30 気まぐれな助っ人
森の中、草の根をかき分けながら進んでいたルティはただっ広い草原へと出た。
「ここは……」
方向からして、向こうは国境、キャルベラン国とステイシア国を分かつ山、極寒の氷山プリズマ。つい数日前かここは戦場となっていた、らしい。
らしい、というのはルティがキャルベランに戻って来たのはそのような戦が終わった直後だったこともあり詳しい事情は知らない。ただ一つ知っている事といえば、その戦の指揮を執っていたのがアシュリア様ということくらいか。
リキヤ様は、そのことをご存じなのでしょうか。知っているのならあまり問題はないが、もし知らなければ……そして真実を知って尚、彼はロージャ家の為にお力添えをしてくれるのだろうか。そんな考えばかりが脳裏をかすめていく、きっと大丈夫。
およそ美しかった光景など夢だったかのような大地を静かに歩くルティ。雲の流れが速く、先ほどまで晴れていたのが嘘だったかのようにあっという間に曇ってしまう。
「あの時は少々油断しましたが、今回はそうはいきません」
左手に銃を顕現させ、何もないはずの目の前に構える。肉眼で見る限り奥の方には草原が続いており禍々しさをチラつかせる氷山の一角が見えるだけだった。
「おっかないな、さすがに魔力感知が優れた人間には効かないってか。それ以前に殺し屋としての殺気とかって問題なわけ?」
カメレオンのように擬態していたグロートが突如目の前に現れた。
「会いに来てやったぜ、愛しのギルティさんよ」
ルティはこの上なく耐えられない様で顔を伏せる。
「あの時きちんと刺したと思ってたけどな、そう簡単に死んでくれるわけないか。なにせ俺もアンタもまだ幼かったんだから」
「あなたはいったい何者ですか……、どうして私のことを知っているのですか?」
罪の執行者。グロートは屋敷を襲来したとき、確かにルティの事をそう呼んだ。その名を知るという事はすなわち、彼女がルティという名前の意味を知るということに直結してくる。
「自分が殺した人間を数えてみたらどうだ? そうしたらちっとは思い出すんじゃないかな」
そう言い、グロートは剣を構える。
「俺の両親を殺したお前を、あの国を俺は許さない」
グロートの真剣な眼差しに、ルティは思わず息を呑んだ。
「あれ? ルティさん、その太もも……」
「あ、いえコレは」
それは私がロージャ家のお屋敷でメイドという職に就いたばかりのとき。
とある事情で私は太ももに一生消えることが無いだろう、傷がありました。制服の採寸をしている状況ではこの傷は隠したくても隠せない。人生に負った傷はこの一つしかないルティは、そのたったひとつの傷の重みを失くせずにいた。
「せっかくの綺麗な肌が映えなくなるのはロージャ家のメイドとしてどうかと思うなぁー」
ディア様の悪戯めいた笑みに気付けず、困惑してしまう私にディア様は本気で心配をしてくれました。
「も、申し訳ございません………‥」
するとディア様は「ちょっと待ってて」と言って試着室を出て行きました。
お気に召さなかったのだろうか、この傷のことについて何か聞かれるのだろうか、もしそうならば何とお答えすればいいのか――――、やはり素性が割れない人間を家に招き入れたことを悔やんでおられるのだろうか。
そして戻って来たディア様は布のような物を持っていました。
「ルティさん、ちょっと脚をあげて」
言われるがままに素足を地面から浮かせた。するとディア様は輪っかのような布を脚に通して太ももにあった傷を見事に隠して見せた。
「ホラ、こういうのをすると傷が隠せるしお洒落にもなるでしょ? とりあえずこれは応急処置ってことでね、あとでゴムとか通して装飾も施さないと」
所謂ガーターリングという物に近かったのかもしれない。
この傷について何も言及しなかったディア様に、私は僅かばかりか救われ気がしました。それ以来、自分の素性については封印してきたつもりだったのですが。
「あなただったのですね、あの時の少年は」
十年近く前のことなので古傷が疼くことはない。別に親の仇というわけでもない、むしろ仇なのはあちらの方だろう。
「まあ、あとあと俺の両親が裏でヤバい事をやっていたってのはきちんと聞いたよ。そこのところは自業自得だってのは思うけど、それでも親の仇を恨んじゃいけない理由になんてならない筈だろ」
