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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
4章 氷上境の戦線
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2 ロージャ姉妹の悲劇 「国境」

 三年前―――――。

 氷山プリズマ、国境沿いを越えようとする幾人かの影があった。

 アシュリア、十七歳。

 ディア、十五歳。


 これは氷山で度々起こる雪崩の原因を調査するために派遣された時だった。

 当時は調査することが目的でありそれの対処は任務には入っていない、少数精鋭だけで今回はプリズマへと挑むことになった。



「トウドウ、国境砦のほうと連絡はついたか?」



 アシュリアが腕を組んだまま一つの大きな氷山を睨み付けていた。もともとはステイシアとの国境沿いに砦を設置し互いに干渉しないという形で停戦していたのだが、ある時砦との通信が切れて更にそこへ務めていた兵士が任務交代時になっても氷山を下りて来ないのだ。そこで我々は今回、例の雪崩に巻き込まれたのではないかと調査を進めていった。

 氷山というのは国の境目が分からず判断が付きにくいということで設けた砦で雪崩が起こる度に記録を本隊へと送って貰っていたのだが、雪崩が起こるという場所とはまた別の場所だったので油断をしていた。このような事態が発生するとは思ってもみなかったことだった。そのせいで人員を割くのに手間が掛かり今回は僅かに七名という人数になってしまった。



「姉さん、あまり急かしてもトウドウが困るだけだよ」



 ディアが地図を地面に広げ度重なる雪崩の発生地を比較して調べていた。ソレを囲うように他の兵が黙ってそれを見ていた。



「やはり何度か伝書鳩を飛ばしても、しばらくするとそのまま戻ってきます。やはり直接行ってみるしかないようです」



 長距離、厳しい環境にも適応できるよう訓練をしている鳩が数羽飛ばしても戻ってくることは心情穏やかではいられない状況にあるということを意味していた。



「あまり悠長にしている時間も無い、そろそろ登山口に入るから油断はするなよ」



 今回の作戦を指揮するのはアシュリアだった。姉と一緒の任務でこれが自身にとって初めてのことだったせいか、緊張もしていたし有頂天だったと思う。張り切り過ぎても居たし、力み過ぎてもいた。

 だから何かあれば姉をフォローしようとディアは胸に秘めていた。実力的に言ってしまえばディアに敵う人間は居なかった。だが若さと経験の無さであまり命を賭した任務は与えられない。少数の陣営か特殊な任務の指揮をしていた。それでも女性で齢十五となると前例のない優秀さを見せつける形となった事は事実。姉のアシュリアは魔力こそ妹に劣るが弛まぬ努力と知恵で軍師の才があった。


 アシュリアは妹のディアに置いていかれることが怖かった。思えば国を護ろうと決意して騎士団に入ったのは明らかにアシュリアが先でそれに惹かれて正義感の強かったディアも入団した。魔力の才能が卓越しているディアが昇進するのは時間の問題だった。戦いにおいて魔力が桁違いだったおかげで異国からは魔女となど言われていたらしい。ディアもアシュリアも雷の魔法を使うため雷姉妹ヴォルトシスなどと呼ばれたりもした。だがそれは当時のことであり、後には呼ばれなくなる。

 それは何故か、この氷山で起こった悲劇がそれらを語ってくれるからだ。






 僅か七名という少数精鋭の部隊が氷山プリズマに登頂し始めた。まともな足場などロクに無い為バランスを崩して倒れてしまえば、どこで止まれるのか考えるだけでもゾッとする。全員が全員バカではない、だからこそ事の慎重さと自分たちの命の危うさを理解したうえで挑んでいた。

