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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
3章 異世界指名手配
66/103

29 勝ち目のない戦い

「階段のほうだ、急げ!!」



 残党の駆り立てられた焦りと警戒心をただ煽ってしまうというハイリスクを追いながら一人を倒しただけ、という事態に階段の踊り場でただ茫然と立ち尽くしたリキヤは、未だにジンジンと痛む背中をどうしようかと悩んでいた。



「この世界に湿布とか求めたらダメなのだろうか」



 帰ったらベッドで俯せになり、濡れタオルを背中に置いておきたいと心から願いつつも、そんなほのぼのとした悩みを無視するように、現実に引き戻すようにドタバタと足音が聞こえてくる。


 二階にいた敵が通路からこっちに向かって来る音だ。次いで一階の広間にもどよめきが生まれていることも然り。


 一気に緊張が高まった。一人ずつ確実に仕留めていく計画だったが、それらが打ち砕かれた今、リキヤが執るべき行動は限られていた。今さら退くにも退けず、使える手札は全てを使ってでもここは切り抜けなければならない。



「敵に攻撃させる隙を与えないってのは難しそうだけど」



 先手必勝。攻撃は最大の防御、などと豪語するわけではないが他に相応しい言葉が見当たらなかったので妥協することにした。要はヤケクソだ。身を護る装備があるわけでもなく、持っていたところで足枷になってしまうことも確実だ。軽装でも数分歩くだけで息切れを起こす防具など、邪魔にしかならない。リスクは伴っても思考判断と肉体の行動が比例することに越したことはない。



「うぉぉぉおおお!」



 階段を駆け上がり曲がり角の先、通路に差し掛かる前にポーチから手当たり次第で魔法石を取り出す。

 二階へと差し掛かり横目一閃、騒ぎを聞きつけて寄ってくる獲物に向かってリキヤは右手に握っていた魔法石にグッと力を籠めて横投げする。男は突如現れた敵に構えを取ったが時既に遅し。空中で魔法を施した術式を分解しながら発動された力は植物根を目の前に生えさせ、突発的な成長速度を見せる植物根に男は絡め取られ建物の端まで吹き飛ばされる。



「がぁっ――――」



 男は絡みついた太い根っこのせいで身動きが取れず、ただ苦し紛れに叫び声を上げた。



「よしっ、あとは――」



 言いかけたところで通路の足場が崩れた。突然の落下に備えていなかったリキヤは埃を巻き上げながら見えない階下へと落とされた。



「くそ、あいつはさっきの野郎だ! あいつら仕留めそこなったな畜生がっ!」



 埃のせいで一階の床が見えず、リキヤは落ちた衝撃を逃がす場所も無く痛みに冷や汗を掻く。


 この舞い上がった埃には敵の位置が見えないのと、敵から自分の方が見えなくしてくれるという役目も同時に働いた為、ほんの数秒だけ思考を探る。


 敵にとって俺はただの人間、魔法を使うなんて思ってはいないだろうという油断は先ほどの魔法石の一撃で既に払拭されてしまっている。ココから先は勝てるという見込みがない戦いになると、それでもここまできたら後には引きかえせない事も承知の上だ。つまり後悔はない。



「来るぞっ!」



 互いに張り詰めた空気の中、パラパラと未だに崩れ落ちてくる通路だった木片が更に埃を巻き上げる。緊張の糸が緩んだその一瞬にもはや土煙と化した未知の空間に揺らめきがあった。奥の扉に向かって駆け出した影が煙の外に出た為、露わになる。二人いた男の内、一人はその動きを見逃しはしなかった。



緑蔦乃鞭グリーヴィウィップ



 手に顕現されたツタ状の棒を振るうと、術者の意図に従い生きた鞭のような動きをみせる魔法。それはいとも簡単に獲物を射止める。しかし、この攻撃は広範囲であるというメリットと術者の意とした方向へ向かうには向かうが、この攻撃には殺傷性などを一切持たないというデメリットがあった。この魔法の本来の用途、それは遠くのものを近くへ引き寄せるということだけ。