「そうですね」
今まで悠々と過ごしてこられた今が思えば偽りの人生だったのかもしれない。産まれた時から決められた運命のようにただただ命令に従うだけだった。今となってはあの男の命令など聞く耳すら持たないが、恐らくはあの男も私のことは死んだ者とばかりの駒にしか考えていなかっただろう。苦し紛れに拾ってもらった帰る家すら私は捨てて、だけど完全に断ち切れなくて、また訪れてしまった。
「ですが」
今までの私なら、そう割り切ってこの男に殺されることを望んだのでしょうか。ですが、今はなぜかそうは思いません。
「あの方に恩があります、故にここで殺されてあげることは致しかねます」
「そうだろう、でもいいのかな。早くしないと彼、死んじゃうかもよ?」
グロートはうっすら笑みを浮かべながら後方を指差す。ルティはその先にある森の方を見つめた。遠目で見てもボロボロの建物が一つ、森の中に隠れるようにして建っていた。
「リキヤ様とセネカ様は無事なのですね?」
「んー、今のところは両方ね。でももうすぐ壊れるさ、身も心も」
ルティは目の前が真っ白になった。怒りで力任せに体が動いていた。
「随分と感情まで露わにするようになったんだな、あの時は……」
突進しながら空いた手からもう一丁の拳銃を顕現させた。そしてわき目もふらずグロートに向かって数発、発砲した。目の前にいたグロートは銃弾が当たった瞬間、蜃気楼のように姿が消えた。
ルティはすぐさま拳銃を逆手に持ち替え首の後ろに回した。その銃口は振り下ろされた剣と鍔迫り合い、いつの間にか後ろにいたグロートはうっすらとした笑みを崩さなかった。
「もっと冷徹な女だと思ってたよ」
「今は護りたいものがありますので」
感情が入り混じりてっきり取り乱したとばかり思い込んでいたグロートは首筋にひんやりとした何かを感じた。
「あくまでもポテンシャルだけは健在ってわけか、なるほど手ごわい」
瞬間、グロートはまたその場から消えた。
またこの魔法……。
「珍しい魔法なのは分かりました。ですが、そう何度も効くとは思わない事です」
ルティは僅かな殺気と散りばめられた魔力残糸から動きを探る。
「そこですっ!」
ルティは右に向かいトリガーを引いた。だが、銃弾が発射されることは無くルティの目の前で暴発。咄嗟に銃を手放したものの、衝撃で左手が麻痺した。
「ぐっ」
手放した銃は宙に浮き、銃を貫いていた剣が、それを持つ手が、腕から順にグロートの全身が現われる。
「ジャムらせましたか、でもどうして銃ではなく私を狙わなかったのですか?」
剣から銃を抜き地面に落としたグロートが嘲笑混じりにまたも消える。
「冗談じゃない、銃を一丁奪えただけでも褒めてほしいもんだ。アンタ自身を狙ったらすぐまた殺気を読まれるからな、確実に武器から無くさせてもらうぜ」
小賢しい。
戦闘での知恵を確実に活かしてきている、グロートという男はこれまでも対人戦闘を幾度となく体験してきたに違いない。それも親の仇であるルティを殺す為、国家に反逆するため。
あなたがやりたかった国の為にしたことが、こうやって徐々に反逆を示すようになってきていると知ったら、どんな顔をするでしょうか。彼、グロートもリキヤ様でさえもあの男の掌の上で踊らされていた。どうにかすればリキヤ様でさえもこのような考えに陥っていた可能性さえ否めないとは。
「俺は間違っちゃいない!」
声のする方に向かって残ったもう一丁の銃を構え、躊躇わずトリガーを再度引いた。そして姿を見せたグロートはただ物憂げな顔でこちらを見ていただけだった。
「なっ……いったい、何故」
その手には何も持たれていなかった。
「お前こそいったい何の真似だ!」
ルティがトリガーを引いた先、それは虚空だった。否、正確にはグロートが剣を振りかざしてくるであろう位置に向かって撃とうとさえしていた。それはグロート本体を狙わなかったという意図ともとれる。
「こんな勝ち方なんて望んでなかった!」
瞬間、ルティの背中から大量の出血。突然の衝撃で何も構えていなかったルティはその場に倒れる。
「そう、ですか……。剣を上に……投げた、のですか」
自分を犠牲にしようとしてまで、私を恨んでいたのですか……。ですが、こんな勝ち方?
