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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
1章 異世界召喚兵
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6 非常な作戦

「リキヤさん、リキヤさん」


 ディアの顔がそこにあった。誰かから起こされることが懐かしかった力哉はその感触になんとも言えない高揚感を覚え、誰かというのも分からないままディアに抱き着いた。


「ふわっ……ね、寝惚けてますか!? リキヤさん、リキヤさんってば、団長がもうすぐお見えになるんですよ」


「あれ? 夢だったのか……あ、ディアさ……」


 脳が覚醒した同時になんという行為をしているのだと、数秒前の自分を叱りたい気分になるが、とりあえずは慌てて手を放し、膝と手を付く。


「申し訳ありません」


 機嫌を窺うように片目でディアを見上げてみる力哉。案の定顔を真っ赤にして顔を顰めていた。そうとうご立腹のようだった。


「もう、こんなこと他の兵士さんにもされたことないんですよ! でも、良かったです。あなたはちゃんとココに居てくれた。私の気持ちが届いたと思っていいんですよねっ」


 上機嫌に部屋を出て行くディア。それを起きた後とは打って変わった、酷く険しい顔つきで見送る。

 自分はいつの間に部屋に戻って来たのか……? 昨日のことが途中からすっぽり記憶から消えている力哉はいまいち実感がわかない。


「どうしたものか」


 ココに居る人たちを死なせないと息巻いたものの、実際にそれを実行できるかと言えば力哉にもそれは分からない。至極単純な事を言えば、囮として敵という存在に襲撃を受ける前に、こちら側の国がその敵をやっつけてしまえばいい話だった。


「戦場なんて出た事もない、そもそも昨日は昨日であの体たらくだったしな。こちらと向こう側の戦力の差も分からないし……こういう時に備えて戦略ゲームとかやっとけばよかったな」


 ため息交じりに起き上がり、部屋を出る。


「よっ、変態の新星」


「師匠って呼ばれたいのか?」


 部屋を出てすぐの手すりにアキラがもたれ掛っていた。押してやろうかと思った力哉だが、ここから一階までは中々の高度なのでそれはやめておこう。


「ははは、いいねぇ。その調子だ、戦場でガチガチになってたら格好の餌食になるからな。それくらいのユーモアがあった方が生き残れる」


「なんだよそれ。それもアニメの教訓か?」


「いや? ただの自論」


 尚のこと信用できねえ。

 アキラと並んで階段を下りる、一階には力哉を見送る兵士たちが集まっていた。ここにいる人たちは自分らが生きた餌だということは知らないんだな。力哉は口を紡いだ、なぜだか差し出がましい行為のような気がしたから、アキラやディアの覚悟に傷を付けるような真似はしたくはなかった。


「大丈夫だ、冷静になればきっと勝てる」


「危なくなったら死体の山に隠れろよ、俺なんかソレで生き残ってきたもんだしな」


「魔法を使うやつには特に目を見張っとけよ」


 さまざまなアドバイスをくれる。昨日今日で随分と親身になってくれる連中だ、だからこそこんなところに居させるわけにはいかない。


「リキヤさん。外で待っていれば、すぐにでも団長は来ます。急ぎ支度を」


 そうは言われるが、力哉は私物などが一切無い。あるのは今装着しているこの軽装だけであった。


「準備は出来てる、たった二日だったけどアンタ達がいい人で良かった」


 振り返りざまに兵士たちに言葉を送り、ディアと共に外へ出る。


「生きて下さい。お願いします」


 二人きりになると表情が明るみを失くし、真面目な口調で力哉に短く言った。


「これから死にに行くように見えます?」


 ヘラっとした顔でディアに微笑みかける。途端に緊張が緩んだのかディアが小さく笑い、それに釣られて力哉も笑う。


「っ……、来ました」


 地面を軽く震撼させる蹄の音。静けさが支配していた森がざわめき始める。黒い馬が一頭、森のあぜ道から出てきた。その上に乗っている男、先日の強襲作戦の指揮を執っていた男。団長が現われた。


「リキヤと言ったな。昨日の結果がたとえ、まぐれだろうがなんだろうが俺はお前を連れていくぞ。お前はそれだけ即戦力になると俺が見込んだ。だから連れていく、文句は生き残ってから好きなだけ言え」


 団長は馬から降りることもなく、ただひょうひょうと告げた。力哉はほんの一瞬たじろぐが直ぐに不敵な笑みを浮かべた。


「最初に俺を殴ったところからでいいですかね……」


 団長になんて失礼なことを、と言わんばかりにディアが額に汗を滲ませながら力哉を見ていた。だが力哉はそんなことには気が付かず、団長をただただ睨み付けるように見ていた。


