31 譲れないこと
「買い被り過ぎだ、そんな恥ずかしい名前を許した覚えはないのだがね」
「確かに恥ずかしいだろうけど、嗤えねーんだよ」
短剣を逆手に持ったグロートは振りかぶって投げる動作をした。しかし飛んでくる短剣はなく、そのままグロートは剣を構えて走り出す。
「っ! 自分以外も消せるのか」
ヴァラウィルの右肩で短剣が撥ねた。鎧のおかげで短剣が肩口を貫くことはなかったが、動作が遅れ、腕の装甲でグロートの一太刀を受け止める。
「アンタは文字通り化物だからな」
「……それはどうも」
次いでグロートの胴体をめがけてヴァラウィルも剣を横に薙ぎ払う。しかしギリギリのところでグロートは後方に退けた。
この騎士は私を庇っているせいでうまく立ち回れていない……。
ルティは収まりきらない痛みに苦悶しながらじりじりと距離を置こうとしている。僅かだがばれない様に、ゆっくりと二人から離れていく。
「ぐ……っ」
どれだけ力を籠めても思うように体が動いている気がしない。
「リ、キヤ様……セネカ、様」
一刻も早く助け出さなければならないというのに。
ルティの意識はそこで途絶えた。
「少し離れて下さったようで、なにより」
グロートは横目でルティの位置を確認する。そして何かを決意したように前方に構えるグロートの前まで走り込んだ。
「っ」
突然の動きを予測できていなかったグロートは生唾を飲み込む。すぐさま剣を地面に刺して短剣でのみ攻撃に対処する。
一閃、首を狙い次いで左手に剣を持ち替え斜めに一閃、逆手に持ち替え前へと押しやるとグロートは身を屈めて横にかわし、ヴァラウィルの剣は地面へと突き立てられる。そのまま柄頭を持ち、地面に突き刺さった剣を軸にグロートに向かって回し蹴り。
「ぐふっ」
地面に背中を引きずりながらなんとか立ち上がり、態勢を立て直す。
「いい判断だ。このまま私の敵にしておくには勿体ないくらいだが、アシュリア様の妹君を誘拐したとなれば話は別だ。君のことは殺すよ、殺す殺す殺す殺す――――」
「ッらぁ!」
短剣を投げ、身一つで跳躍。ヴァラウィルからグロートの姿はたちどころに見えなくなる。
「どれだけ高く飛んで消えようが、着地点まで誤魔化せると思うかい?」
飛んでくる短剣を弾き落とし、上からの攻撃に備えようと上を向いたヴァラウィル、しかし太陽光が視界を遮り一瞬だけ目が眩んだ。そして次の瞬間、グロートが空中に三人、同じ構えをしてこちらへ向かって落ちてくる。
「癪に障る」
人数が増えようがなんだ? どちらにせよ相手は武器を持たない、降りてくるまでにあの三つの影を切り刻むだけだ。
しかし、視界にとらえ、一撃を負わせたグロートの姿は虚空に消え、その残像の正体が分かった時には既に遅かった。
「しまった!」
いつの間にかヴァラウィルのすぐ足元にグロートは居た。その手には先ほど地面に突き刺していた剣と、ヴァラウィルが弾き落とした短剣が握られていた。
「死ね」
グロートの一閃で、ヴァラウィルの剣を弾き飛ばし、左手の短剣がヴァラウィルの頬を掠める。
すんでのところで躱したヴァラウィルの表情はほんの数瞬だけ余裕が無くなっていた。
「っ!?」
そして次の瞬間には目の前に大きな口がぱっくりと開いていてグロートを噛み千切ろうと構えていた。すんでのところで手に持っていた両手の剣でつっかえさせるようにして捕食されようとしているところを堪える。
「少シ舐メテイタ」
ヴァラウィルの首から先が黒獣に変貌していた。
「なるほどな、それが本来の姿ってわけか」
「ン……アア、ソウダトモ。ソシテ悲コトダガ、コノ姿デハ人間如キガ太刀打チ出来ルホド易シクハナイ」
ヴァラウィルの顎に力が入る。地面に抑えつけられるようにグロートは押し倒されてしまう。このまま少しでも力を抜けば、肉をえぐられ、骨は砕かれ、臓器もズタズタに引き裂かれてしまうだろう。
人間という生き物は知恵こそ特化していても力において最強と言えるわけでは無い。能力にはバランスが付き物でそれを補おうとする努力がまた憑き物なのだ。
グロートが注意すべきなのは噛み砕かれるという恐怖だけではない。ヴァラウィルは腕を獣のソレに変化させ、その鋭利な爪でグロートの腹底を切り裂かんと迫った。
「ぐぬぅっ……!」
決死の思いで身体を捩り爪による攻撃を回避。けれど腕に入っていた力が少し抜けた、ただそれだけでその牙は容赦なくグロートを噛み砕かんとしてくる。
だが狙いは逸れた。グロートの左肩に牙は喰い込み即死は免れはしたものの、それでも一度食いつけばその部分を完全に破壊するまで離れない事は確かだった。
「がぁあああああ!!!」
痛みに翻弄されながらも右手にイメージをする、目映い程の射光と反射。
「ぐっ」
ヴァラウィルの視界を覆うまばゆい光が発生するとともに苦渋に満ちた顔をする。喰い込んだ牙がグロートの肉から離れ、すかさずグロートは距離をとる。
「獣は日中、あまり目が見えないって話を聞いたことがあってな。どうやらアンタには効くらしい」
