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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
1章 異世界召喚兵
7/103

7 蛮行に及ぶも

 力哉は笑った。不敵に、そして狂おしく高笑いをした。

 周りの張り詰めた空気が一層強まる。誰もが心の内に思った、とうとう精神を病んだのだ、と。だが力哉は笑うことをやめなかった。それどころか、後続部隊に聞こえるほどに声を更に張り上げた。


「おい! 五月蝿いぞ、黙って歩け!!」


 監視役が力哉に近づく。その直後、笑い声は一瞬にして治まった。そして艶やかな表情で力哉は近づいた監視役を見た。

 なんでこいつは笑っている!?

 悍ましさから監視役の背筋に寒気が奔る。これから戦争をしに行く奴が、ただの捨て駒でしかない先陣部隊に割り当てられたばかりの新顔がするような顔ではない。


「お前らは俺の事を頭が可笑しいみたいに思っているかもしれないけどな、俺にとっちゃ頭が可笑しいのはココにいる全員だ。なんで死にに行くためだけに俺達を配属させる? 俺達にそもそも武装がいるか? その作戦を鵜呑みにしておいて、誰も抵抗しない前列も前列だ。戦争なんていつ誰が死ぬか分からないんだろ。じゃあ、誰が生き残るかもわからないわけだよな? 俺はこの作戦、何か別の目的があるんじゃねえかって思ってるけどな」


 もちろん口から出た出まかせに過ぎない。それを裏付ける確証も何もない。ただ悪戯に兵を消費している事を楽しんでいる連中かもしれない。何も事情を知らないからこそ、妥協点を探れるかもしれない。

 勝つために狂って魅せる。


「おい、あの雑兵は?」


 後続に他とは明らかに違う武装を纏った、細身の剣士が団長に訊ねた。


「先日、召喚された亜人に御座います。少しは戦力なるやと思い配属させましたが、耳に痛いことばかりをほざいております故、ただいま処分いたします」


「いや、放っておいても害はなかろう。ここで戦力を削ぐのも得策ではない。好きに吠えさせておけ」


「はっ」


 再び力哉の方へと目を細める剣士は、口元を僅かに緩ませた。

 力哉の視線の先に、それは居た。

 数多くの人間がこちらの到着を待っていた、数で言えば勝るとも劣らない、恐らくは実力で決着の有無がつくであろうこの戦い。しっとりとした風に額を汗で滲ませながら力哉は静かに前方の敵を見た。

 ローブを纏っている者が後続に控えていた。一目で力哉はそれが魔法を使う者たちであることを理解した。手前を順に弓使い、先方はこちらと変わらない装備をした剣使い、槍使い、近接戦闘を得意とした連中。

 まごうことない正しい配置の仕方だった。こちらの部隊が全滅しても不思議ではない、力哉はこの中で生き残れる自信は無かった。ディアの言葉を噛締めて、逃げることだって出来る、でもそれじゃ彼女たちと二度と会えない事を意味している。


「前列部隊同士での戦いは恐らくこちらが有利、つまりは後ろの弓矢と魔法をどうにかできれば、『囮』を使わずとも勝てる見込みがある」


 そう考えると、返って自分が先陣に居てよかったと、息を漏らす。

 戦局を変えられるのはなんにせよ、ココだけなんだ。


「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」


 敵側による合図があったのか、敵陣がこちらに向かって走ってくる。


「迎え撃てえええええ!!」


 団長の雄叫びとともに先陣部隊が前に出る。一人出遅れた力哉は焙れないようについて行く。

 先行した部隊の戦力差ではこちらの方がやや圧倒していた。人数が多いおかげで、多対一という戦法が提示できたおかげでこちら側が有利に思えた。しかし、それは一時の優越心を揺さぶった油断を生じることになった。退いていく部隊を追い打ちしようとした結果、その射程内に入ってしまったのだ。自分と同じ格好をした人間が雨のように降ってくる矢の餌食になった。もし彼らと先行していたらどうなっていたか、力哉は足が震えた。一歩間違えば自分もああなっていたんじゃないか。

 迂闊に近寄れない味方軍は敵軍に少しずつであるが圧倒されていた。遠距離での支援があるのとないのでは精神的な安堵が全くといっていいほど変わってくる。余裕のない味方軍は判断力が次第に鈍っていく。弓矢部隊も徐々に近づいてきており、戦場地としていた荒野の半分まで追い返されていた。


「このままじゃ、囮作戦を使われてしまう……」


 現に力哉が寝泊まりしていた建物がある森の近くまで迫っている、準備が整えばすぐにでも作戦が実行されてしまうだろう。


「は――はは、ははははははははは!!」


 突然だが人間がゾンビや幽霊のような類を恐怖する理由をご存じだろうか。

 人に食らいついたり襲ったりするから、一番の理由はそうだ。だけど、それを知らない状態では一体どの部分に恐怖する? 答えは簡単、人間らしからぬ奇行だ。うめき声を上げながら、足を引きずりながらゆっくりと近づいてくる。それがゾンビじゃなくても人はその姿に不安を抱く。

 何を考えているか分からない。たったそれだけで人は人を疑い、争いを産む。それが突発的であればどうなる? すぐにでも排除しようとするか? いや、違う。それに一瞬、気をとられる筈だ。

 向こうが気付いた時には、既に後方には一人の兵士が走り抜けていた。

 それは偶発的な行動でしか無かった。だが、それでも隙を付ければそれでいい。

 何故、自分がこんな事をしなくてはいけないのだろうか。ただ、幸せな生活を送りたいと夢見ていただけのこんな自分が何か悪かったのだろうか。こんな目にあって、こんなに死にそうになって、どうしてそれでも走っているのだろうか。怖かったら逃げることだって可能なはずだった。武器を捨て、森の中へと逃げればその後はなんとか生きていけたかもしれない。今からでもそれは遅くはない。敵は自分の後ろに居る。前にいる弓部隊もまだ狙いを定め終えてはいない。今から軌道を変えてあの茂みに向かって駆け出せば確実に目の前の死からは逃れられる。

 でも出来ない。それはどうしてか?

