1 プリズマ攻略懐疑
ここで一つ、王亡き都市キャルベランの戦時下における状況を整理しようと思う。キャルベラン国は現在、西方に位置する一つの国と戦争をしている。国境線を度々超えてはこちらが臨戦するという態勢が多くみられるが、苦戦を強いられている。兵力に関しては大きな差がないのだが、一つだけ向こうには魔女の加護が付いているということだろうか。
そもそもどうしてこちらから攻めようとしないのか、否攻め入ることが非常にリスクを伴うからだ。西にある国、ステイシア。その手前には氷山プリズマと呼ばれる魔女の棲む山がある。文字通り氷の魔女、とは言っても一応は騎士だ。もともとは山を護るだけの存在だった魔女はステイシアに懐柔され、明確にこちらの敵として一層山に執着するようになった。魔女は恐ろしく強い。山を越えずにステイシア国に踏み入る方法はあるが、道のりは長く兵力が持たない。その上抑止力となっている魔女が単独でその間攻め入ってくればどうなるか。国がステイシアの方に傾くのは一瞬だろう。故にステイシアへ攻め入るには条件が厳しい面が際立つ。
兵力が劣ってきているキャルベランはだからこそなのか、自国の浪費を削減するために禁忌を犯す『召喚』という手に出た。強くあろうとした国の残されたせめてもの抵抗。最後の賭け。しかし、それもまた悪戯に兵を消耗している事には変わりないのだが、現状これを打破する策がキャルベラン国側にはなかった。故に王亡き都市。統率力を削ぎ落されたハリボテの国。
それが我々の宿命というならば、それを受け入れることさえ誇りにしよう。たとえ酔狂な輩だと言われようとも、それもまた愛国心には変わり無いのだ。
キャルベラン城中庭――――、そこには二つの格好をした連中が互いに互いを睨み付けあう形で分かれていた。帷子を施した服装にヘルメットと簡単な充て具を付けているのが兵士、上下共に鎧を身に着けヘルメットを被っていない方が騎士。上位武官と呼ばれる兵士や騎士の中でも優れた者はマントを装着している。大規模な戦争時などには役どころを分ける為に半ば強制的に付けさせられる。そんな上位武官が居ようと連中分かり易くは二手に分かれる。
彼らは対等する位置関係にある、そんな二つの隊が揃うという事は極めて珍しい事態となっていた。数は騎士のほうが劣る、だが個々の強さは兵士よりも騎士のほうが優れているせいで戦力の分布図はほぼ互角に収まるだろう。少し前ならば魔法石という飛躍的な道具のない時代では明らかに騎士の方が優勢だっただろう。騎士は生まれつきの魔力と貴族階級の出生が多い為血の気が多い連中ではないが、どこか情に欠ける部分がある。それに対して兵士は数が多く、統率が簡単ではないが国民からは好感触を持たれるケースが多い。兵士は生まれつきの天才集団である騎士を疎ましく思い、騎士は兵士を見下したがることから対立関係にある。因みに異世界から召喚された者は有無を言わさず兵団へと連行される。
「お、おい! なんだよココは!?」
変わった格好。思えばその格好こそがあちらの世界での普段着ということなのだろうか。アシュリアは連れて来られた男たち十人ばかりを一瞥していた。
「うわっ、スゲェ! 映画の中みてぇ」
連れて来られた人間は様々な反応を見せる。兵士や騎士を不気味がる者も居れば逆に興味津々に近寄ってきてなれなれしくする者、怒り捲し立てる者や恐怖に戦慄する者。喜んだりする者だっている。それぞれの個性が為せるモノなのだろうか。
「それにしても今回はやたらと多いな」
いつもは多くて四、五人くらいだというのに……。事態が事態ともなると召喚する回数も増えるものなのだろうか。
いったい彼らはどこから召喚されてくるのか、アシュリアでさえそれは知らされては居ない。一節だとキャルベラン城内のどこかに大規模な魔方陣が存在するとか、はたまたそれは変わった扉だとか、諸説様々だ。
「お前らは闘うためだけにココに連れて来られた!」
