 ロージャ姉妹の悲劇「惨事を避ける為」

 口封じの為か、単に邪魔者を一掃したいだけなのか。どちらにしても互いに退く気はないようだ。



「最初から罠だったってわけか」



「どうやらそうみたいだね」



 雪崩を起こしたのが作為的なものだとしたら、迂闊に領土侵入させて国同士の問題に直結させる。ステイシアはそのために国境砦や境界線を落としてきたというわけだ。

 一歩間違えれば戦争だって起こりかねない。そしてそれを行うという事は、ステイシア国の開戦準備は整っている、そういう意味となる。



「なんてこと……もう既に手遅れだというの?」



 剣を構えたステイシア軍の兵士が一人飛び出した。

 人数の多さから考えると圧倒的にキャルベラン側が不利。だが、降伏の意を示したところで素直に応じる相手側の状況でもない。確実に消すつもりだ、それならばこの場に居る目撃者を失くすことが先決。



「相手側も同じ考えだろう。これは戦いではない、雪崩によって相手国の兵は行方不明になるという結果だけを残す。これは手順だ」



 過程など意味を為さない。要は報告だ、雪崩が起こったということにすれば両国のいざこざは無かったことになる。あちらが戦争を望もうがこちらはそれを許すわけにはいかない。つまりこの場に居る敵の殲滅。最優先事項だった。



「部隊編成が私と姉さんで良かった」



 飛び出した敵兵に剣先を向けるディア。



「雷閃」



 剣先から放出された電撃が迷いなく眼前の敵を貫く。飛び出した男は勢いを殺しながら雪上へと倒れ伏せた。

 その様子を黙って見ていたアシュリアが次いで剣を構え一言放つ。



「雷刃」



 こちらは剣全体に雷を帯び出した。アシュリアはそのまま敵陣へと飛び込み自らステイシア兵に囲まれる形をつくりだした。



「アシュリアさん! 無茶だ!!」



 味方の兵士が叫ぶ。確かにこれでは袋の鼠だ、だがアシュリアは不敵にも笑みを零した。まるで自らに危険など及ばないかのように。



「女だからといって手加減しないぞ!」



 絶好の機を逃すまいとステイシア兵は標的をアシュリアに変え四方八方から襲い掛かる剣戟に身を捩った。



「ディア!」



 合図とともにディアは再び雷閃を放つ。



「「雷繋トール・ルーリィ」」



 ディアの剣から放たれた電撃は敵を貫き、その線は敵を貫いた先にいたアシュリアの剣と繋がっていた。



「あなたたちは取りこぼした敵をお願い!」



 ディアが一言味方兵に残すとそのままアシュリアのいる敵陣へと駆けた。

 ディアとアシュリアの剣舞はムラがなく雑兵如きでは相手にもならなかった。その上アシュリアとディアの間には未だに見えない電線が張り詰めており敵は避ける方向を誤ればすぐさま餌食になってしまう。

 誰もあの姉妹の戦いには入れない。それでも数十人の敵をたった二人で相手取るのは楽ではない。敵も狙いはその二人だけというわけじゃない。もちろんトウドウたちだって標的には入っている。少しでもあの二人の役に立とうと向かって来る相手は確実に捻じ伏せる仲間たち。



「はぁあっ!」



 こちらは互角かそれ以上かの立ち回りで応戦する。



「ぬぅ」



 しかし足元は深い雪で安定した身動きが取れず悪戦苦闘していた。さらに相手は上から振り下ろす攻撃を仕掛けてくる為、一度でも攻撃を受けてしまえば足元は雪に埋もれる。そうなれば確実に殺されてしまうことは必然だろう。うまく攻撃を払いながらどうにか位置を逆転したい。

