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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
3章 異世界指名手配
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32 無力な少年の話

 ――――――十一年前。



 とある町の富豪にはよくない噂が漂っていた。

 表向きは真っ当な商家であったその富豪はあまり周囲からの風当たりがよろしくはなかった。自分より下だと判断する人間には口すら利こうとしないほど、人間関係を徹底していた。特別に貧困だとか、富裕な町というわけでもないところに豪邸を建てたのも人間関係をハッキリさせてやろうという見立てがあったからだと聞いた。そしてそれは周知しているわけで町民からは好意にされてはいなかった。


 一度外に出てみれば、俺は周りから腫れ物扱い。それがたまらなく嫌だったが両親は「あのような輩とは住む世界が違うんだ、下等な奴らが群れて私らを疎ましく思っているだけだよ」と、それだけしか言わなかった。もちろん両親のことが大好きだった俺はそう思って生きることにしたのだ。


 物心がついてある時、不思議に思ったことがあった。そこまで恨まれているのにただの一度も被害を受けたことはないということだ。否、暴動に出たくても出られなかったのだ。

 それが黒い噂の要因ともいうべきか。商家とは言うが中身は武器の違法取引だという話だった。後ろ盾が恐ろしかったのだ。目に見えない恐怖という圧力が壮観とした屋敷からにじみ出ている様だったのだろう。その町では優に神様を名乗ってみようが誰もが伏していくばかりだった。



「俺の両親は凄いんだ」



 子供ながらひねくれた育ち方をしたことだけは環境が適さなかったことが痛い部分ともいうべきだが親が親なら子も子、どんなことがあっても両親の味方でいることには変わりないのだから。

 それにいくらか物騒な町に変わってしまっただけで、経済というのはむしろ上昇していたのもまた事実。いくら平和を願っていても戦争が無くならないこの時代では物流が滞った町が生き残る可能性はゼロに等しい。実状的に俺の両親が、町を救っていたという事になる。だから町民も本気で一家を恨みは出来なかったのだ。







 なのに、予想だにしていなかった裕福な俺の生活は轟音と共に跡形もなく消されていった。


 それは突然にして仕組まれていた。

 武器の交渉に来るお客様が来ている間は日中、俺は外で遊ぶように命じられる。それは子どもを前にしてするにはあまりに気持ち良くは無く、残酷な話だということは理解していたので俺も大人しく外で遊ぶことにしていた。ただ、腫れ物扱いをうける俺と遊んでくれる人なんて、誰も居なかった。同世代の子ども達ともあまり面識がない。



「おじさん、今日も稽古付けてくれよ」



 屋敷のほうに度々来るお得意様の懐刀だという若年の男。俺が彼に声を掛けると決まったように顔を顰める。



「何度も言わせるなって、俺はまだお兄さんって歳なんだから……それといい加減に名前を憶えてくれてもいいんじゃないか?」



「んー、じゃあギッシュ」



 名前を呼ばれはしたが、呼び捨てだったことに聞き捨てならないのか、ギッシュはさらに顔を訝しめる。



「はぁー、それが剣技を学ぼうとする未来の華やかしい少年の態度とはねー」



 やぶさかではないが、それでも子ども相手に本気にはなろうとはしない、どこか他の傭兵とは変わった性格をしていた。食えない男、だった。



「それにしても商家の子息なのに剣を習いたいだなんて変わった思想を持ってるんだなー」



「ギッシュこそ。俺が言うのもなんだけどこんなクソ生意気なガキを相手にしてくれるやつなんてアンタくらいだぜ。主の警備も怠っちゃってさ」



 木刀を両手に持ち問答無用で掛かってくる俺を手刀であしらいながらギッシュは「ははは」と力の抜けた笑いをする。



「俺のほかにもたくさんのならず者を雇ってるからな、いざって時じゃないと俺はお呼ばれしないのさ」



 ギッシュはチラと屋敷の方を見るが、特に変わった様子も見受けられない。

 そもそもどうして商家の俺が剣を習うのか。残念だが今の俺の頭じゃ、両親のやっている仕事の中身を知ることは出来てもソレを理解して手伝う事は難しい。ならば子どもは子どもらしく体を動かすという目的を別の過程で行っているだけなのだ。



