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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
3章 異世界指名手配
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19 過信が招くもの

王亡き都市キャルべラン。西門から出て道なりに進んでいくと一つの小さい村がやがて見えてくる。道なりとは言ったものの少し北寄りになってしまう、その道を逸れて海岸沿いを進むとやがて青々と茂った森が見えてくる。その中を進むと簡易的な砦が一つと宿舎らしき建物があったりもする。そこから更に進むと目新しい戦場へと辿り着く。後始末が十分に為されていないその場所は未だに血みどろとした戦禍が痛々しく残っている。


「馬車を引いた跡が道なりにあるな」


かなり重いものを運んだのか、それともよく馬車が通るからこのように強く残っているのかハッキリとは分からないが道を大きく逸れた車輪の跡は無いので辿ってみることにする。


「街の外へ出るのは、しばらくぶりでしようか。この明るさならば道中の危険もいち早く察することができます。急ぐならば今のうちです」


太陽の位置から考えると今は昼の二時くらいと概算して、あまり時間に余裕は無さそうだ。セネカを連れ帰る時に陽が沈んでしまっていては危険が増すばかりだ。悠長にしてる時間は無いのでなるべく今日中には救出したいが、実際にセネカが攫われているとは限らないのだ。あくまでもセネカを連れ去った首謀者がいるだけでセネカがそこにいるかはまた話が変わってくる。


「腕時計や携帯電話とか無いからいまいち時間帯が分からないな」


この世界の人にとってあまり時間は大切なものではないのだろうか。壁掛け時計や古時計などはいくつか見た気がするが、どれも時間は曖昧だった気もする。どうにも少し気持ち悪く感じる。

思えばいつだって時間に追われていた気がするよな。生活していくで必要な物を揃えて、周りに置いていかれないように必死になって勉強して、幼少時代に遊びまわっていたツケが大人になって返ってくるような感じだ。とても便利で、かなり息苦しい世界だったな。生死を賭けた戦いなんてものは無くても競争はし合ってる事に関してはどこの世界も同じなのだと思うが、この世界の人のする笑顔は本当に太陽のように眩しく屈託のないものばかりだと思う。それは老若男女問わずして見られるというのは元の世界で考えると、とても珍しい光景のように思う。

心の底から感謝をするということが、それこそ俺の世界には欠けているのだから。こんなひねくれた考えをしている俺が誰かの為に命を賭している。この異世界そのものに染まってきているということなのだろうか。


「どうかなさいましたか? リキヤ様」


俺の思案を探るようにしてルティが隣から顔をのぞき込む。


「んー、いや別に……。っていうかあのさ、なんで俺を呼ぶときって急に様付けになったの?」


いつからだったか……覚えてはいないが、怪我をしてディアの家で養護されていた時は少なくともそんな畏まった呼ばれ方はされていなかったと記憶している。メイドという立場を置いても。その違和感に関しては数日で拭われたが、今日事ここに関してはいきなり『様』に格付けアップされてもいささか畏怖感がある。


「誤認逮捕した罪悪感なのかは一先ず置いといて、なんかゾワゾワって来るんだけど」


普段からそう呼ばれることもないしな。


「そう仰いましても……これはケジメとしての表れでもありますが、リキヤ様は既に私の主も同然かと思いましたので」


ルティは表情一つ変えることなく淡々と答える。本調子に戻りつつある。


「いや、なんていうか、さ。いけない事をしている感じがして、こっちが責められそうな気がしてドキドキするんだよね」


自分は貴族でも無ければ使用人を従えるような金も名誉があるわけでも無い。それこそこうやって道をメイドさんと歩いてこちらが上階級の呼ばれ方をされると、周りから批難されそうで冷や汗が出てくる。御近所の噂になるというか、それこそ元の世界でこんな状況があると過程してみても引きこもりしそうなくらい恥ずかしい。社会的に抹消される。メイド喫茶という場所には生涯立ち寄らない自信だけがついていく。


「ご迷惑でしたでしょうか? 私としては職業柄、こちらの方が慣れていますのでそうお呼び立て申したかったのですが……」


心なしか次第に元気が無くなっていくようにも見える。


「でも、俺って多分ルティさんからしたら年下だと思うし、敬語とかそういうのがあまり慣れないっていうか」


「敬うべき相手はしっかりと敬うのは当然の事だと思いますが。それは自分がお仕えしているお嬢様方ばかりではなく、そのほかの方も……リキヤ様も例外ではないというだけですよ」


ルティはそう言ってリキヤに微笑んだ。


俺はしばらくその笑顔が頭から離れることが無かった。昨日今日と事件があったせいで俺もルティさんもだいぶ振り回されて、見た目以上に心は疲れきっていると思う。でも、それがあったからこそ拓けた信頼関係ではないだろうか。最近まで過ごしていたルティさんはやっと俺に対する見えない壁のような物が払われた気がする。


「俺は何もしていないし、何も出来なかった。失ってきたものの方が遥かに多いんだ、そりゃかなり」


そうだ。戦場で自分と同じくして戦い命を落としていった人たちのことも、闘技街で逃がすことが出来なかった人たちのことだって、いるのだ……。


「ディア様やアシュリア様が、リキヤ様のことをお気に召した理由がなんとなくわかった気がします。こことは違う世界から来ても尚、ご自分の事よりも他の為を思うのですね」


突然、目の前に強い風が吹き堪らず顔を背ける。その時後ろを向いたルティは数秒、硬直した。隊列を織り成す人影、その歩みは決して早くはないものの確実にこちらの姿を捉えている。


