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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
3章 異世界指名手配
70/103

33 悲しい決着


「辿り着いたのが王亡き都市キャルベランってわけかい」



「ああ、ベランドってやつが仕組んでたんだ。正しい事の為なら手段を選ばない、それがあの男の本性だったってわけだ」



 ヴァラウィルは淡々と声を漏らす。そもそもキャルベランには二つの対立が為されている現状ではベランド派とクウェイ派が存在する。ヴァラウィルがクウェイ派である以上、ベランドの人波を知れたのは吉報だったかもしれない。



 クウェイのやつにいい土産話を聞かせてやれるな。



 自然と口角が上がる。それに応じてか、グロートの表情も柔らかいものとなっている。ヴァラウィルの知るところでは確かにベランド側もクウェイ側も裏があるように思える。



「親の仇がそこで気を失っているメイドさんのことを指すのなら、いつでも彼女を殺す機会なんてあった筈だ。それなのにどうして君はそれをしなかった?」



 グロートは「はっ」と鼻で嗤う。



「竜の力が欲しかったからだ。魔力無しの異世界人ならどれだけ実験台にしたところで悲しむ者もいないからな、俺は軍隊が欲しかった。親の仇なんて二の次だったんだよ」



「親の仇が二の次って言う話は本当だろう。でも君は気付いていないのかもしれないけれど、いや気付いている筈なんだよ。君はただ自分に嘘を吐いているだけなんだ」



 眉間にしわを寄せヴァラウィルをキッと睨み付ける。



「話が見えない、いったい何のことを言っているんだ?」



「それは恋だ」



 ヴァラウィルはぴしゃりと言い放った。


 愛してやまない家族が殺され、住むところも失った。そんな中で犯人と出会ってやっとの思いでとった行動が致命傷には絶対にならない箇所に刃を突き立てることくらい。



「君が彼女を指したのは、彼女との繋がりを絶ちたくなかったからだ。その場で殺してしまえば関係が終わる、反撃されて殺されても関係が終わる、だから君は賭けに出たんじゃないのか? あくまで親の仇として彼女を再び探し出すという目的を」



「違う! 俺はあの女が憎くてたまらないっ! 俺から何もかもを奪い去ったアイツを俺は許さないっ―――、だから殺すと決めたんだ」



「口先ばかりだ、肝心の行動には出来ない君には勝てないさ。彼女にも私にもね」



 違う、違う違う違うッ!!

 そんなはずはない、そんなことはない! 俺は、俺はあの女が、罪の執行者エンフォース・ギルティが憎くて仕方ない筈なんだ。


 グロートは苦し紛れに型を捨て、挑んできた。ヴァラウィルは左の籠手で剣の鎬を弾き右手に構えた剣で容赦なくグロートの腹に突き刺す。

 倒れていく最中、グロートの視線は虚ろになりながらも脳裏をかすめる記憶。


 そう、初めは憎むべき対象だったんだ。姿を捉えてから、同い年の女の子だなんて予想だに出来ていなかったから戸惑いはした。俺はそんな彼女を同等の存在、いやそれ以上の畏怖すべき対象で見ていたのに向こうはまるで違った。まるで大人と子供のような距離感が遺失感に更に上乗せされ、余計に惨めに感じた。本当はただ振り向いてほしかっただけかもしれないし、本当に殺してやりたいと思っていたかもしれない。


 調べれば調べるほど、彼女の周りには情報が無かった。それは意図的に証拠隠滅を図られていると知った時は流石にもう調べるのを辞めようかととぐろを巻いて逃げようとさえしていた。それでも雲をつかむような途方もない情報収集のなかである事実を掴む。

 一つは、殺し屋だという話だった。彼女はそこに属していて大金を払えば並大抵の仕事は数日で終わらせてしまうと勝手のいい話。

 もう一つは、彼女には明確な名前が無いという事だ。罪を背負った人への報復を催促するかのように咎人を罰する。罪の執行者というのが彼女に与えられた唯一にして絶対の称号であり、またそれが名前でもあった。彼女の出生については誰も知らない。幼いころに殺し屋に拾われ育てられたということしか分からない。




