28 召喚奴隷の反撃開始
「ぎゃっ」
一つの小さな悲鳴が上がろうとした、顎を差し押さえて地面に倒した。
男は馬車の見張りをしているところを狙われた。恐らくはこの建物に侵入者が先ほどまで居たという折の警戒なのだろう。先ほど侵入した時は警戒心のひとつも無かった、つまり今までココに訪れようとした者すらいなかったことが明瞭だ。
リキヤは男のみぞおちに一発拳を打ち込み、宿舎のはずだった半分ほど倒壊した建物を見上げる。
「俺がここを出てどれくらい経ったんだろうか」
一週間程か、それ以上か。この国は案外穴だらけなのかもしれない。
あるいはこの世界そのものが穴だらけっていう可能性もないだろうか。
世界の全てを解明するなんて誰だって出来るわけでは無いし、空だってあるということはきっと宇宙だってあるのだろう。
根本的な要素は変わらないとしてやはりここも惑星の一種なのだろうか。
夢か、あるいは地球ではない別の惑星とか。考えなきゃいけないことだってた沢山あるのに……。
それでも優先することがあるから、仕方がない。そう、仕方ないのだ。
「魔力を有するのは、あと五人かな」
グロートがセネカを連れている様子から、他の四人を倒してからという形になる。どちらにせよ最後に待ち構えているのがあのグロートだ。そしてあいつの魔法は恐らく変身魔法か幻影魔法に近しいものかもしれない。
しかし、ルティが言っていたことがどうも引っ掛かる。
「相手が見えなかった……透明の魔法? いや、それが可能ならもっと効率のいいやり方があった筈だ。あえて俺と接触をする必要も無かっただろうに」
考えたところでこの世界における魔法というのは未知数だ。俺が考えていることが正しいかもしれないし、全く予想だにしない何かかもしれない。
「けどまあ、伊達に戦場を潜ってはいないからな。能力は無くても経験値だけは取り柄になることを祈ろう」
気絶した男のポーチを奪い取り中に魔法石がいくつか入っているのを確認すると、手持ちの分と合わせて一つにまとめる。
「不安要素としてはこれが一体何の魔法になるか……ってことだよな」
大きさや形によってそこに顕現される魔法は微妙に姿かたち、威力が異なる。色の違いは属性の違いということはなんとなくで分かるが、魔法の種類に関しては理解できていない。
「一番恐ろしいのは水系の魔法で単にホースから出てくる程度の水しか出なかったら打つ手なしっていう最悪なイメージだな」
そもそも水魔法なのか氷魔法なのかさえも微妙なラインだ。
もしも不発に終わったら? 相手が強力な魔法を使ってきたら? 考えたくなくても頭の中を過ってくる不安要素たち。
魔力持ちの連中とそうではない連中には決定的な差がある。力関係は向こうが上だが、連中は自分たちの力を絶対的なモノとして矜持している。それと俺が魔法を使えない異世界人だという情報も浸透している筈だ。
――――隙は必ず生まれる。
「やるっきゃねえか」
気合を入れる為に宿舎前で顔を二回ほど叩く。
甘えや油断は許されない。何も殺すわけじゃない、魔法を使わない奴らが立ちはだかったらその時は目を覚まさせるだけだ。どれだけ理不尽だろうと、だからといって誰かに同じような行為をしてしまえば、そいつらと変わらないことになる。
「あいつらも、元の世界へ一緒に帰りたいからな」
義理人情という表現はだいぶ古いかもしれない。それでも嫌いじゃない、そのワードをふと思い起こして自分に言い聞かせる。
そう、これは戦いだ。互いが選んでしまった道の。
先ほどの馬車の見張りもそうだが、宿舎内ではさっきとは打って変わって多少の警戒が敷かれていた。
「力を持つ人間がバラバラになっている今なら、勝てるかもしれないな」
