16 魔法とはなにか
さっそく開けて中に入れてしまった。
「こんなにあっさり入れるもんなのか」
少し埃っぽい。手入れをしていないというよりはこの状態を保っているような感じがしてくる。扉を開けるとすぐさまリビングの様な場所へとつきあたる。ソファとテーブルがありテーブルの上には花瓶があり花が活けてあるが少々くたびれ気味だ。部屋の中には窓があるが曇りガラスなので部屋全体は薄暗い。というよりかは気味が悪い。とても本部という感じはしなく、一週間くらい誰も帰っていない家、という感じがどうしても拭えない。暖炉があったがこれも埃が被っている。ふと見てみると暖炉に修飾が施してあった。エメラルドの宝石のような物が埋め込んであり光っている。ちらほらルビーやトパーズのような飾りもある。リキヤはそれを一つ触ろうとして。
「触らないでください」
制止された。
「この家に纏わるいい話をしてあげましょうか、ここの建物の一階はどうしてかずっと空き部屋となっています」
リキヤは「あー」と埃まみれの理由が分かった、と感想を抱くだけで何が良い話なのだろうか、という疑問を覚える。
「最初の何回かはこの部屋に引っ越してくる誰かが居ますが、しばらくするとその家の人間は不眠症になってしまうそうです。不気味に感じてその家を出て行ってしまう、だから誰も寄り付かないのです」
「不眠症? どうして……」
話には続きがあった。
「ある日、この家にまた引っ越してきた一人の男が居ました。男は家の中を一通り歩き回ってあることに気付きました。この家は三階建てなのに上の階へ上がる階段がどうしても見当たらないと」
リキヤの背筋に悪寒がはしった。「まあ、普通はそんな変な物件に住もうとは誰も思わないんですけれど」と付け加えるがリキヤには聴こえない。
「夜な夜な不気味な音が聞こえてきてその男は不眠に悩まされ、またその家を不気味だと思い、近々引っ越しをしようと考えていました。ですがある日、仕事終わりに家に帰ると玄関の戸口が開いていました。男が留守の間に空き巣に入られたのです。そこで男は、急いで家の中へ駆け込みました。すると、空き巣に入った犯人が偶然にも部屋の中に居たのです」
ルティが指差した方向はリキヤの後方。
「刃物か何かで串刺しにされた空き巣がそこで息絶えていました」
「ひゃぁあああ!!」
リキヤはその場から離れてソファの上に座り込む。
「まぁ、空き巣が刺されていた理由はこの暖炉の装飾です。大方これを盗もうとして無理矢理に取り出そうとしたんでしょう」
ルティは言いながら暖炉に近付き宝石を引っ張った。すると、暖炉を形作っていた煉瓦の一つが外れ、そこから鎖付きの矢が放たれた。ルティは発射される位置を分かっていたように避け、鎖の部分を掴み引っ張る。
ゴゴゴ、という音を立てて暖炉が開き、そこから明かりが見えている。
「というわけで、行きましょう」
逸話じゃないんかい、と心の中でツッコミを入れたリキヤはひきつった笑みを浮かべながらルティの後をついて行く。
「本来は反対側の壁に刺さって終わりですが、そこまで設定されている以上に鎖を引っ張ることでここから中へ入れる仕掛けが作動するというわけです」
とんでもない場所へ来てしまった、とリキヤは天を仰ぐ気持ちに晒された。しかし抜けた先には階段があるだけ。
どうやらここから二階へ行けるらしい。
お互いが何かを話すことも無く静かに階段のきしむ音を聞きながら上の階へと上がる。扉が一つある。
「腕に覚えがあるなら少し構えていた方がよろしいですよ」
直感的にまたさっきのような仕掛けがあるというのか、必要以上にリキヤは警戒心を抱く。ルティは扉を三回、少し間があって一回、とノックした。
カチャリ。
扉が開くと同時にルティの左手には拳銃が、それを素早く右手で持ち直し銃口を扉の先に向けた。
リキヤは階段の途中に居たので見えなかった。上り終えると扉の前で二人の人間が互いに銃口を突きつけたまま、にらみ合いをしていた。
「何しにここに来やがった」
男は帽子を深めにかぶっておりハッキリとした表情は伺えない。
「よく私だと分かりましたね。フェイ」
「ここのメンバーはノックの仕方で個人が分かるようになってるじゃねぇか、恍けやがって」
フェイは呆れたように銃身を下げる。
「よく空の銃を突き付けられますね」
「よく言うよ、そっちだってゴム弾の方を出したくせ」
ルティも銃を戻した。どうやら顔なじみの様だ。
「で、ソイツは誰だ?」
「この方は私の主人です」
その場が一気に凍りついた。虎視眈々とした目つきが男からリキヤにむかって放たれる。ルティは何食わぬ顔をしているが恐らく自分が言った事の自覚がない。リキヤはじりじりと後ろの方に下がるが、それ以上にフェイが近付いてくる。更にさっき懐にしまったはずの銃をこちらへ向けてくる。