 しかし、それでも構わない。むしろそれでいい。今あの部屋に何人たりとも辿り着かせない様にするのが現状における自分たちが仰せ付かった役目なのだから。



「む?」



 捕まえはしたものの、手応えが全くと言っていいほど感じられない。観念して無気力になったにしても妙に軽い。


 思いっきりこちら側に引き寄せた。ズルズルと引き寄せられる物体の正体を視認できるまでに至った。



「小賢しい」



 緑色をした鞭が捕らえて引きずって来たのは大きめの木片。落ちてきた通路の破片を囮にしたのだろう、おかげでこちらの使う魔法の手の内がわれてしまった。


 手に取った男は何かの違和感に気が付く。木片を持ち上げると僅かにジャラ、という木からは本来なら鳴るはずのない音を立てたのだ。


 顔を訝しめながら中を覗くと、数量の魔法石が詰められていた。しかもそれは衝撃を受けた直後でバラバラに入っている属性がぶつかりあいをして光を放っていた。



「っ!?」



 危険を察知した男二人はすぐさま木片を投げ捨て、近くにあったテーブルの向こう側に飛び込んだ。


 すんでのところでぶつかりあい、波長を乱しあった魔法石は一瞬の火花と爆発音を響かせた。爆風で土煙はすべて晴れ、テーブルを盾にした男たちは懐にあった剣を抜いて構える。


 だが、晴れた先はもぬけの殻となっていた。そこにあったのは崩れた通路のむざむざな末路だけ。単純に素早くリキヤが動いただけでは男たちは、ましてや戦闘に長けている人間が標的を見失うなど本来ならばありえない。先ほどの爆発で耳と目の感覚が麻痺しているという体を除けば。


 男たちから見ると左側、木片を投げた方向とは反対側にリキヤはいた。



「ハァ……ハァ……」



 手に握った青色の魔法石が輝きを放つと魔法石から先に現れた氷柱が男たち目掛けて突っ込んだ。



「んなろッ」



 男は盾にしていたテーブルを蹴りあげ氷柱の的に仕立て上げた。横脇からすぐさまもう一人の男が剣を構えた状態でこちらに駆け出した。



「くっ」



 懐に入られては成す術を失くす。距離をとろうと後方へ下がろうとするが足元に意識がいかなかったリキヤは長椅子に脚を引っ掛けた。バランスを崩して倒れた事が幸いしてか、一撃目がリキヤの肩スレスレでかわされ次いでセットになっている長机のほうに上体をもたれかけている格好の的がそこに出来上がった。



「終わりだ!」



 二撃目を振り下ろし、確実にリキヤを仕留めるだろうという軌跡を描いていた。それに臆することなくリキヤは男の腹を思いっきり蹴り飛ばし、倒れたところをすかさず馬乗りになって男の開いた口の中に黄色に輝く魔法石を入れる。



「――ァアアッ」



 舌先から全身を駆け巡る電撃に男は意識を失った。



「あと一人っ!」



 迫る勝利への道を口に出したリキヤの目の前で一閃――――。自身の反射神経だけが功を奏し、リキヤの顔まで降りてくる軌道上に手をかざし直撃だけは免れた。左手に握っていた魔法石を掠め、充分に威力を殺した切っ先はリキヤの掌を切り落とすギリギリまで裂いた。



「がぁあああ!!」



 今までの痛みに比べると大したことは無い筈なのに、それがとても痛く感じて今にも卒倒しそうになってしまう。


 左手を庇いながら苦し紛れに男にタックルをかました。男は剣の樋で捨て身の攻撃を受けきりリキヤだけがそのまま倒れてしまう。手のひらから出てくる血は止まる気配すら見せず、少しずつ確実にリキヤの意識を奪いにかかっていた。




 イタイイタイ痛いイタイイタイ痛い痛い痛いいたいいたいいたい――――。




 痛みのことなど気にかけている場合ではないのに一度意識をしてしまうと、その呪いのような恐怖から解放されることは難しい。気を抜くと貧血で倒れてしまうかもしれないのだ。



「魔法石だけでよくここまで頑張ったもんだ。頭がお前を仲間にしたがるのも頷けた。だが、もういい加減に終わりだ」



 男の喋った言葉の内容など今のリキヤには三割も届いてはいなかった。眼前に迫る視への恐怖と痛みの連鎖に気が狂いそうになる。嫌な汗が噴き出てくるのもお構いなしと言った風に体が拒否反応を起こしている。



「所詮は魔力の持たない人間なんて、そんなもんだったんだよ」






 どこか悲しげに男は静かに剣を振り下ろした。


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