 だって俺しか、今ここにいる俺だけしか、アイツらのピンチを知らないから。ディアやアキラの仲間と共に死ぬという、俺なんかよりもよっぽど格好いいアイツらの覚悟が、俺を前に進ませているから。

 たった二日だけしか語っていない他人の為に、なんでそこまで命を張れるのだろうか。異世界に来て心細かった力哉にとって初めて心が通った連中だから、かもしれない。ディアのことが可愛かったから、かもしれない。あるいは助けた子ども達のその後が知りたかったから、理由なんてどうだっていい。


「俺を召喚した奴をぶっ殺す!! そして、俺をこんな目に遭わせている奴らもぶっ殺す!! そんで、救いたい奴らを救う!!!」


 先ほどの雨粒のような矢が、力哉目掛けて降りそそいだ。まともに避けれる筈がない、そう思いつつも速度を緩めない力哉の目線の先に死体が転がっていた。力哉は倒れ込むように転がっていた死体を自分の位置と入れ替えた。容赦ない矢先が死体を串刺しにする。


「ごめんな」


 そう言って矢が治まったと同時に死体から這い出る。その時敵部隊が持っていた盾と剣を発見し、それを自分の持っていた槍と入れ替えた。


「ほう、あの吠えていた男か。面白いことをしているな」


 細身の剣士が双眼鏡で力哉の蛮行を見ていた。


「むぅ、部の配列を乱しおってぇ……」


 団長が継いで力哉の姿を捉える。


「……あのままだと死ぬな。あの男」


 そして理不尽な一言が発せられる。


「全軍後退しろ!! 囮まで引きつける」


 それは力哉にとって終わりを迎える合図だった。

 力哉はそれには気付くはずもなく、ただ一人弓部隊に突っ込んでいく。


「っらああ!!」


 人生で剣など扱ったこともない力哉が、昨日のちょっとした訓練が役に立つことを祈り走っていく。昨日今日で殺し合いを出来る筈もない、そんな考えはとっくに捨てていた。

 近接に弓矢は驚くほど向いていない、返って弓が装備者の行動を妨げていた。そこに相手の肩口から剣を振り下ろす。

 だが、初心者である力哉の一閃は相手の肩骨が邪魔で綺麗に斬ることは出来なかった。挙句の果てに引っかかってしまい剣を手放した力哉は盾のみ手元に残っていた。


「クソッ」


 弓使いを蹴り飛ばした。勢いで後続の弓使いも態勢が崩れ、遠距離という支援を無力化することに成功した。

 その隙を先陣部隊は逃さなかった。後退から一気に攻め入り、敵軍の先鋭へと猛攻。一気に押し返されていく。

 よし、これなら


「いけ……る」


 全身から力が抜けていく。まるで眠気に襲われるような安らかな気持ちになっていく。ぼやけていく視界の中で、力哉は垣間見た。

 ローブを被った者たちと、その手から放たれる光の剛球に……。


「あ」


 後方へと吹っ飛ぶ感覚を味わった。痛みがあとからジワリと浮かび上がってくる。地面に投げ出され痛みが全身に迸るまで瞬間の出来事だった。


「あ……ぎっ…………」


 諦めてたまるか。

 地面を這いつくばり、前へと進む。ふと、他の部隊がどうなっているのかと後方を向いた力哉は絶望感を味わった。

 先陣部隊、力哉がさきほどまで居た場所は敵の弓部隊によりほぼ壊滅状態だった。それもそのはずだ。前衛の武器は槍のみ、装備も軽装で動きやすさが重視されている。だから力哉はあの時、敵から奪った盾のおかげで前へ進むことが出来た。しかし、態勢を取り戻した敵部隊は矢の追撃を再び繰り出していた。そして何より、その状況に追い込んだのは味方軍だった。

 味方先陣の後ろには、他の部隊が居なかったのだ。本来ならば、ここで攻め入る絶好の好機だったはず。それなのに引き返した理由など、一つしか心当たりが無かった。


「『囮』を、つか……う気、か」


 次第に動きが鈍くなっていく。それは魔法部隊に近づけば近づく程に増していく。なにが起こっているのか、何を起こそうとしているのか、ローブで相手側の表情も伺えなくなっていく力哉は絶望した。

 誰も救えない、自分もこのまま死んでしまう。


「ひょう、か」


 元の世界に帰ったら告白しよう。それで返事をもらえたら、一緒に暮らし始めよう。大丈夫、そのための努力はしてきたし、勉強だって力を入れた。

 あとは勇気だけ、それだけだったんだ。なのに……、


「死にたくね…………」


 力哉の眼から光沢が失われた。





「これより『囮』作戦を実行する!!」


 ディアたちに危機が迫りつつあった。


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