戦力が固まっていたならば、一網打尽に出来るチャンスではないかと思うのは強者の考えだ。実際にそれを行えるほどの魔力も魔法もないリキヤにとってはこういう緻密で地道な手立ての方が確実性を増すというものだ。多少手間取っても確実に倒していくことがベストだと直感的に判断した。集中しないと扱う事は難しい程のこの『魔力感知』は驚く程に眼と脳を酷使するらしい。ちょっとした眼精疲労という痛みと眠気に耐えつつもある程度敵の居場所を把握したので意識するのを止める。敵がその位置から動かない事と、敵にとっての仲間の魔力感知を行わないことを祈りながら一人ずつ倒していくしか方法としては恐らくは成立しえないだろうこの状況で、リキヤは助けが来るのを待っているだけじゃ待てなかった。
「一度出向いたんだ。きちんと挨拶していかないとな」
再び入口の方から中へと侵入する。見張りはいない、馬車と入り口の兼用で恐らく見張りをさせていた可能性が高い。魔法石もリキヤを運んだ敵二人より多かったのも恐らくそのためだろう。自分の魔法だけで対処できなかった場合を想定してのことだろう。
真っ直ぐ攻め入るならば一階の広間に出て奥の扉へ向かうのが手っ取り早いのだが、リキヤが最終段階で行った魔力感知では階段を上った見張りが二人、広間にいる二人で恐らくグロートの仲間は全てだろう。
問題は魔力感知が出来ない元兵士であった男たち。こっちの場合は慎重に事を成そうとしたところで見つからない確率はだいぶ低い。さらに仲間など呼ばれても不都合。願わくば出会わないことを祈るが…………。
「ぎゃぁぁああッ!」
男の悲鳴が聞こえた。思わず肩を震わせ階段脇に隠れる。どこから聞こえたのだろうかと探りを入れたくても、この建物の外壁は辺り一帯が穴だらけで妙なハウリングを生んでいる。したがって実際にどこから聞こえてくるのかは判断が出来ない。
「悲鳴が女だったら一発アウトなんだけどな」
そうなってはすべてが終わってしまう。リキヤの中に動揺が湧いた。
残り四人の内、一人は階段を上がった二階のところにいる。どんな体勢で何をしているかまで詳細は分からない、それでもこの力を信じるならば確実にそこにいる。やはり自分本来じゃない何かの力に頼っている自分が情けなくもなってくるが、こうなっては利用してやろうという開き直った精神が勝っている。
それくらい心は追い詰められているのだ。
「ふぁ~あ」
居た。
階段の段差に腰かけて欠伸をしている。それから暇そうに身体を左右に揺らしている姿がどれだけ危機感のない生活を送って来たのかを表している。
そうやって平気で人の命も奪うのだろうか、それが奴らにとって日常なのだろうか。こんな迷いがあって勝てるのだろうか。様々な感情から言葉が溢れてくる。
それらを落ち着かせるために一度、敵に知られない様に短く息を吸い、吐く。
ポーチの中に手を入れ、中身を探る。少し大きめの緑色をした魔法石。風属性、なのだろうか。不思議と頭の中にヴィヴィが浮かび上がってくる。
「何かの縁だし、使わせてもらうか(ボソリ)」
階段の曲がり角、踊り場に立ち、上の方を見上げた。
「なっ!? お前は――」
「恐らくは風魔法の何かを喰らえェッ!」
さすがに周りが暗くなってきていても目の前に現れるとバレてしまった。すかさず魔法石を目の前で掲げ風の力をイメージする。
「ぐぁっ!!」
途端、リキヤは後方の壁に激しく全身を打ち付けられた。まさか魔法石が暴発したのではないか、このままではまたすぐにでも捕まってしまうと思い慌てて顔を上げた先に敵はいなかった。それどころか二階へ上がった際にある手すりまでもが目の前から削り取られるように無くなっていた。
意表を突いたようにそのあと階段を抜けた先の、恐らくは一階の広間と繋がっているであろう空間の先から木造の壁を貫かんばかりの破壊音が静かな寄宿舎内に響き渡った。
風魔法が協力過ぎてリキヤ自身も吹き飛んだ……、と考えるほうが妥当に妥協だった。
「なんだ!? 今の音は!!」
隠密行動における敵、四人を襲撃するという計画は一人目で終幕を閉じた。