 取りこぼした敵がもう一人、その兵はトウドウの方へ狙いをつけ斬りかかってくる。



「ぐふっ」



 もろに相手が振り下ろした一撃を防御してしまい、雪に足が埋まってしまう状態になってしまった。そこへすかさずもう一人が剣を振り切る。



「がぁあああああっ!!」



 顔に大きな切り傷を負い、トウドウの顔半分が真っ赤に染まる。それでも尚、闘争心を揺らがすことは無く叫びながらも腕力で敵をなぎ倒す。

 その間に埋もれた脚を抜き取り、腰に備え付けていたダガーで敵の首を掻っ切る。もう一人が起き上がろうとしたところで顔面に籠手の尖った部分で敵兵を地面へ殴り潰す。



「はぁ……はぁ……」



 流れ出る血が右目に入り真っ赤に充血しながらもトウドウは休む間なく剣を握る。

 俺はまだ死ねない。死ぬわけにはいかんっ!



「一人を重点的に狙え!!」



 ステイシア軍が真っ先に狙ったのは深い傷を負ったトウドウだった。



「かかってこい下郎どもがぁあっ!」



 その様子にいち早く察知したディアがトウドウのほうを見た。



「姉さん、一時後退!」



「了解した」



 雷同士の魔力から縫合された電線を切り、後方へ大きくジャンプしたディア。後を追おうとした兵士の足元に一閃、境界線の様に地面に溝が出来ていた。



「ありきたりな台詞で悪いが、ここはいかせない」



 アシュリアが一閃の先に立ち剣先をステイシア兵へと向けた。



「お前たちは境界線が大好きだろう?」



 周りにいる味方兵もそれぞれが対峙する敵を相手するのに手いっぱいで、トウドウは助けを求めることが出来なかった。

 加えて足場も不安定で剣戟には不釣り合いだ。

 既に何度か攻撃を受けていて鎧に負荷が掛かり過ぎている。四肢が寒さと痛みで麻痺していっている現状を知らしめられた。負けじと剣を振るうが雪上の戦いに慣れているのか、攻撃が届かない。



「おらっ」



 抵抗も虚しく蹴り倒され雪上にひれ伏してしまう。雪の冷たさも顔に当たっていることが視認できるがそれが痛覚として現れることが無い。寒さで頭がどうにかなってしまうとは、このことなのだろうか。


 もう駄目だ。



「頑張って!」



 高い声を耳にしたと同時にトウドウを斬ろうとした兵は青い稲妻に撃たれ、倒れる。

 高く跳躍したディアがトウドウの隣へ着地し後ずさる。



「もう少しで片付けるから、トウドウは生きることを諦めちゃダメ。帰るんでしょ? 婚約者のいる元の世界へ」



「…………っ!」



 トウドウは歯を食いしばった。そうだ、自分はこの世界に召喚されて最初は帰りたい、帰りたいと、そう思っていた。

 だが、トウドウは嘘を吐いていた。元の世界に帰りを待つ人は、婚約者などはおらず、それはディアに好意を寄せているトウドウがそれを悟られまいと口を吐いた虚言なのだ。自分より八つ近く歳の離れた女性に恋をするなど今まで考えられなかった。だが、ディアはどこか他の少女と違った。立場的にもディアの方が上でトウドウは後輩にあたるが……それでもどこか魅力的に思えたのだ。