それだけが引っ掛かりますね。
「……!? 自らも死ぬつもりだったと?」
「違うっ! 俺はお前を確実に殺したかっただけだ!! それに、俺にはもっと大きな敵がいるんだ。キャルベランそのものを壊滅させるまで死ぬわけないだろ!」
グロートは何故か叫んだ。まるで何かに嘘を吐く様に、言い聞かせるかのように叫んだ。口の中に血が溜まりそれを吐きだすルティは虚ろになりながらもそんなグロートの姿が焼き付いた。
「どう、して……」
今までの計画は突拍子もないことだが全てが計算されていたはずだ。なのにそれを今さら崩す様な行為に及ぼうとしていた。ルティにはそれが理解できない。確実に今、親の仇を殺せるこの状況に際しても尚、それを行おうとしない。
「あつっ」
ルティの背中が焼ける様に熱い、まるで本当に焼かれているとさえ錯覚してしまいかねないほどに熱くなった。
「少し我慢してください。加減しないと切り傷と火傷が同時に残ることになりますよ?」
茂みから現れた男にグロートは冷静ではいられなかった。格好からして騎士、恐らく自分たちの素行がバレてしまったのだろうと、勘違いをしたのだ。
「チィ、もう全てがバレてしまうのも時間の問題か! どうか実験が上手くいくことを願うしかないな」
「実験……いったい何の話をしているんですか」
聞き捨てならない言葉にルティは眼を見開かせる。『今のところは両方ね』それはその実験というのが行なわれている最中だったということになる。
「焦る気持ちも分かりますが、ここは私に任せて貰いましょうか?」
騎士の一人がルティの気持ちを制止した。今のまま動かれては閉じる傷口も閉じないとふんでのことだ。
「私には今葛藤している君の気持ちが分かるよ、グロートとやら」
騎士の一言が気に食わなかったのか、グロートは怒りに表情を崩し先ほどと同じ魔法でその場から姿を消す。ルティの足元に落ちている剣を拾い上げその剣さえも姿を隠す。
「なるほど、面白い魔法だ。けど駄目だな。肝心なものを消せていない」
騎士は左に向かい剣を下から振り上げた。刀身と刀身が弾きあう音を響かせその場になかったはずの二本目の剣が姿を現した。次いで目の前に右手を挙げたままのグロート、驚きのあまり数秒、硬直状態になった。
宙を舞った剣は乾いた音と共に地面に刺さった。
「臭いまでは消せないだろう、その魔法は」
グロートは刺さった剣のもとへ素早く移動して地面から引き抜く。
「こんなに強い騎士がいたなんてな、アンタが飛び抜けたセンスを持っているってんなら気付かないのも無理はないが」
「いや、私は例外だよ。普段は訓練すら参加していない、それどころか王都に戻ったのは実に二年ぶりだ。けど、君のそのセンスも眼福ものだったよ」
騎士が顔に当てていたお面が真っ二つに割れて地に落ちる。グロートの手には一本の短剣が握りしめられていた。
「両剣使いかい? なんにしても器用だ」
「まぁ、つっても二本ともは重いんで片方は短剣でやらせてもらってるけどな。それにしても驚いた。その黒く長い髪、まさかとは思ったけどこんなところでお目に掛かれるなんてね」
出で立ち、振る舞い、どこか他の騎士とは違う気品を感じさせる長髪の男性。その顔からは焦りと油断が一切見られることはないと謳われるまで、クウェイ卿の切り札とも呼ばれる忠心。
「ルーガルー族の生き残り、黒炎獣ヴァラウィルが相手とはね」