 しかし、ある孤児院に潜入したことを機に彼女は殺し屋業界から足を洗った。それからはまるで罪滅ぼしをするように、罪を罪で洗い流していただけの存在でしかなかった彼女は、『ルティ』という名前を手にして生活を始めたこと。当時、キャルベランに対して復讐しようと街中に潜んでいた俺はそのとき偶然にもそのルティを見つけた。背が伸びても変わりはしない栗色の髪の毛、幼さを残しつつも大人びた顔立ちは周りに行き交う人々をきちんとした眼差しで見ていた。

 俺には一切見せることが無かったその眼差しを、何の関係もないやつらに愛想として振る舞っている姿には思わず腹を立てた。まるで俺の復讐心が何もなされないと言われているようで、胸が痛かった。そして俺が付けた傷を隠す為か、いつも脚を隠す様な服装ばかり身に纏っていた。それをみても胸が痛かった。





「それは間違いなく恋さ」



 鮮血に染まった剣を投げ捨て、倒れるグロートに近寄る。



「そんな恋が、あってたまるかよ」



「そうかい? 私はアシュリア様のことが大好きだ。大好きで大好きで仕方がないよ、それでも殺したいんだよ。彼女を」



 ヴァラウィルにとってはこれが恋だと、これこそが誰かを愛しいと思える感情だと信じてやまない。故に彼はあくまでも自分という存在に嘘がつけない性分であり、はき違えた感情だという事も気付けない。狂った愛情表現というのはどの時代でも必ず存在しているものだ。

 グロートはヴァラウィルの幸悦に浸る表情に悍ましさを感じつつも、「はっ」と小さく笑った。



「成る程ね、敵わないわけだ」



 互いに狂っている、その中でもヴァラウィルは常軌を逸しているというわけだ。



「そうか、俺はあいつが――、ルティが好きだったってわけか」



 グロートにとってはどこか自分の中で好きになってはいけないと無自覚で釘を刺していたのだ。あんな事件が無ければ、ましてや出会ってさえいなければ彼女に恋をすることは無かった。彼女が両親を殺していなくて、どこかの街で偶然出会っていれば、グロートにとってより刺激的な日々が始まっていて復讐心なんて虚空に消えてしまっていたかもしれない。

 恥ずかしさから今まで称号でしか呼べなかった名を口にしたグロートは静かに息を引き取った。


 風が吹いている、今までもずっと吹いていたのだが改めて感じてみる。ヴァラウィルは小さく息を吐いた。それは昂って箍が外れそうな自制心を抑えつけることを余儀なくされた。



「彼に敬意を表すならば、今ここで自我を保たなければいけない」



 冷や汗がドッと全身から噴き出た。しかしそれは滾ってしまった身体中の熱を冷ましてくれる手立てにもなった。



「はぁ、はぁ」



 乱れた呼吸を整えながら再びグロートの顔を覗き込む。



「私も……こんな幸せな顔で死ねるのかな」



 悲哀に満ちた表情でヴァラウィルは歩き始める。それは彼がもともとこんな辺境に来た理由が、目的がその先にあったからだ。



「リキヤ君は、この先の筈だ。誰にも殺させない」



 剣を鞘に納め、未だに気を失っているルティを見て、周りを見渡す。彼女はいずれ目を覚ますだろう、傷口を内部から焼いたので治癒魔法さえ誰かが掛ければ傷口は残らないだろう。彼女には彼女の人生があって、何かしらの理由を持って生きている。ましてや自分がこよなく愛するアシュリア様のところのメイドだ。

 そうだ、殺さない理由はそれだけでいい。殺したい相手は二人居て、理由はまったくの間反対なのだ。

 愛するアシュリア様を殺したい、自分の手中で終わらせたい。

 そんな彼女の魔法を穢して、彼女との仲を邪魔したアイツを殺したい。




「私が鄭重に切り刻んで焼き払って跡形もなく殺す」











 目を開けると左手の痛みが幾分かはマシになった気がしないでもない。自分はまだ死んでいない。左手の痛みだけがそれを証明しているように痺れていた。リキヤに留めを指そうとしていた男が居なくなっていた。



「何が起きたんだ」



 呟いてみるが誰も答えようとしてくれない。その空間に居合わせているのはリキヤと先ほど倒したグロートの仲間たち。では最後に残ったもう一人の男はどこへ消えたのか、答えは簡単だった。

 よく見ると男が着ていた服と剣が落ちていた。最後に剣を振り下ろそうとした位置と変わらない場所にこれがあるということはどういう事か。落ちている服の先端が真っ赤に染まっていた。服が何かに引き寄せられるように床に落ちているその先は真っ赤だった。暗いので良く見えないが、目を凝らして見てみると――――。

 っ!?