 雪崩が起こり出してからこの氷山にはいくつかの中継ポイントとして目印の旗を付けていたのだが、今やそれも見る影が無い。



「山頂へ近づけば近づく程に猛吹雪が起こっている……。自然現象としては少し不自然だな」



 山の天気は気まぐれとさえ言われるくらいに天気の変化は激しい。だがその激しい気候がそのままの状態で固定しているのもまたおかしい。



「ディアさん、国境沿いまではここのルートを迂回しないと辿り着けません」



 氷山プリズマはところどころの急斜面が存在する。そういう地点はそのまま無理に進もうとはせず、進行方向に対して斜めに登って行くことが良いとされる。そのため目的の砦までは少々迂回して行かなければ安全に着かないというわけだ。



「いつ雪崩が起こるか分からないから……、なるべく先を急ぎたいけど仕方ないか。私たちは山に詳しくないから君に任せるよ」



「はい! お任せください」



 兵士の一人は山に関するサバイバル知識やルールを熟知している。とりあえずは彼に一任して慎重に登り進める。



「……姉さん」



 ディアが小声でアシュリアの事を呼んだ。他の兵士たちは構わず先を進みだす。



「ディア……どうかした?」



「私は……、私は本当に相応しい存在なのかな」



 昔は正義感に溢れていた。思えば幼少の頃は些事ではあるが多くの事をやらかしてきたものだ。悪事を許すまいと姉妹して近所の悪ガキに挑み、綽々とひれ伏してきた。それがいつの間にか国の為にあろうと騎士団に入った。騎士と兵士が争っているのは今も昔も変わらないが、今回は人員を割いて集めたきわめて特殊な編成だった。

 勝気なディアと責任感が強いアシュリア。この二人は騎士の中でも群を抜いて秀でていた。若輩という声もあってか、民の声援を一際集めその強さを国民は認知し始めていた。類まれなる才能と魔力。次代の王は妹ディアになるのではないかと言われる程だった。



「まあ、十五歳ってのはあまりにも無責任だとは思う、だがそれは数年後の話だ。考える時間はいくらでも」



「どうして姉さんじゃいけないの?」



 言葉を遮りディアは問うた。

 妹のディアは強い。それは正義感が為せる業であり、私はそれを羨む。だが正義感があるのと責任感があるのとでは話が違う。ディアはプレッシャーに強くはない。誰かに期待されることを得意としないし、期待される為に戦っているわけでもない。護りたいものの為に戦っている。

 それに反して私はディアに劣る。だが、国の為ならば私は喜んで妹を次代の王として支えるつもりだった。プレッシャーに弱いディアが国民の期待を誰よりも背負う、挙句国そのものを背負うという覚悟は未だ成熟してはいない。それは若いからだ、とは言うがそれは国民がする期待というには、あまりにも残酷だ。

 重圧の中で妹の性格を変えてしまおうとさえ、国はしているのだ。

 だが私は、



「お前が誰よりも強いからだ」



 姉として私はこんなことしか言えない。誰よりも気持ちを理解してあげるべきなのに、それさえ私は器用にこなせない。



「そう」



 抗っても無駄だという事はディアが一番よく分かっているだろう。それでもディアは誰かを導きたいわけではない、護れればそれでよかったのだ。

 しかしアシュリアは、それとは逆の考えがあった。民を護るということはすなわち導くという道理に直結していると考えていた。自分が護るための人たちが道を逸れれば護りたいものも護れなくなる。だから誰かが道を示してあげなきゃならない。



「だから、姉さんが適任だって言うのにね」



「っ!?」



 心の内を読まれた……っ!?


