23 出会いと別れの場所
「―――っ」
どうにか立ち直ったリキヤだが、それでも気分は好調というわけではない。
「まだ残っていたんだな」
てっきり前の戦いで役目を終えたから解体されたとばかり思っていた。不必要に建てられたレンガ造りの寄宿舎。そこに誰かが生活していたという面影はすでに残ってはいない。ところどころ壁は崩落して黒くよどんでいる。
『この建物がそもそもの権化』『平静を望んだこの森への宣戦布告』
どこからともなく声が聞こえる。それは前方でもあるし、後方からでもあるし、頭上から、真下から、そして脳に直接響く声でもある。全方向から聞こえてくるという妙な感覚だったが、ハウリングの一つもしない事から人間離れした何か、ということは分かりきっていた。
それに聞き覚えもあった。
「この森の意思、みたいな感じかな」
『元よりこの森に草原など存ぜぬ』『人間が戦の為だけに切り拓き、挙句このようなものまで建てた』
確かに無責任だとは思う。いくら戦争に勝つためだとはいえ、二度と使わない様な建物を、まるで現実から目を背ける様に、まるでそれを無かったことにしたいという想いすらひしひしと伝わってきそうで。
だけど勘違いをしてはいけない。
「俺達という存在を忘れさせてやるものか」
本当に忘れたい記憶を勝手に刻み込んだあいつらを許してはならない。俺が忘れていたのはその感情だ。だって、あの作戦を指揮していたのは……。
「次から次へといろんな事件に巻き込まれて、それどころじゃなかったのは仕方ないけど……」
忘れるな、自分が何に復讐していかなければならないのか。
『よくないものが棲みついた』『今度は森そのものが無くなる』
森そのもの?
確かにこの寄宿舎からは人が居る感じがしてままならない。それも数人くらいか。おあつらえのように近くには馬車が二台、待機しているみたいだしココで間違いはないようだ。
「ルティさんは居ないし、正直俺も今はそこいらの動物にだろうが勝てる気がしない」
無為無策な状態だ。連絡手段も待ち合わせもしていない。そもそもこの世界に通信手段など無さそうだ。だが、ここで応援を待っていようが奴らの目的は俺だ。
リキヤは玄関口だったはずの(現在は扉も何も備え付けられていない)場所から出来るだけ物音を立てない様にゆっくりと中に這入る。
「見る影もない感じだな」
中は予想以上に暗く、灯りも蝋燭にチラホラ点いているだけだ。正面に扉があり、底を抜けると大広間に出るのだが、万が一敵が居た場合を考えて左に曲がって廊下側から階段を上ってみようと考えた。正直寄宿舎の中すべてを把握しているわけではないので、リキヤが一番知っている自分の部屋があったルートを辿る。曲がり角や扉の数を考えても対策はしやすい。それに二階へと上がれば一階の方を見下ろせるので様子見ができる。
『殺される、殺される殺される殺される』『森と共に、すべては森と共に』
「少しは黙っとけっつーの」
それとも俺の勝手な妄想の具現か。それなら声に出して制止しようとしても不可能ならば頷ける。いや、そうじゃない。
声を出しちゃいけない。緊張感を持て、俺には力がないんだぞ。自覚しておけ、出会った瞬間に命を取られる可能性だって低くはないのだ。
しかし、どうも嫌な感じだ、上の方に誰かいる感じがするのは。気のせいかもしれないっていう恐怖もある。憶測だけで動いている気が気でならない。
木でできた階段をゆっくりと上がる。キシキシと音を立てているのは、恐らくあちこちに穴があるせいで湿気が溜まっているのだろう。
音が鳴るから二階上がってすぐに敵がいれば、ほぼモロバレである。侵入者というのが今までもいなかったからだろうか、これといった見張りはいない。
これといった作戦もないけれど、もしかしたらセネカを連れ出すだけならいけるかもしれない。最小限、人に見つからずこのまま事が運べば、だが。
「ん?」
二階の通路にも人が居ない。何処かの部屋に監禁されているかもしれない、他の誰かが住んでいた部屋に。幾つかの部屋は扉が破壊されてそのままの状態が多いけれど、明らかに新調した扉が何枚か、その部屋のどれかに誰かが居る。