 婚約者はいないが、好きな人は出来た。だからもう、これ以上みっともない姿はさらせない。



「うぉおおおっ!!」



 全身に力を入れ立ち上がる。たとえこの顔にどれだけ傷が付こうと、護られてばかりいるのは性に合わない。悔いは残さないと決めた。だから戦う。

 トウドウは足元の雪を蹴りあげた。



「わぶっ」



 敵の視界を一時的に覆い、距離を詰める。そして敵を斜めに斬り倒す。顔の半分が血に染まっていたトウドウの顔は険しい表情で新たな血を上塗りしていく。

 ディアは残りの人数を相手にし、確実に一人ひとりを短時間で仕留めていく。次から次へと来るのならば、その次を遺さない。



水弾アキュリーテ



 水系統の魔法が扱えた兵士が放った水弾もディアは雷を纏った拳一つではじき返した。それに当たった術者は体から力が抜け、くずおれる。



「私に水は致命的だったかもね」



 地面に剣を刺して同時に斬りかかってくる兵士の胸部へと掌を押し当てる。



「大人しくこの場の事を忘れてくれるならこれ以上は何もしません」



 ディアの忠言も効く耳を持たず、構いもせず剣を振り被った兵士二人。バリバリと音を立てて兵士二人は倒れる。



「姉さんのほうも片付いたみたいね」



 ディアは一通り辺りを見渡した。

 今となって数えてみれば相手取った敵の人数は二十人ほどだった。その大半をディアとアシュリアが相手取り、引きつける形でトウドウも仲間を護った。



「やっぱり雷姉妹ヴォルトシスが味方にいると心強い」



 改めてその場に居る者は痛感した。この場において無傷な状態で立っていたのはロージャ姉妹だけだったからだ。こちら側の死者は出なかったことが奇跡と言ってもいいまでに絶望的な状態だったはずだ。



「そんな変なあだ名、いったい誰が付けたのやら」



 アシュリアは困り果てた様子で頬を掻く。



「そうだね……、でも今は一刻も早くこの事態を報告しに戻らないと」



 国境砦は既に破壊工作をしていた、ということなら雪崩を引き起こした原因もステイシア国になる。問題はその雪崩がどうやって起こったのか。魔法でもここまで大がかりな者は使える人間なんて居ない、それとも兵器のようなものなのだろうか。

 いずれにしても上へ報告してからだ。これ以上余計な詮索は身を滅ぼす気がした。



「うまく歩けない奴はいるか? 肩を貸そう」



 アシュリアが足を負傷した兵を背負い、ディアはトウドウの背を支える。



「い、いえ。自分は大丈夫ですので」



 落ち着け、落ち着くのだ藤堂庸介……、いくらなんでも年下相手にこうもたじろぐなんてあってはならないことだ。



「そう……? 無理しないで」



 怪訝そうに山を下り始めるトウドウの背を見送る。

 もう味方兵はこれで全員かと改めて視界を三百六十度見回し、確かめる。



「ん?」



 山頂に近い方向、真っ黒な雲が立ち込めていて視野を広くできないが、上の方に何かを発見したディアは目を凝らしてそれを見てみる。まるでそれは影のようで、少し近寄ってもう一度見ると、それは人の形をしていた。

 っ!?



「姉さん、生き残りが居た!」



 危うく見逃すところだった。たとえ罠でも国境を越えたという事実が向こうに知れ渡れば問答無用で戦争ごとに発展しかねない。しかし山の偵察に来ていた兵が帰らないとなると遅かれ早かれ戦争は始まるだろう。それならば遅れた方がこちらも準備に取り掛かれる。そのために今は目撃者を出すことは出来ない。

 その影はステイシア兵とは少し違った。銀を基調とした甲冑を身に纏い、顔はフルフェイス型の兜で誰なのか伺えない。ただその仮面はただ黙ってこちらを見ていた。逃げるわけでも、ましてや向かって来るわけでもなく。



「気を付けろディア! そんな離れたところに生き残りがいるとは……何かがおかしい!!」



 アシュリアが立ち止まって叫ぶ。アシュリアの眼にもハッキリとは見えないがディアが言うように誰かが立っていることが視認できた。



「しかもいったい何だ……あいつの魔力は!?」



 先ほど戦いの場であれば感知できなかったはずがないほどの膨大な魔力が、銀騎士から溢れ出ていた。それと同時に違和感がその場に居た全員を襲った。

 地面が揺れている、山の上から僅かに届いてくる籠った轟音がおよそ考えうる最悪のケースを想像させた。



「雪崩が来るぞッ!!!」


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