幕間 残された者達の決意
「今回の事件。そなたが目を付けていた男が犯人だと考えられているが、どう見解しているつもりか?」
ロージャ宅の全焼、三女セネカの誘拐、脱獄、囮作戦時の建物が謎の全壊、更に行方不明扱いのセネカとリキヤ。
「結局のところ、主謀核はグロートという男になりました。リキヤは誤認逮捕ということもあり罪には訪われないこととなりました。脱獄のほうに関しては方法は未だ分からず、立証の仕様がありません。また、行方不明の件については森周辺を捜索したという話でしたが、本当に宿舎にいたかどうかも怪しいところです」
ベランド、アシュリアがキャルベラン城応接間にて互いの見聞を相互している最中だった。ルティは宿舎に敵の本拠地があることが分かったというだけで、リキヤとは合流できてはいなかった。宿舎にいったい何人の敵が居たのかは分からないが、あそこには大きなクレーターの一つしかもう残ってはいない。リキヤにやられたというグロートの部下二人が森のがけ下で見つかった。生憎と証言は敵側からしか取れていないので信ぴょう性も儚い。
「ところで少し前から気になっていたのだが、そなたは何故リキヤという男を闘技街コルークに収監したのだ? 確かに調査のことは命じたのは私だが」
アシュリアは何れ聞かれることだろうと思っていた案件をまさかこのタイミングで用いだされるとは思っていなかったので少々言いよどむ。
あの時ディアを救おうと必死になって戦った男。意識は乗っ取られていたという話だったが……。にわかに信用し難いアキラという男の話も頷ける部分があったのでそれを実行した。聞いた事のない話だ。本来は一つの生命体は属性魔法を備えられるのは一種類だけだというのに、リキヤの体内の魔力構造が明らかに書き換わった。その結果については誰にも相談できない。ただでさえ反対派に回っていた召喚兵について魔法を使えると、それに属性も変わるなどと吹聴してしまえば、犠牲はどれほど増えていたか。可能性という段階で余分な戦力を割こうなどと、上は考えることだろう。
「…………っ」
しかし、備わりたてで赤子も同然だったリキヤが魔法をこうも自在に使い回し、無意識だったが制御下にあったリキヤという男が、どこか魅力的に見えたのかもしれない。
「あのリキヤという男は、強かったのです」
「なんと?」
ベランドが耳を疑うのも納得はできる。アシュリアは現キャルベランにおいて整合騎士としてトップに位置する者だ。そのような人物が語る強い男、というのが他ならぬ異世界から召喚されてきた雑兵に魅入られたと、そんな事を誰が信じようか。
「そなたは反対していたな、召喚のことについては」
「ええ、どこの誰とも知れない者に、この国の命運を背負わせるのはあまりにも酷だと思いましたし、やはり自分たちのことは自分たちで解決すべきだと思いましたので」
そもそも一つの国家で部隊が分かれていることそれ自体が統率を失っているとアシュリアは考えていた。騎士や兵士などの階級に分かれてしまえば自ずと張り合うのは目に見えていた。確かに王が不在のこの国では誰がハッキリ正しいなど言えるだけの判断材料が国民には無い。領地問題についてもステイシア国が我が国に攻め入る頻度はここ数年で増してきている。こちらも兵を増やさなければいけない事は承知していたが、ここまで残酷な方法を選択せざるを得ないほどにキャルベランは弱ってきている。思考や判断力にも戦力的にも。
護る信念を持たない者たちと戦場に出たくはない。我々の軍の品位が損なわれるが、一番の理由は悪戯に兵を死なす形にしかならないからだ。不遇の兵が増えればその分、それ以上の不安や憤りが高まり、そうした感情はやがて伝染する。戦時中に裏切りや暴走をされることだってある。隣国と争う以前に、キャルベランはいずれ内側から滅ぶ羽目になるだろう。
目先の欲に眩んだ円卓の老兵、劣った英雄たちの顔ぶれが忌々しくも蘇る。
「今一度問おう、そう申しておったそなたがどのような風の吹き回しでその男をコルークへと収監した?」
「あの男の、あの時の強さに妹を……ディアを重ねてしまったのです」
ベランド卿は僅かに眉根を寄せる。
「それは、全盛期のほうか?」
アシュリアは黙って頷く。脳裏にはあの時の記憶が鮮明に思い出される、どれだけ自我を奪われようと、抗う男の姿が。まるで世界の全てを敵に回してでも、護ろうとしたあの思いが、志が、理想を夢見たのかもしれない。
「その力を信用してコルークへと送りました。恐らくこのことが知れればあの男は私をさぞ恨むでしょうが、それでも先の戦であの男の活躍は良くも悪くも目立ちすぎました事には、処置を致さなければなりませんでした」
上層部の耳にまで届いているかどうか分からないが、一介の奴隷として召喚してきた兵士が最高峰の魔法を顕現していた姿は正に得体のしれない者だったろう。もちろんそんな前例は無かったのであの場に居合わせた者たちは噂こそすれどそれを報告として取り上げるような身を滅ぼす真似はしなかった。それでもあの時、敵味方関係なしに命を奪った対価は払わねばならなかった。
「どちらにせよ当人がいなければそちらの処遇もハッキリしようがあるまい……」
ベランド卿はしばし黙り込む。アシュリアは次に発される言葉を、ただ静かに待った。
「妹君が行方知れずのところ、本当にすまない」
ベランド卿が詫びを入れているのは、恐らくあの事だろう。
「氷の魔女攻略作戦のことでしたら前々から決定していた事なので、仕方のない事です。悲観するのは作戦が成功してからにすると、心に決めました。今のキャルベランで私の役割は小さいものではありません故」
悲しい事に国民の声は自分の方に向いていると自負しているアシュリア。
「すまないな、この期だけは逃してはならんのだ。氷の魔女の住処が分かった今だからこそ奴を落とすことが出来るであろう」
「国民の士気を高める為にも、私は誠意を尽くす限りです」
軽い会釈をするアシュリアにベランド卿は満足気に笑った。
「今回は騎士と兵士、合同の作戦になる。ヴァラウィルが軍を裏切り、クウェイの処置も済んでいない今は不安も多いだろうが、そなたに指揮を頼みたい」
「はっ!」
最敬礼の意を表すアシュリアに迷いは無かった。
その話を聞いている人物が一人。
モニターの光を浴びる黄緑色の髪の毛を肩口まで伸ばした女性、今はラフにTシャツに短パンという比較的動きやすい格好をしている。椅子にあぐらをかいて座り、その会話を黙って聞いていた。
やがて会話が終わると、忌々しげに自分の膝を叩く。
「力哉……、いい加減にしろよ……」
ようやく掴んだっていうのに……元の世界へ帰れると思っていたのに……っ!