傷口が見えないほどに血肉を露わにする肩口を腰に巻いていた布で無理矢理縛り付けると得意気に吐いた。
「不覚ってまでは言わないけれど、やっぱり君が消える能力も光が関係しているみたいじゃないか」
目を閉じた状態のまま冷静に状況の確認をとるヴァラウィル。
「しかもかなり繊細な魔法を使えるらしい。空気中の水分を上手い具合に光で反射させることによってこちらの視覚を麻痺させているね」
「やっぱりココまで手の内見せて戦っていたらばれるかぁ。それでも理解したところで対処できる手段はないだろうに」
グロートは不敵に笑うが、実際のところ優位に立っているわけではない。ヴァラウィルの獣的センスと人並み外れた嗅覚さえあれば、たとえ視界を遮ったとしてもなんらかの方法で位置を探るくらいはするだろう。
それでも何をするかまでは分からない。刃物のような無機物を飛ばしても眼に見えなければ避けることは困難。それならば遠距離に徹するしかないだろう。
「は、はははは、はははははははははははは――――――――」
グロートの発言に対してまるで筋違いと言わんばかりにヴァラウィルは嘲笑った。その態度から感じられる悠々とした態度に、まるで今まで手加減をして戦っていたのかもしれないという疑念さえ抱かんとしていた。
「いやいや失敬、確かに君の魔法は使い勝手がいい上に一対一ならば何者にも勝てはしないだろうという見込みまである。だがその魔法にはデメリットもその分大きい事を理解しているだろうか」
「………………」
光を反射させ相手の視認を誤魔化す、もちろんグロートは最初からこの技術を身に着けていたわけではない。そしてこの身が痛むほどにその弱点に関しては充分に理解しているつもりだ。
「ああ、そのとおりだ。空気中の水分に自分の魔法をうまいこと反射させるなんてかなりの魔力と集中力を要する。あとは太陽光だな、自然の光に対してはこちらの意図しない動きとかあるから複数人の視界から消えることなんて不可能だ」
肩をすかされたようにヴァラウィルは手のひらを挙げた。
「もう一つ、肝心なことがあるよ」
「ちっ……これに気付かれたらもう小細工なんざ通じねーじゃねーかよ」
ヴァラウィルはルティの位置を確認すると握り拳を一つ、地面に打ち付ける。するとヴァラウィルを中心とする半径十メートルあった草原が一瞬にして土くれへと還る。グロートを囲った外側からは火が立ち込め周りと遮断するかのように燃え盛っている。
「大気中の水分が失われれば君は我が身だけでしか戦えなくなるだろう?」
「あーあ、この辺の緑は水っ気に溢れるいいところだったのにな……俺にとって最大の弱点は周りの水分を一気に蒸発させるほどの炎魔法ってわけ。つまりアンタは俺の天敵ってわけだ、泣いていいか?」
ほのめかしながら自身を囲う炎のサークルに感嘆とした声を上げた。
「それならば、その手に握っている剣を地面に置いてからにしてくれないか」
「冗談だよ」
グロートはそこで初めて剣を両手で握り背筋を曲げること無くただの土くれへと還った地面を力強く蹴った。
「成る程、それなりの家系だったのかな?」
剣術の構えが先ほどとは打って変わってとても大きな変化を遂げていた。一手一手の動きに無駄を削り地に着かせた足を主軸とした円弧を描くような軌道で剣を振るう。
「やっと本気ってわけなのかな? それでは私も敬意を表して人間としての本気を出してあげましょう」
「悠長に喋っていると寝首を掻いちまうぜ」
鍔迫り合いに持ち込もうとするヴァラウィルだが、グロートの太刀筋はそれを許そうとしない。剣先を合わせようとしても放物線を描く様に擦切られる。そのおかげでヴァラウィルは迂闊に攻めることが出来ず、防御に徹することしか今のところ場を凌げない。
「どうやら考える暇さえ与えてくれない様だ」
「そういう剣技だからな!」
押され気味だったヴァラウィルが地に足を取られた。その一瞬だけ曲がった膝にグロートの容赦ない一撃が入る。鎧と鎧の隙間を縫うように僅かな剣先が命中。寸断ことは行かなかったもの、腱を断ち切る攻撃ではあった。
「っ」
この時、ヴァラウィルは初めてグロートに対する警戒を強めた。
――――、やはりこの男は私に似ている。
「そんな表情、できたんだな」
皮肉を込めてグロートはヴァラウィルを見下ろす。
「そうでもないさ。つい最近、ある男にこれ以上の屈辱を受けたばかりだからね」
それでもヴァラウィルの表情は一瞬で笑みを含めたものになる。
「これだけの状況でもアンタはまだ俺に敗けないって顔をしてるんだな。それはハッタリなのか、出し惜しみしてるのか分からないが俺は本気でやらせてもらうぞ」
「ご自由に。だけど私は君が何を思って戦っているのか、内側に何を秘めているのかを知っている。それは復讐なんかではないということくらい」
剣を握るグロートの手が僅かに緩む。
「さっきから本気の割には彼女の方に意識がいっているね。そんなに心配かい?」
「……あいつは単に親の仇だ、お前を殺してあいつも殺す。それだけだ」
それだけの、はずなんだ……。