「もう追っ手が来たようです。ですがあの様子ではこちらに追いつくことは…………っ!?」


ルティは言いかけて口を紡いだ。隊列を抜きん出て現れた4頭の騎馬が勢いをつけてこちらへ近付いてくる。あのスピードでは確実にこちらに追いついてしまうだろう。もちろん走ったところで大差なくすぐに捕まってしまうのが関の山だ。


「ルティさん、今はとにかく急ごう!」


「いえ、リキヤ様だけならば、追いつかれることなく先へと進めるはずです。急ぎ魔力を熾し、騎士たちの捜索の手が及ばないところまで逃げてください」


駆け出そうとしたリキヤは騎士たちに向かったまま進行方向に背を向けるルティの姿をみて慌てて立ち止まる。


「ルティさんがあいつらに手を出せばどうなるのか分かってるのか!? 俺と同じ、罪人として扱われることになるんだぞ!」


騎士たちに手を出さず足止めをするなんて不可能だ。ルティならば騎士くらい倒すことは難しくないだろう、けれども彼女はこの世界に住む、あの街に住む人間だ。別の世界から意味もなく召喚された俺とは違って、もし捕まりでもしたらこの国で生きていくことそのものに支障を来す羽目になる。その世界で自分だけが浮いた存在となってしまう……。


「それだけは絶対に駄目だ!!」


「え……」


リキヤは必死な顔でルティの肩を掴み自分の方へと向かせた。


「あんたがセネカを探しに行け! 俺なら騎士たちに手を出したところでどうせ脱獄犯なんだから罪そのものは変わらない。あんたはセネカたちの為に自分を汚してはいけない! あいつらを説得するにも俺の存在が邪魔になる、だからあんたは進むべきなんだ」


驚いたルティは静かに瞼を閉じたものの、やがて開いたその瞳からは雫が零れ落ちる。


「本当にお優しいのですね、こんな私にまで……」


泣きながらもこちらを見て微笑むように、その涙の理由を悟られないようにするためか、もしくは笑顔のほうを誤魔化したかったのか。その両方とも見て取れる表情にリキヤは言葉を失った。


ああ――、俺は恐らく触れては欲しくない部分に触れてしまったのだろうな。最低な人間だ。


「行ってください。どちらにせよ俺はここで戦います、それをあんたが無駄にするかどうかは、あとは自分で判断してください」


ルティはその答えを行動で示すために走った。今の状況から見れば、理由を説明して騎士や兵士たちに協力を仰ぐことは不可能ではなかった。しかし、接触をすればどちらにせよリキヤを連行してからでしか事は起こせない。しかも今回の事件は兵士が絡んでいるかもしれないと分かれば尚のこと向こうは慎重に、そして秘密裏に事を運ぼうとするだろう。或いは証拠も何もかもを揉み消す算段すら考えそうな連中だ。ならば、今出来ることを俺は精一杯やるしかないだろ。


「あーあ、さっきまで強気なタメ語でいられたのに、つい敬語に戻っちゃったな」


項垂れながらも近付いてくるヒヅメの音に背筋をピンと張る。

そしてとうとう追いついてきたその4頭はリキヤを取り囲むように周りをグルグルと駆けながら距離を詰めてくる。


「大人しくしろよ、お前が脱獄なんて馬鹿みたいな真似をしなければ俺たちが駆り出されることだって無かったんだ。お礼はたっぷりとしてやるからな」


騎士のひとりがリキヤに向かって嫌味を込めて吐き捨てる。


「随分とお高いところから御挨拶なことで。お前たち普段から仕事してないのかよ、税金返せこの野郎」


実際に税金制度があるのか、そもそも税金という単語が通じるのかよく分からないが、それでもリキヤは抗戦するも抵抗する素振りもまるで見せない。


「犯罪者が悠長にやってんじゃねぇぞ。おい、あの走り去る女はお前の仲間か? あいつが脱獄の手引きをした可能性もあるな、追い掛けるぞ!」


騎手二人が道の先を走るルティに目を付け手綱をそちらに向けさせる。しかし、追いかけようとした次の瞬間、二頭の馬が膝から崩れるように倒れた。


「足の筋肉が麻痺してるだけだ、心配しなくても死なねーよ。あの女はただの人質だ、運良く街の外まで逃げ出せたからな、用済みってわけだ」


それを目の当たりにした騎手はリキヤを睨みつけるが、またもや一瞬で消えたリキヤは残る二頭の馬の脚にも触れる。


「うわぁっ!」


馬は倒れ、騎士たちも地面に投げ出される。軽い土煙を上げながらもヨロヨロと立ち上がる。

これでルティに追いつく手段は無くなった事になる。


「ん?」


倒れたはずの馬はむくりと顔を上げ、立ち上がるまでには至らないが上体だけを起こし地面に腰を落ち着かせるような態勢になった。

あれ? おかしいな、すぐに起き上がれるような微調整をした覚えはないけどなぁ。


「あまり我ら騎士をそこいらの兵士と同等だと思わないことだな、もうじき残りの連中も追いついてくることだろう、無駄な抵抗はやめて降伏しろ!」


騎士の四人がリキヤを再び囲み、剣先を向けたり魔法を使おうとしているのか、手のひらをこちらに向けたりしている。

早めに気絶でもさせてルティに追いつかないと、もたもたしていたら後続の隊も追いついてきてしまうな。



だが、リキヤの体は魔力を熾すわけでも雷を纏うわけでもなく、動かなかった。




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