「稽古もいいけどなぁ、実際は命と命のやりとりをするんだからその時が来て動けなくなるってのはしょっちゅうあるからな? そんな状況になっても師範が悪かっただなんて吹聴しないでくれよ」



 ギッシュはいつだってそうだ、自分の強さなんて考えたことのない無頓着な性格をしているので流浪人かと思われてしまう。普通に考えれば傭兵など依頼主を護らなければならない立場の人間は余所へ来てしまうと言わずと警戒心めいたモノを見せつけてくるので本来は近寄りがたい。というよりは近付けば怪しまれてしまうというのが関の山だ。だが、ギッシュだけはそんな人を寄せ付けないような雰囲気は一切出していなかった。本人曰く、そんなオーラみたいなもんが出せたらそれだけで生きていけるだろうよ、と何故か広地で爆笑。



「ほら、そこで脚の軸が逆になるからバランスを崩しやすいんだ。頭で考えるんじゃなくて感覚で習得してほしいもんだが」



 そう言いながら俺の木刀を弾き飛ばす、この光景ももう何度目だろうか。負けることに慣れてしまっては駄目なんだろうが、負けすぎて最早それすら麻痺していた。



「まあ、子どもの内から命の奪い合いなんてやらせるようなさもしい大人たちは居ないからいいもんさ」



 弾いた手をぶらぶらとほぐしながらギッシュは川の近くに座る。落ちた木刀を拾い上げてギッシュに滲み寄る。

 油断しきっている今なら日頃の恨みも返せるかもしれないと俺は腕を振るった。



「え?」



 確かに捉えた筈のギッシュの背中がいつの間にか宙を回転していた。いや、回転していたのは俺自身だった。そのまま川の中に突っ込み、思いっきり鼻と口に水が入って鼻頭が熱くなる。



「浅い川も深く渡れってな」



 せめてもの救いはこの川の水がとても澄んでいるということか。田舎の誇るべき部分に初めて救われた気分になる。川から上がり器官に入った水をなんとか出そうと試みるが違和感が残る。



「どうしてそんなに強くなろうとするんだ? 少しずつでも数年後には立派なもんになってるだろうに」



 再び腰かけるギッシュの姿に俺は憤慨しかけたが、これ以上は敵う筈がないと諦めてギッシュの隣に座る。



「俺の父さんや母さんって、多分いろんな人から恨みを買ってると思う。町の人たちからじゃなく取引とかにおいても、多分お互い腹の中を探ってるだけだとは思いたいけど今の状態じゃ維持ができないはず。だから俺が強くなって護るんだ」



「……殊勝なことで」



 ギッシュの表情はどこか物憂げに俺の方へ微笑みかけていた。



「だからさ、暇な時でいいからまた稽古を付けてくれよ、いや下さい」



 徐に立ち上がり、頭を下げた俺の行動にギッシュはきっと驚きを隠せなかっただろう。案の定、俺が顔を上げるとその空いた口が塞がっていないことが分かる。



「えっと、ああ……そうだな」



 それが肯定か否定か判断がつかなかったけれど、それでも駄目とは言わないのがギッシュという男の性だったかもしれない。

 しばらく休んでいると、遠くの町民が慌てている姿が目に留まった。まるでどこかへ避難している様だったので数歩近寄ってみる。



「屋敷が燃えてるぞっ! 早く逃げろ!!」



 街の向こう側、グロートの住んでいる屋敷がある方向から火の手が立ち上っていた。



「うそだ」



 俺は何のためらいも無く走り出した。



「行くなっ!」



 俺の後ろで叫ぶギッシュの制止を振り払うようにして、俺はひたすらに走る。



「すまないなグロート、こんな形の別れになって」








「父さん……っ、母さん!」



 逃げ惑う住人とは逆方向に走る人なんて俺くらいしか居なかっただろう。災害などの対策が万全にされていない町は、ただ自分の身を護ることが人々の精一杯な行動だった。


 徐々に近づいてくる轟音を上げながら姿を変えていく自分の家に茫然とした。



「あ、ああ」



 それからまた俺は走り出した。どこの誰ともしれない人混みをかき分けながら目的の場所へと到着する。そこから立ち止まることなく屋敷の中へと走り込み、中の惨状に思わず息を呑んだ。