下の大広間にたむろしている連中には見つからない様に床を這って進む。一階からは笑い声が聞こえてくる。どうにも警戒心が全く無いというか、こちらとしてはそれが大助かりなわけだが、どうしても惨めな感じがしてくる。
一つの扉に差し掛かった。どうしてか、この部屋からは人の気配を感じない――――、というのも変な解釈になってしまうけれど。相手の気を読むとかそういった理屈なのだろうか。
「え……」
少しずつ扉を開けて中に滑り込んだ。
しかし、そこには誰かが居た。
「ん?」
窓の方に向かってテーブルに着いて何やら整理をしていた。しかし扉が開いた事に気付かないでほしい、という想いは一瞬にして砕け散った。崩れ去った。
「おまえ……そうか、生きてたんだな!」
振り返った男はリキヤを見るや否や驚いたように立ち上がった。
「は?」
素っ頓狂な声を上げてその場を離れようとしたリキヤを男は掴みあげベッドに座らせた。もののついでにと言わんばかりに扉を閉められた。
「俺だよ俺、覚えてないか? 最後に会ったのもココだったんだけどな」
よく見ると男には見覚えがあった。
そうだ、この世界に来たときに組み込まれていた隊の人間じゃないか。俺と同じ、この世界に召喚された元の世界の人だ。
「あんた、生きてたのか!?」
「おいおい……生きてたのかってのはこっちの台詞だよ。おまえあの後戦争に連れていかれて、俺はてっきり死んだのかと思ってたんだぞ?」
ああ、良かった……本当に良かった!
隣国との戦争に使われた囮と呼ばれる異世界召喚兵。彼らは敵の的になるように配備された何も知らない兵士。戦場になると想定された舞台の近隣の森、そこに攻撃が分散するように仕向けたのがキャルベラン側。リキヤは訳あって前線の方へ移動させられたが、そこも切り捨て同然の地獄だった。死にかけたリキヤが必死に戻って来たココ寄宿舎は既に見るも無残な光景へと変貌を遂げていた。誰かを確認することすら躊躇われる程の敵味方を問わない死体がごろごろと転がっており、そこの給仕をしていたディアだけはなんとか助けることは出来た。寄宿舎にいた隊の連中はてっきり死んだとばかり思っていたリキヤは涙が出るほど嬉しかった。
「そうだ! 他にも生き残っている連中は多いんだ、お前が生きているって分かったら皆大喜びだろうな」
そうか、他にも生き残りがいたのか……。
リキヤは全てを救われたような気持ちになった。それと同時に安堵の息を漏らし、立ち上がった。
「そうだ、この場所は今テロリストがいる可能性があるんだ! 他の連中はどこにいるんだ? 今のうちにココから離れた方がいい」
「テロリストだって!? どうしてまた……」
男は驚いたように机の上に置いていた荷物を腰に巻き、扉から出ようとしたリキヤの肩を掴んだ。
「セネカって名前の女の子が誘拐されて、どうやらココを根城にしているらしんだ。俺はセネカを連れ戻しに来た。だからここは危険ですぐ離れた方が……」
男は冷たい眼差しでリキヤを見ていた。目の前に赤い宝石をかざし、唱えた。
「炎射」
リキヤの目の前を赤と白の発光体が貫いた。
まさかッ!
そう思った時には既に遅かった。あの男はどうしてこんな場所に隠れるようにして住んでいたのか。他の連中も生き残っているという言葉の意味。リキヤはその先を、かんがえたくなかった。
後ろに吹き飛ばされたリキヤは扉と一緒に部屋の外へと投げ出された。勢いは少し弱まったものの二階の手すりもだいぶ脆くなっていたので当然のように破壊され一階の大広間へと落とされた。
「まさかお前がそっち側だったとはな」
リキヤが思っていた台詞を男はそのままぶつけた。
一階でたむろしていた連中も何事かとリキヤの周りに集まる。
「おい、こいつって力哉じゃないか?」
「まさか生きていたのか!」
虚ろな表情のリキヤは自分を見下ろす人物に見覚えがあり、嫌な予感はどうやら当たったらしい。
「よっと」
二階から一階に降りてきた男は膝をパンパンと叩きながらリキヤへと近寄る。
「いくらグロートさんに鍛えて貰っているとはいえ、二階から飛び降りるのはやっぱ膝にくるなぁ」
そして手に握っていた赤い宝石だった砂粒を下にサラサラと零すとリキヤを指差して、
「どうやら、そいつは異世界側に寝返っているらしい」
そして――。
「構えろ」
その場にいた全員が魔法石を取り出した。




