22 ありのまま自分らしさ
どこかで見たことのある、草原だった。草原だった場所、といった方がいいくらいに跡形も無くなっていたその場所はとても静かだった。本来は緑色のはずが地面は抉られ血の跡が残っているのか、薄茶色に変色しており地面のそこかしこに矢尻や魔力を失った石などが転がっている。死体は目に見える分に関しては片付けられていた。
「もう、この景色を見ても何も感じないんだな」
リキヤは歩いた。例え地面が血の海だろうと、割れていようとぬかるんでいようと。時には地面に落ちた矢を踏んでパキッと小さな音を立てても、石につまずきそうになっても、ひたすらに歩いた。
思えば魔法という力を手に入れたのはこの場所だったような気もする。がむしゃらに襲い掛かってくる敵を殺しては心が痛んだ。誰かが簡単に死ぬのが当たり前なこの世界では、俺の悩みなんてちっぽけなモノなのかもしれない。
「そうだ」
いっそこのままどこか遠いところに行ってしまおう。魔力を持たないでもどうにか生きていく方法だっていくらでもあるはずだ。今は追われている身だから、あの街では生きてはいけないだろう。どっかの山とかで、小屋でも立ててひっそりと暮らすことにしよう。家を建てた経験も山で生きぬくためのノウハウなどは知らないが、何事も経験だ。
「そうだ、そうしよう」
静かな草原で、リキヤの眼に光が戻ることはなく、覇気のない独り言をぼやいてはひたすらに歩いている。
前はあちらの方から敵が来たのだからあっちが国境なのだろうか、とか異世界から来ていても住んでいけるのかな、とかさまざまな事を考えながらどことなく歩く。
「そうじゃない」
こんなところに居て何が出来る?
「わかっているさ」
無表情のままかと思ったリキヤは握り拳に精一杯の力を込める。
「雹華の理想になりたかっただけなんだよな、俺はただ」
『リッキーは、私にとってのヒーローなんだよ! とっても強いから、まるで物語の主人公みたいに』
『そっか……。それじゃ俺はこのアニメの主人公みたいにお前の事も、世界とかも護れるくらいに強くなってやるから!』
二人で肩を並べて見ていた、当時子ども向けだったファンタジーアニメ。その主人公は正義感の塊のようなやつで、剣を片手に魔物と戦い世界を救う。そういえば雹華は女の子向け魔法少女のアニメとかよりは男の子が見るような冒険が大好きだったな。そのおかげで小さい頃はあんまり友達とか多くなかったっけ。
英雄は、強くなくちゃいけないんだ。決して負けたり死んだりしてはいけないんだ。弱くては勝てないんだ。
だが、俺は弱い。こんなにも、力だけじゃなく心も弱い。今だってセネカを助けずに逃げ出そうとさえしている。雹華が言うような主人公には、俺はなれなかったんだ。
「弱い弱い、弱すぎだ」
なんだか笑えてきた。
地面に膝を着き、リキヤは涙を零しながら笑っていた。乾いた笑い声が静かな草原を包む。
「男がいちいち泣いて、情けないったらありゃしないね」
背中をバンと叩かれ、リキヤは薄茶色の草原に倒れ込んだ。
「いてぇ……」
地面に手を付けて体を起こし振り返ると、そこにはヴィヴィアンヌが不機嫌そうな顔をして立っていた。
「痛いなね? 痛くない人間なんてこの世に居てたまるかって話ね」
ヴィヴィアンヌがいったい何の事を言っているのか、リキヤには分からなかった。
「説教なんて私の役目じゃないのに、お前のせいね。弱い人間だろうが強い人間だろうが痛いっていう感覚は変わらないのよね。誰だって痛みを抱えているはずね、痛みをどうにかしてこその強さってやつじゃないのかね」
「俺は一人じゃ、誰かを護る事なんて出来ないし目的を達することだってできない」
常にそうだった。全ては誰かの魔力のおかげであってそれは自分本来の力ではない。それが無くなってしまった今だからこそ、それを痛感できている。
「一人で何かするのに全部一人で出来るわけないねバカチン。誰かの力を借りるのは当然のことだってどうして思わない? 誰かがお前に力を与えるということは助けてほしい、必要としているからというのを忘れて貰っては困るね」
そんなのは期待されているからだ、俺はそんな人間じゃない。
「たとえ、誰かに力を貰ったからって、それをうまい事使える人間なんて世の中そう多くはないんじゃないのか。俺は実際、その力に呑み込まれたから……過度に期待させていただけであって」
「だから、もう戦うのをやめると? 護るのもやめてこの世界でのうのうと生きていくと……まあ私はお前じゃないからどうこう言うつもりはないね」
ヴィヴィアンヌはリキヤを蹴り飛ばした。何の抵抗も無く地面を引きずり勢いは止まる。だが、リキヤは立ちあがろうとも痛みに顔を歪めることもしない。そんなリキヤの顔をヴィヴィアンヌは何とも言えない表情で見下ろしていた。同情しているのか、分からない目をしている。
「逃げ出すならそれまでだったってことね。でも中途半端だけは一番許せないことね、やることだけはキッチリとやってからどこへなりとも行ってしまえばいいね。それもまた人生の選択肢としてはアリだとは思う」
「俺は……」
元の世界へ帰りたかった。帰って、雹華とずっと一緒に居るんだ。一人暮らしを始めて、いずれは雹華を誘って、あわよくば結婚なんて我ながら浮かれた事を考えて。でも今は無理だから……。