ここでトウドウがいつもの恒例となっている喝を入れる。奴曰く、これがエイガのサツエイとか言うやつと勘違いしてほしくないからだという。トウドウも同じ世界から来た、ということだっただろうから恐らくは向こうの世界にある何かだろう。私はそれについては詳しくは知らない。あちらの世界というものに興味はあった。過去にトウドウから聞いた話に衝撃を受けたからか、よく覚えている。私らが行なっているような争い事はないのだと。全く、とは言わなかったが個々を観察していれば自ずと頷ける部分はある。主に異世界から召喚される者たちの多くが非力だ。争い事も無ければ鍛える力も無い、と言われれば妙に納得してしまう。誰もが望むだろう世界平和、それを成し遂げた異世界。それは酷く妬ましく感じられた。それと同時に平和を手にした異世界の民を手にかけ召喚してくることが、とても傷ましく思ったりもした。
この光景を見るたびに、私は上層の取り決めを覆したくなる。この方法は誰も幸せになれない。誰にも未来を夢見ることができない。想像できないことが私には怖い。
「運の悪い連中だよ……」
今回ばかりは兵士、騎士ともに意見は合致する。何故なら作戦が作戦だからだ。戦争は全員の命を懸けて多くの敵と対峙するが、今度ばかりはそんな生ぬるいことを言っている場合ではない。敵はたった一人、だが最も強大な相手だ。軍隊さえも滅ぼしかねないほどの魔力と武力を有する。
彼女に出会った者は皆口を揃えてこう言う。
『人間でも魔女でも騎士でもない、災害そのものだ』と。
人間が発動できる魔力の許容範囲を軽く超えている。相手取るのは途方もない存在なのだという事を、騎士や兵士は知っている。知らずにいるのはそこにいる十人余りの召喚兵だけ。恐らくは彼らも数合わせに過ぎないのだろう。士気を高める為だけの。
「聞けぇ!! 勇或る隊士たちよ!」
バルコニーから姿を現したのは現キャルベランにおける中枢の者たち。中央に立つのは実質上の国王とされるベランド卿であった。この国に正統な王族がいない現在では実権を有する者が偉いという、国民にとって単純明快な志操を執り行っている。
本来ならばあの場にはアシュリアも同席しておくべきなのだが今回は事情が違うのでこうして兵たちと共に参列することがとても珍しい光景ではあった。
アシュリアは次代の王と謳われるほどの実力と支持を兼ね備えている。畏敬の念を抱かれることは慣れているとは言っても、その態度が過剰な者もやはり少なくは無いのだ。あのヴァラウィルでさえアシュリアに固執するあの態度は度し難いものがあった。そのような輩が増えるのであれば、王などと謳われたくはないと考えはするアシュリアだが逃れることは難しいだろう。
国民の誰しもがアシュリアの努力を知っている。そしてひとつの悲劇があったことも重々承知の上で、それでも民はアシュリアを王にしたいのだ。それは選出ではなく願いによるものだった。
そんなアシュリアがこうして兵士や騎士に混じっていることは良くも悪くも目立っていた。
「今回の作戦は我々の国において歴史に残る戦いとなろう! 西の氷山プリズマ、その先にある敵国ステイシアに我々はいつ如何なる時も苦しい戦いを強いられて今日まで至った。今日は栄えある第一歩を踏み出す日になるだろう!!」
「「うおおおおおお!!!」」
中庭全域に響き渡るほどの歓声。隊の中でちらほらと噂は立っていたのでこの場に居る全員がおおよそ次にいう言葉が想像できた。
「我々は数年の調査でプリズマを、彼の地における災害と呼ばれる氷の魔女! 奴の棲家の発見に至った!!」
予想はしていたことだったが、改めて聞かされた者たちは動揺を隠せない。
氷の魔女というのは逸話だと未だに信じる人も多い。何せそれはプリズマにおける雪崩のことを指すからだ。国境を過ぎた山の中腹ではまるで来る者すべてを拒むような大規模な雪崩が決まって起こる。如何なる理由があれど雪崩を止めることはできない。最初はただの自然現象で説明はついていたのだが度重なる偶然は偶然に非ず。さらには人影があるだのドラゴンの仕業だのと、目撃証言はバラバラ。統一性に合わせて氷の魔女と、その災害は呼ばれるようになったが、それは虚偽だった。
相手は災害ではなく人間、しかも本物の魔女だった。