「うっ……おぇ」



 突如としてこみ上げてくる吐き気、リキヤは堪らず喉奥まで昇っていた物を全て吐き出す。よろめきながら立ち上がり急いでその場から離れた。机の上に置いてあったグラスと酒のボトル。ボトルの方を手に取りそれを口に含む。口の中を濯いで吐き出したリキヤはフラフラと歩き出した。



「俺がやったのか?」



 気絶していて分からないが、他に誰かが自分を助けに来てあんな行為をしていたとしても何故今この場に居ないのかという疑問が残る。

 先ほどまで閉ざされていた筈のドアが開いていた。リキヤは驚き慌てて中へ入る。もしかして自分が気絶している間にセネカが連れ出された可能性だってある。そうなってしまってはいつまでも犯人扱いのままで、ディアさんやルティさんにも会わせる顔が無くなる。そして何よりもセネカがあの状態ではどうなってしまうか分かったものじゃない。

 そして中に突入すると一度来た時とは明らかに変わった点がいくつかあった。

 先ほど味わった血生臭さがココに来てより一層濃くなった。灯りが点いていないおかげでその恐らく惨状とも呼べる光景を見ずに済んでいるのは幸か不幸か。



「せ、セネカ?」



 恐る恐る名を呼んでみる、しかし反応はない。そこに生きている人がいるのかさえ分からない。グロートが座っていたソファは中のバネやスポンジが飛び出ており、部屋の中にある木箱など跡形すらなかった。

 リキヤの眼が暗い部屋にも慣れてセネカが囚われていた奥へとゆっくり歩く。

 どうにもいい予感はしなかった。ここまで鉄錆のような臭いを感じたこともないリキヤは鼻が曲がりそうという表現を今なら理解できると、そう感じざるを得ない酷く澱んだ内気だった。鼻孔がジンジンと痛みを訴えながら僅かに口で呼吸をする。

 気分がどうにもよくない。一つだけ言えることはこの空気に慣れてしまったらもう普通の人間には戻れないかもしれないという事だった。

 殺しあわなければ生き残れない世界。一日を生きるのさえ精一杯な人たちがこの世界には多い。リキヤはそんな人たちと自分にどこかで境界線を作って蔑視していたかもしれない。俺には全く関係のないことだ、そう思う事で現実逃避をしていたつもりなのかもしれない。

 実際は俺も生きるのに必死になっている。ただ勉強をするだけの毎日とは違う、いつだって一発本番のようなギリギリの世界で生きている。ソレが命のやりとりだとやっと知った。今は自分の命の惜しさが分かる。痛みも重みも、強みも。

 それを証明するために俺は動く。理解を得ようとしているわけではないがそう見られても仕方がないのかもしれない。手を伸ばしている相手にとってやらないなんて最低野郎のすることはしない。底辺かもしれないが最低ではない。

 だから俺は目の前に助けを求めているドラゴンを、セネカ・ロージャを救う。



「セネカ、帰ろう」



 ドラゴンは酷く怯えていた。自分に近寄るなと、そう瞳がリキヤに呼びかけている様だった。



「悪いけど『自分が人間ではない』とかそういう後ろめたいこと考えていようが関係ない。俺はお前を連れて帰る。そういう約束をいろんな人としてしまったからだ」



 もちろんその中にはセネカ本人も含まれている。



「約束は守ろうぜ、どんな事情があっても帰る家があるなら帰るべきだ」



 そう言ってセネカに近寄ろうとするが、途端に警戒心を露わにしたセネカの長い尻尾がリキヤのすぐ隣の床を叩き割る。

 警告している、近づくなと。

 少し周りを見渡せば分かる。先ほどよりも鮮明に部屋の中にある物を見れるようになったリキヤは見てみぬふりをしていた血生臭い正体に意識を向けた。

 服、装備品や魔法石が幾つか入った麻袋、そして形状は少しだけ保たれている骨とそこに付着する肉塊。

 これ以上意識するとまた嘔吐感に見舞われてしまうため、視線ごとセネカに戻す。



「俺を助けてくれたんだよな?」



 リキヤにとどめを刺そうとしていた最後の男、あの男と恐らくは死因が同等であろうこの部屋の肉塊たち。一体何人分の死体だったのか、考えるだけでも恐ろしいが、衣服を見ればすぐに結果は知れた。