「全部。全部お前が望んだ結果ね……、だから今までのお前は愚かだった。あえてバカなフリをしていたお前が私は大嫌いだったね」
「望んで何が悪い、欲しがって何が悪い。誰彼かまわず助けて何が悪い。それで俺は俺を保っていられるんだからいいじゃないか」
「そう……、それがお前の本心ってわけ。だったら私もそれに本気で応えてあげようか」
「なっ……え……」
ヴィヴィアンヌの雰囲気ががらりと変わった。それだけじゃない、あのへんな語尾も全くついていない。
「あの喋り方はわりかし疲れる。発音もしづらいし、聞き取られにくいのも難点なのだよ」
「とくに指摘しようとも思わなかったけど……キャラ作ってたのかよ!」
リキヤに言われてヴィヴィアンヌは「んなっ」と声を上げて掴みかかる。
「仕方ないだろ!? 信仰されていくうちに人間離れした部分を見せつけないと誰だってこんな少女が巫女なんて納得しなかったんだから!!」
「知らねえよ、俺別に信仰とかしてねぇし。お前の事なんて敬わねえし!」
赤面するヴィヴィアンヌに負けじと言い返すリキヤ。ふと、身体が軽くなっていることに気が付いた。
「ようやくかぁ」
ヴィヴィアンヌは静かに息を吐く。
「……それがお前らしさってことでいいんじゃない?」
手を放し、リキヤから離れる。手を差し伸べられてリキヤは黙ったままその手を掴み立ち上がった。
「子どもなんかに慰められるとはな、いよいよセネカを助けに行ける自信すら喪失しちまったよ」
「言っとくけど、こう見えてお前なんかよりは断然年上なんだからな。敬えよクソガキ」
「へいへい。まー、結局のところ力が無くなったところで、元気になったところで俺のやりたいことってあんまり変わらないんだよな」
セネカを助けたら元の世界へ戻る方法を捜す予定だったし。
「要は志の違いだ、ただこれからはお前の一方的な恩の押し付けじゃなくて、きちんと助けを求めてきたらってことでいいんだよ。それで助けた奴等からの恩もしっかり受け取っておけばいいんだ。人として、な」
ヴィヴィアンヌはどこと知れず歩を進める。流れでリキヤはそれについて行く。
「もうあんな面見るのは嫌だけど、とは言っても多分この先、お前は何度でも挫折はするよ」
「ああ、知ってるさ。それでもヴィヴィみたいに誰かが相談に乗ってくれるだろうよ、それも人生だ」
リキヤの発したワードに違和感があったのか、ヴィヴィアンヌは浮かない顔をした。
「なんで勝手にあだ名付けてるんだ! ダメだダメ、しかも揃いも揃ってなんでヴィヴィって呼ぶんだ」
「だって長いもん名前。いいだろ、元はと言えばお前が俺に魔力なんて与えるからこういうことになったわけだし」
「こいつを慰めたのは間違いだったわ(ボソリ)」
全力で嫌な顔をするヴィヴィにリキヤは自然と笑みが零れた。
「今はまだいいんだけどさ。いつか俺に何をさせたくて魔力を授けてくれたのか、本当の事を教えてくれよ」
突然の事にヴィヴィは驚きを隠せなかったのか、数秒固まった。
「どうしても知りたい? アンタをただ利用しようとしてたとしても?」
リキヤは頷いた。
「本当は人に魔力なんて与えられない事とかも知ってる。俺自身がいったい何なのか、それを先ずは知らなきゃいけないと思うし、ヴィヴィが知っていたら教えてほしいとも思うけどさ」
それだってきっと誰かの差し金ではないか、とリキヤは勘ぐる。だから今訊ねたところで納得のいく答えはきっと返ってこない。
「現状のことなら説明できるよ、お前の中にあった魔力がどうして消えたのか。これは単に雷女がお前に授けた時の魔力が底を突いただけのこと。だから今は新たな魔力を注ぎ込めばお前はまた魔法が使えるということさ」
ヴィヴィは言い終わると掌をリキヤの方に向けて近寄る。
「どうしてそんな原理であるかは、知らない。私も聞いただけだから、今は少ししか与えられないけど……今は風魔の力をまたお前に貸してやる、今度はお前を利用しようだなんて考えちゃいない。これに関しては気まぐれ」
リキヤの胸に掌が付こうとした瞬間、リキヤはその手首を掴み静止させる。
「ありがとな。でも今は力も何もない、ただのリキヤとして今まで会った人たちに向き合ってからじゃ駄目か?」
ヴィヴィはたちまち嫌悪感丸出しの顔を晒す。
「やっぱりお前の事は嫌いね、本音になんてなった私が馬鹿だったね」
そう言い終えるとヴィヴィはいつかの時みたいに地面に沈んでいった。
「素直じゃねーの」
どことなくデジャヴを覚えつつもリキヤは前に向かって歩き出す。
「なんだ、この感じ。あっちの方に誰かいる感じがする……」
呼ばれているような気がする。どことなく見覚えがある森の中を歩き出す。
俺は一人で色々と背負い込み過ぎた。自分だけの問題だって思って、当事者のことなんて二の次だった。ただ助けられればそれでいいなんて、自分勝手だったんだ。それでも今回は違う。セネカは確かに俺に助けを求めた。だったら俺がそれに応える理由は何だ? 俺とアイツは友達だ。友達を助けて何が悪い。それが今の俺に出来る精一杯の我儘ってやつだ。今それを口にしたところでヴィヴィは納得しないだろうけど。いつかでいいんだ。
それでもやっぱり胸を張って、自分のしたことを誇って、雹華にいい土産話をしたいから。




