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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
3章 異世界指名手配
58/103

20 ただの人間

「は――」


 思い描いていたイメージはさほど難しいものではなかった。先ほど脚の感覚神経を麻痺させた程度の電圧を素早く相手に充てる。さっきも出来たはずだ、なのに体は動かなかった。

 なんとなくだった。体の中に大きな穴が空いた感覚が起こり、目眩がした。


「あれ? もしかして魔力切れちゃった?」


 リキヤと対峙していた騎士がヘラヘラと笑いながら言う。


「だよなぁ。お前なんかがあんな高位魔法使えばそりゃ、そうなるよな~」


 横っ腹に蹴りを入れられリキヤは地面を転がる。


「俺たちを馬から落としてくれたお返しだよ」


 魔力切れ……? なんだよそれ。まだ何も達成してないんだぞ、こんなところでそんな現象が起こってたまるか。

 腕の力もうまく入らない。思考もおぼつかない。このままだとまた捕まってしまう。すぐにでも尋問が待っている、ナナミの事は話せない。


「うぁああああっ!!」


 無理矢理、両腕に力を入れて体を起こす。脚もガクガクと震えている、それでも必死になってやっと立ち上がることが出来た。


「やめとけって。今のお前じゃその辺の魔物にさえ勝てないんだから」


「うるせぇ、大きなお世話だ」


 全身を覆うような脱力感がやっとのことで立ち上がったリキヤをまた地面へ引きずりおろそうとしてくる。そんな思考さえ遮るようにリキヤは走り出した。


「あっ、おい!」


 すぐ近くの森には入れば、向こうはそう簡単に見つけられないだろう。それがリキヤの精一杯の賭けだった。騎士たちが乗っていた馬は完全に神経を奪ったわけじゃない、つまり逃げ切ったところで移動手段があればあれはどこまでも追いかけてくる。ならその捜索が困難な場所へ逃げ込むのが一番ベストだろう。馬に乗った状態じゃ森の中へは入れないだろうから。


「いいか、あくまでも動けなくするくらいには加減しろよ」


 騎士の四人が一気に手のひらから熾した風魔法をこちらに向かって飛ばしてくる。左手には緑色の魔法石を持っている。


「自分の魔力すら使わないところが、またお偉い騎士って感じだな」


 フラフラになりながらも、敵の狙いを確認しながら走るリキヤ。大きな怪我を負わせない為か、狙ってくるのは足元ばかりでいくらか避けやすい。


「ぐぅっ!」


 それでも広範囲な魔法のため、浅い切り傷が脚に刻まれていく。少しずつ血も噴き出してきた。

 じわじわとねちっこい連中だ。

 左足で思いっきり踏み込み、茂みに飛び込んだ。そのまま地面を転がりながら、勢いでまた起き上がり走り出す。


「くそっ。あいつ、よりにもよってあんな場所に……あそこ靴が汚れるから嫌なんだよな」


 熾した魔力を戻して、左手に力を込めた。魔法石がクズクズになって騎士たちの手から零れ落ちる。


「焦る必要はないだろう、それよりさっきの女の方を追って保護するか。さっきの男はどうせ長くはもたないだろうし」


「まあ、あとは兵団の方がやるだろ。あいつらは泥だらけ血だらけ大好きだからな」


 嘲笑するように騎士たちはなかなか起き上がれない馬を捨てて、道なりに歩き出す




「ハァ……ァ」


 脚がズキズキと痛む、それに右腕も感覚がおかしくなってきた。もともと完治していたわけもでないのに少し無茶をしてしまったからだろう。

 左手で魔力を熾そうと試みる。熾すとは言ってももともと魔力など持たなかったリキヤは、それを今までイメージすることでとにかく出したいという気持ちで顕現させていたのだから、同じことを試してみるだけだ。

 ………………。何も起こらなかった。いくら目を閉じてみても左手に力を入れてみようと、今まで人として生活してきた状態に戻っただけ。


「もともと持っていた力ってわけでもないから予測できなかったわけじゃないんだけどな」


 どうしてよりにもよって今なんだ……。

 リキヤは堪らなく悔しかった。


「結局、俺は自分の力じゃ何も出来てなかったんだよな」


 常に誰かの助けを借りて、誰かを助けてはそれをまるで自分の手柄の様に、おかげのように驕ってバカみたいじゃないか。


「おい、脱走者はこの森に逃げ込んだらしいぞ!」


 木陰に隠れ、声のする方を見てみると先ほどの騎士とは違う、兵士が数人いた。


「手分けして探すぞ」


 騎士も混じっていた状態ではトウドウ一人で足止めをすることが出来なかったのだろう。それどころか捜索隊の中にもトウドウの姿は無かった。もしかしたら何らかの処分を受けている可能性も考えられた。

 しかし、ここでどれだけ考えあぐねていても埒が明かない。リキヤは身を低くして移動を再開した。吹き抜ける風が茂みを煽っていて移動するリキヤが木の葉をざわめかせようと、風のせいだとしか思われないだろう。声を発さない限り、下手に見つかることはなさそうだ。


「ハァ……ハァ……」


 声を最小限に抑えて息をするが、どうも落ち着かない。

 早く、なんとしてもルティと合流してセネカを連れ戻さなければならないのに。……今の俺になにができる? ただ足手まといにしかならないんじゃないか?

 次第に息が荒くなっていく。リキヤはパニック状態寸前だった。

 身体中を死という恐怖が襲い掛かった。そうだ、みすみす殺されに行くようなものじゃないか。セネカのことなんて放っておいても自分より強くて勇敢な人間はこの世界にはたくさんいるのだから、誰かが助けてくれる。すぐ近くに兵士や騎士が居るんだから。それにそもそも俺はこの世界の人間じゃない。理不尽に連れて来られただけの、ただの一般人じゃないか。

 そうだ、俺は里山力哉。俺を殺そうとしたこの世界に、何をしてやる義理があるというんだ。俺を殺そうとしたこの世界を、俺を人殺しにさせたこの世界を、俺は恨んでいたんじゃないのか。


「雹華……」


 竜崎雹華。俺の大好きな幼馴染み、早く元の世界に帰らなきゃいけないんだ。あの城にうまく近づけると思っていたのに、とんだ事件に巻き込まれて……。俺は本当に不幸だ。どうしてどうしてどうしてどうしてどうして――。



『リッキーはさ、強いよね。弱いだけの私とはぜんぜん違う』



 いや違う――、それこそが間違いなんだ雹華。好きな女の子の前で俺はただ強がってただけなんだ。弱い自分なんて見られたくないから。今日まではその強がりが延長していただけだった。俺だってこれでも頑張った方なんだよ。ごめんな、失望させて。ごめんな、助けてやれなくて。


 そして目的を忘れ、この世界で生きる糧を失った青年は息をひそめることすら忘れ、歩き出した。



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