ナナミはインカムを外し地面へと振りかぶる、だが途中で制止し静かにそれを机の上へと置く。
闘技街ってところに居ると分かった時からずっと会いたかった。会って訊きたいことや感謝の言葉を、お礼をきちんとしたかった。なのに、なのに接触してみれば事が事で手を貸してみればまた直ぐにいなくなる。
「アタシを一人ぼっちにしないって言ったじゃんかよ、嘘つき」
椅子から立ち上がり、近くのベッドに器用にジャンプをしたナナミは「ばか、あほ、まぬけ」と呟きだした。
唯一自分が頼れると思った相手を失った少女は、ひどく悪態を吐きふて寝をする。
「屋敷の再建、本当に取りやめてよろしいのですか?」
ロージャ家、屋敷は全焼してしまい残ったのはこの別荘だけ。ルティは決定事項を再度確認するべくディアに訊ねる。
「うん、考えたけど屋敷のあったあの土地を売ってこの家の改築費に充てようかなって。そうすればもともと空き部屋が幾つかあったこの別荘でも子どもたちと、あとセネカとリキヤさんも住めるかなって」
ディアは気丈に振る舞ってはいても近くに居る人間ならばその変化には気付ける。端的に言えば、辛そうだった。二人が行方不明となってから既に数日が経過しているが、行方不明になったあの日からあまり眠れてはいないのだろう、ディアは眼の下が少し赤かった。誰も口にはしないが夜中にすすり泣くような声も聞こえてくる。恐らく本人でも意識がないのだろう、それほどに無理をしている姿が、なんとも痛ましい限りだった。
そしてルティはルティで思うところが幾らかあった。目覚めたとき、グロートの遺体が静かに彼の人生の終わりを告げていた。酷く狂わされた人生だったのだろう、それに気付けなかった自分が悔やまれる。彼が何を思って騎士にとどめを刺されたのかは分からずじまいだが、それでも自分が生きてしまっているこの人生で、彼に誇れるような罪の償いをこれから見せていこうと、ルティは秘めたる事を静かに誓い立てた。
「私も、自分自身に決着を付けなければならない……今一度過去と向き合える好機を……あの方に与えていただきました」
誰とも聞こえない様に、ボソリと呟きながら棚の上におかれたギプスを見た。
「ルティさん」
後ろの方から一言、リーンが立ち尽くしたままの背に呼びかける。ルティは少し顔を強張らせてからリーンのほうに向きなおる。
「人の心配をしている場合ですか?」
どうしたということだ。後輩に慰められまいと気を引き締めて向かったというのに、心配そうに声を掛けたリーン本人の表情がもはや目も当てられない、そんな状態にあった。
「お互い、メイド失格ですね」
その言葉をきっかけに泣き崩れだしたリーンの肩をルティはそっと寄せた。自分だけは泣くまいと決めていたのに……。
ルティの瞳から静かに一滴の雫が流れ出た。
「…………」
ディアはその場の空気に耐えられず、外へ出た。
そよ風が潮の香りを巻き込み、少しだけ涙腺を刺激する。誰よりも泣いてはいけないと思ったディアは堪らず走り出そうと踏み出す。しかし、脚にうまく力が入らなかったせいかバランスを崩し、倒れてしまう。
「う……うぅ!」
声を上げてもいい、泣きじゃくってもいい。そう自分に言い聞かせ枷を外そうとしていたディアの前には竜がいた。
「……アパルス」
別荘とは違うもうひとつある建物、竜小屋。そこで飼っている竜の幼体だ。竜と言っても純血ではない亜種と言われる部類なので知力は高けれど、神話に出てくるほどの能力は携わってはいない。
アパルスの瞳は潤んでいた。まるで悲しみを分かち合うかのように、まるで慰めるかのように。
「キュィィィイ――――」
高らかに鳴き声を響かせ、アパルスは羽ばたき空へと飛び立つ。南の海を行き、そこから西へと旋回していく。ディアは静かにそれをただ黙って見つめていた。
そしてアパルスは、いつもは夕時になったら帰ってくるはずだが、その日以降は姿を見せることが無かった。