「ふっ、その根性が戦場でも持つかどうか楽しみだ。さあ、乗れ」


 手を差し伸べられ、力哉はそれを掴む。すると団長が片手だけで力哉を引きあげ、後ろに乗せる。

 なんて馬鹿力だ。確かに団長の剛腕なら力哉一人くらい頑張って持ち上げられるかもしれない。だが今は軽装とはいえ甲冑を身に纏っているのだ。そんな力哉を軽々と引っ張り上げるこの男は、伊達に団長と呼ばれているわけではなかった。

 そんな男でも一昨日の戦闘では魔法に対して苦戦していた。本当に俺なんかに先頭部隊が務まるのか……、捨て駒にすらならないのではないか。心の内で不安を抱き始める。


「準備はいいか。じゃあ行くぞ」


 言うが早いか馬は転回し来た道を引き返し始める。


「リキヤさん。どうかアナタだけでも……」


 振り返りディアの顔をしっかりと見る力哉。


「絶対に、これでお別れなんて嫌だからな」


 団長に聞こえるか、聞こえないかくらいにボソリと呟いた力哉は、森を抜けて広い荒野に出てきた。


「しっかり目に焼き付けておけよ。これほどまでに美しい草原が、今から人の血で汚れていくからな」


 ムードをぶち壊す様な一言を放った団長は馬を引き留め、降りる。


「ここで待てば、いずれ我々の部隊が到着するはずだ。しばらく景色でも眺めていろ」


 優しいのか厳しいのか分かりづらい団長だな、と思う力哉だが確かにこの景色は目を見張るものがあった。

 透き通るほどの青い空、地面全体をしっかりとコーティングしている緑、生い茂る木々。日本では滅多にお目に掛かれない、そんな景色に心揺さぶられる中、程なくして強い地響きにかき消される。


「早い到着だったな」


 ガチャガチャと耳を劈くような音を立てながらその集団は姿を見せた。力哉の軽装とはまるで作りが違う、随分と頑丈な装備を身に着けており全身に掛かる重みと一切の余裕の無い顔、それを覆うように流れる汗を見れば、どれほどの距離を歩かせられたのか、考えただけでもゾッとする。


「さて、安らぎの時間は終わりだ。今から国家の為に少しでも役に立つ駒となれ、存分な働きを期待しておこう。お前がどこから来て、今まで何をしてきたのか、それを無駄にしたくなかったら戦え、戦って生き残れ。それだけがこれからのお前の存在理由であり定義になるのだ」


 なんて冷ややかな眼差しだ。

 言われたことがない、これからも言われることが無い筈の言葉を次々と語られ、それでも全てを納得できない力哉は無力なのだ。この状況を変えられる強さも権力も、知識もない。

 意を決した力哉は溢れてくる冷や汗を拭いながら、先陣の隊列に加わった。数人が力哉を窺いはしたものの、すぐに視線を前方に切り替える。これから死ぬかもしれない相手に関心を持つ余裕すらなかった。それは力哉にとってもそうだった。

 そもそも同じ格好だから区別もつかないけどな。


「さて、どうしたものか」


 歩いているだけじゃいずれ敵とぶつかって戦争が始まってしまう。このままでは埒が明かなくなる、その前になんとか方法を考えて、囮を使わせないようにしなければ。


「ちょっと尋ねたいんですけど」


 力哉は偶然隣り合わせになった人物に声を掛けた。


「……」


 口を開きはしなかったものの、目線だけをこちらに向けて言葉を待っているようだった。どうやら話を聞く気はあるようだ。


「作戦とか、聞いてたりしませんか?」


「…………ああ」


 そしてその男は視線を前に戻した。


「だが、俺達には関係のない作戦だったよ」


「いや、それでも聞かせてくれ、聞かせて下さい」


 懇願するように迫る力哉に男は短く息を吐いて、


「作戦は俺達先陣が全滅したあとになんでも『囮』を使うそうだ。そこで戦力を分散させて正方向から一気に叩く戦法らしい……ほらな、俺達には何の関係もない」


「そんな……」


 俺たちが死ぬことを前提としたうえでの囮だと?

 その話を聞いた途端、力哉の腹の底で何かが煮え滾るようだった。人の命をなんとも思っていない考えに、団長が言っていたことすら駒としての役目を果たせという暗示だったのだ。


「あまりに非道じゃないか」


「それが、俺達の存在理由なんだよ。そのために連れて来られた、使い捨てにされるだけさ」


 向こうにとって異世界人である俺達はどこに行っても奴隷扱い、男はそう言ったが途中から力哉には届いては居なかった。


「死ななきゃ、いいんだよな?」


 突然口を開いた力哉に男は怪訝そうな顔をした。


「俺達が死ななきゃ、作戦は成功しないんだな?」


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