 アシュリアはディアの方を見る。ディアの発言は時々まるで心を読んでいるかのような雰囲気を醸したものがあり驚かされる。これも姉妹の成せる業なのだろうか……。ディアは頭がわるいわけではない、むしろアシュリアよりも頭がいい。アシュリアの考えていそうなことも汲み取ることだって決して不可能ではない。



「…………っ、姉さん。あれ」



 突如、ディアが進行方向を指差したのでそちらへ目を向けた。

 瓦礫があった。

 しかし、それはほんの一部だけ。バラバラの鉄柵や少しの瓦礫……これだけの量では何の建物だったものかは特定しづらい。



「ディアさん! あちらのほうに何か埋まっています!」



 残骸を見て隊の全員が先ほどまでの和やかな空気を張り詰めさせた。分かってはいた事だが、それ以上に事態はもしかしたら深刻なのかもしれない。

 ディアとアシュリアは急いで埋まっている何かを掘り起こしに向かった。そこでは既に兵士たちが何人か埋まっているものを確かめようと雪を払っていた。地面が雪だったおかげか掘り出すのに体力は要さなかった。



「こ、これは」



 ディアがその埋まっている物を見た瞬間、顔色が変わった。



「今すぐこれを引き上げて!」



 ディアは動揺を隠せず隊の者たちに声を荒々しくさせながら命令する。アシュリアもこの埋められている物に見覚えがあった。だが、にわかには信じ難いものでもある。



「…………」



 ディアの焦る様子を、トウドウは怪訝そうに一瞥しながらもその埋まっているものを他の兵士と持ち上げた。



「ぬっ」



 勢いよく引き上げた。すると持ち上げた物体の脇から鎖が現われ何もなかった横の雪の中からもその鎖が勢いよく姿を出す。そのそしてほぼ真横の数メートル先の地点で鎖はピンと張りつめて止まった。



「何故、こんなことになっているのだ……?」



 持ち上げた物は旗だった。足元の土台部分からは両方ともに鎖が付いており何かと今でも繋がっている。

 その旗は国境を示すための旗だった。



国境線ボーダーラインが下がっているっ!」



 アシュリアは声を大にしてあり得ない事態を差した。



「こんな事って……やはり雪崩が原因でしょうか」



 そもそも氷山プリズマに度重なる雪崩など元々は観測されたことが無かった。そのため旗と鉄柵、鎖を持って境界線を定めていた。一部が壊れることは目を瞑っても全体が下がってくるなど予想すら出来ない。

 誰かが仕組もうとしない限りは。



「おやおや? あなた方はキャルベラン国の兵士では?」



 山の方から数十人が降りてきた。格好は軍隊の様だが、キャルベランにはあのような格好の者は居ない。



「ここはステイシア国の領地となっているぞ。不法入国として罰せられたいか!」



 やはりステイシア軍か。もしここで一戦交えれば、間違いなくこちらの非にされてしまう。だが、次から次へとどうして厄介ごとが絶えないのか。



「ここ数日の雪崩で我々の国境砦との連絡が途絶えたので調査に参っただけです。ですがこれは異常だ。何故、国境線が移動しているのかを我々は調査しなければならない」



「黙れ! 理由など如何様にしたところで貴様らが足を踏み入れているこの地はステイシアの領土だ! どうするかは軍法会議で決めさせてもらう」



 こちらの話など聞く耳を持たない、そんな雰囲気だ。アシュリアも我慢の限界が来ていた。

 そんな中、冷静なのはディアだった。



「失礼ですが、あなた方の後方にある物は我が軍の砦跡ではないでしょうか?」



 言われて気が付くものだが、確かに後方の高い位置にキャルベラン国の国境砦を形作っていたであろう瓦礫がある。



「だからどうしたというのだ?」



「つまりあなた方は『私たちの領土に踏み入り、あの瓦礫を回収した』ということでいいのですね?」



「っ!」



 ディアが言っていることは正しくは無い。恐らくあの高い位置にある部分ももともとキャルベラン側の領地だったはずだ。だが、向こうが境界線に踏み入ったことだけを主張し、国境線が移動している部分には触れて来ない。

 つまりこれは自然になされたものでは無くステイシアが故意に雪崩を起こさせていると見るのが自然だった。



「来るぞ」



 ステイシア軍の十数名は敵意を濃くし、剣を抜いた。



「後ろめたいことがあったようだな」



 アシュリアも剣を抜き、それと同時に仲間の兵も剣を抜いた。

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