「あいつら」



 俺と同じ境遇にいた数少ない同胞……。同じ元の世界から召喚された人たちが着ていたものばかりだった。



「実験ってまさかこの事だった、かもな」



 今は誰にだって問い詰めることは出来ない。この惨状はセネカがやったかもしれないし、こいつらの自爆行為かもしれない。

 けど、俺がセネカの味方なのは変わるはずがないものだ。だから俺は恐くない。怯えているセネカも、周りで死んだ奴らの様になろうが、恐れるものはない。



「なあ、セネカ」



 今ならこんな小生意気で恨めしかったセネカの気持ちが分かる。俺と同じで二度近く絶望したっていうのなら、俺らはきっと似た者同士だからだ。



「俺は父さんと母さんと三人で暮らしていたけどさ、実際は一人だったんだ」



 セネカの警戒が弱まったのをリキヤは見逃さなかった。



「母さんは子供が産まれづらい体質でな、何度か流産したことがあるらしくて……その度に心が衰弱して自殺まで考えていたらしいんだ。父さんもそんな生活に耐えられなくて離婚とか考えてたらしいけれどそれでも母さんが好きで踏みとどまった」



 リキヤはセネカの目の高さまでしゃがみ込み自分を指差して笑った。



「そんな絶望の中で産まれたのが俺ってわけだ」



 両親にとっては正に神の救いのような存在が俺だったかもしれない。何事も俺の身を按じてくれる両親は大好きだった。それまでだったなら、絵本や漫画の世界ならそれでハッピーエンドでお終いだっただろう。俺だってソレを願っていたくらいだ。



「そんな両親を俺は嫌ってしまったんだ」



 だからこの世界に召喚されたのは神様からの天罰だと、そう思ってしまう。

 リキヤの笑顔は酷く悲しみに蝕まれていた。どうしてだかそんなリキヤを見ては居られなかった。セネカの今の状態は、人の言葉こそ発することができないが、話をしている内容は理解できる。今ここでリキヤを抱きしめ、掴まなければどこか遠くへ行ってしまうような気がした。だけど触れることはできない。そこの人たちのようになってしまっては、それがたまらなく恐ろしい。

 リキヤは変わらず続ける。



「俺の中身なんて、両親は見てくれなかった。どんなに醜い性格だろうと、どんな趣味や好きな食べ物があろうと、あの人たちには関係ないんだ。俺という存在そのものが大事なんだから」



 それは育てられる、というよりは大事に扱っているだけの物のような錯覚をしてしまった。

 俺のそんな痛みを最初に分かってくれたのは雹華だった。想えば何も考えてない様で、すぐ何かに気付く洞察力だけは長けてたような記憶もある。



「俺には今、帰る家がない。けれどお前は帰れるんだ、勝手に戻れないなんて決めつけてここで尻込みをしている理由なんてないだろ。お前の家族は確かにお前を捜しているんだ。そこで打ち明けるも打ち明けないもいいだろう。俺はお前のその姿を誰かに喋って自慢したところで自慢する相手がいないからな」



 リキヤは立ちあがってセネカを抱きしめた。



「グァ!!」



 セネカは声を上げると同時に暴れ出した。リキヤの身体は雷に打たれたかのように熱を感じセネカを抱きしめている部分が蕩けるような感覚さえあった。まさかセネカに触るとこのような現象が本人の意思とは関係なく発生するのだろうか。ソレが原因であいつらは実験台にされたかもしれない。もしくはセネカを懐柔しようとする意志が順応してか、さきほどからセネカの魔力が俺に流れ込んでくるのが分かる。空っぽの俺の中に、セネカの魔力が注がれていく。その魔力がとてつもなく体が弾けてしまいそうになる。体の節々が痛みを覚える。



「俺を信じろ!」



 リキヤとセネカの体が発光し始める、電界に刺激を与えだすかのように粒子が膨張し始める。発光体からの電撃は止まらずやがて雷の塊は部屋全体を包み込んだ。






 膨大なエネルギーに魔力感知できた者はアシュリア、ヴァラウィル、ジョン、ヴィヴィアンヌ、アキラ。練度な魔力に長けた者ばかりが事態に気付けた。

 そのエネルギーが暴発した瞬間を。

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