「父さぁん! 母さぁん!」



 両親の無事を祈り声を荒げたが周りの轟音がそれを見事にかき消していく。二階の応接室まで俺は近くの燃えてなかった絨毯を盾に走った。階段を上り終えた頃には絨毯に火が燃え移っていたのでその場で捨て、再び走る。



「…………うっ」



 応接室の扉は開いたままになっていた。勢いで中に這入っていった俺の足下で何かがこびり付いた。

 とても赤いソレは熱でドロドロになり俺の履いていた靴の裏を真っ赤に染め上げた。ソレが流れてくる先には死体が二人分。



「うぁ……ああ」



 嘆く余裕すら俺には無かった。無残なこの死体が両親とは思いたくなくて、よく確認すらせずに逃げようとしたけれど、震えで脚が動かなかった。



「違う! 違う違う違う!!」



 アレは両親なんかじゃない、そう思ってもう一度振り返り今度は近づいてみる。男の死体には父さんが来客用に好んで着るベストが羽織ってあり、女の死体には母さんも持っている青いスカートが穿かれていた。



「…………」



 そこで俺は悟った、俺はここで死ぬべきなんだと。そう思い、両親であることを確認できた死体に寄り添おうとしたその時だった。隣の部屋から明らかに人的作為による物音がしてきた。



「誰だ……」



 もしかしたら逃げ遅れたお客さんかもしれない、もしくは俺の両親を亡き者にした誰かかもしれない。



「殺してやる」



 俺は立ち上がり、武器商人ということを象るようにして壁に飾ってある短剣を取った。部屋の外に出ると火の手が屋敷のあちこちに巡っており窓ガラスを割って飛び降りない限りは助かる道は残されていない状況だった。



 関係ない、どうせ俺は死ぬのだから。



 物音がした隣の部屋に向かって壁伝いに歩く。煙を吸い過ぎて目眩がしてきた俺は段々意識も朦朧としてきた。開いていた隣の部屋を覗き込む、確かこの部屋は書庫だったはずだ。



「誰だ!」



 俺は部屋に入るなり掠れるような声を荒げ両手に短剣を構える。そこには俺と同い年くらいの女の子が書庫にあった書類を持って立っていた。取引先のリストのようにも見えた。



「ギッシュはしくじりましたか」



 栗色を基としたショートの女の子が簡易な防護チョッキを着てこちらを見据えている。手にはナイフが握られていてその先は血で真っ赤に染まっている。その女の子が無傷なのは火を見るより明らかだった、じゃあそれは誰の血なのか。答えは分かりきっていた。それなのに俺はこの女の子を恨むことが出来なかった、殺意を沸かせることが出来なかった。



「あなたを殺すことは契約上ありません、見た物はすべて忘れて早く逃げた方が身のためですよ」



 その眼は殺人鬼のような一切の優しさも感じさせることが無い表情だった。短剣を持った俺はその場でへたり込んで何も言えなかった。

 何事も無かったかのようにその女の子は俺を横切り部屋を出ようとしていた。



 なんでだよ……。俺の両親を殺した相手じゃないか、憎むべき相手で、殺すべき相手じゃないか。どうして仇を討とうとしない? いや、違う。そもそも両親のことは殺めておいて何故俺は殺さない? どうして俺を無視する。眼中にすらないって言うのかよ!



 そこから先、俺の行動は早かった。背を見せ歩く女の子の柔肌を短剣が貫いた。



「――――っ!?」



 刺された女の子は振り返りざま、俺のことを睨み付ける。だが、俺の顔を見た女の子は何かを諭したように、そのまま何も言わずよろめきながら去って行った。



「お、前も……いつか同じ目にっ、遭わせてやる!」



 そこから先は俺の意識は無かった。目が覚めると町の病院に連れ込まれていた。誰が俺を助けたのかは分からない、どうして生かしたのか分からない。だけど死にかけた命を好きに使っていいというのなら、俺は俺の両親を殺した何者かを追う事にして、復讐することを誓った。

すみませんが、1週間ほど投稿をお休みします。

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