「いや、主人ってのは誤解なわけであって……ほら」
「じゃ、何か? 祝儀は上げてねえけど事実婚だって言いてえのか?」
フェイの眼が血走ってきている。
「いやいや、主人ってきっとご主人様っていう意味の方じゃないかと……」
「あ? お前ルティにそんなプレイさせてるってのか?」
やばい、地雷踏んだ。フェイはさらに怒気を上げて近づいてくる。これ以上下がると階段から落ちてしまいかねない。するとルティが一度はしまったはずのゴム銃をフェイの首筋に焦点を合わせて引き金を引いた。
「ごっは!!」
フェイは白目を剥いてこちら側に倒れてきそうだったので咄嗟に避けた。そしてフェイは見事な階段落ちを見せながら壁に激突した。
「それでは中へ行きましょう」
これあとで怒られるよなあ、俺。リキヤはそう思いながら階段下のフェイを見下ろした後、扉を抜けて鍵を閉めた。
「んで、今日はどうしたっていうんだよ」
数分後、痣だらけになったフェイが戻ってくるまではその辺の適当な椅子に座って待っている状態だったが、中には老若男女を問わない数十名のいわゆる情報屋が居た。ひとたび二階に来てみればそこはまるで、というより普通のバーにしか思えない。
「驚くのも無理はないぜ。ココの壁は魔障壁が施されていてな、バカみてぇな大声出しても漏れないんだと」
だから外からばれることがない、というわけか。
「床にまでは施せないので、一階の人には足音とか筒抜けですが」
ルティが一言挟む。
「それでよく今までやってこられたもんだ、お偉い方にばれそうな感じするけどねぇ」
噂と事実が立証されているというのに、現在もその情報屋本部という機能は失っている様には到底見えない。
「そりゃ、そうだろうよ。お前この街を見て何も感じなかったのかよ? え? お前そういやどこ出身だ?」
思い当たる節がリキヤにはあった。路地裏での悲惨な光景。国が大きければそれだけの統治力が必要だ。ましてや王亡き都市だ。誰か一番偉い人物が指示をしているわけでもなければ、国家はこうも不安定ではないだろう。それが街の行き届かない兵力の分散比であり、だからこそのリキヤたちのような存在が連れて来られる意味になるのだろう。
「異世界出身、でしたよね」
リキヤとルティとフェイが囲っていたテーブルにいつの間にか椅子と人間が追加されていた。
「おわっ!? びっくりしたぁ」
「ハハハハハハ――、いいね。この新鮮な反応をしてくれるお客さんも随分と減ったからなんていうか物凄く爽快だよ」
眼鏡をかけた青年のような装威をした何者かが驚くリキヤを横目に陽気に笑う。驚いたのはリキヤだけではなくルティとフェイも一瞬反応できないほどだったがそれでも油断をしていたわけでは無かった。
「頭領、いい加減その登場は心臓に悪いって何度言えば気が済むんで?」
フェイが自身の左胸をさすりながら呆れている。ルティはただ黙って様子を窺っている。
「いやいや、まさかルティちゃんがココを訪ねてくるなんて、ふざけた一報が入ったからね。急きょ定期の仕入れを中断して戻って来たんじゃないですかぁ」
ニコニコとその頭領とやらはルティを見ていた。何故だかこの人物が現われた時からルティは居心地が悪い様に思える。
「そんなに警戒しないでくださいよ、というのも無理な話かな。今さらアナタを面汚しなどと淘汰したりはしません。それに今日は顧客としての来訪でしょう?」
「そうでなきゃ、こんなところに戻ってきたりはしないだろうよ」
頭領の言葉を裏付ける様にフェイが溜め息を吐く。
「…………話を戻しましょうか」
口を紡ぐルティを苛むようだと感じた頭領は軽くテーブルを小突く。
「ギッシュから聞いています。ロージャ家の三女であるセネカお嬢さんが誘拐された事件の事ですよね?」
「ギッシュって?」
「リキヤ様が初めて城下町を歩いた時に私と話していた店主です。彼は下町の管理職ですから」
ほへぇーと曖昧な頷きをするリキヤをルティはジト目で見た。
「そこで。結論から言わせてもらうと、もうこの街にお嬢様はいません」
肩をすかす動作をした頭領はリキヤとルティの反応が想定外なことに気付いた。
なるほど、二人ともそれは予想の範疇ってわけですか。
「信じるも信じないもあなた方次第ですけどね、なんせここまではタダで提供している情報なわけですから。ですが、ここからが商いです」
二人は顔を合わせて互いに頷いた。
「情報の真意は定かではありません。ですがこの街中すべてを魔力感知する時間もない事も事実、その情報売っていただきましょう」
「いくら出せますか?」
頭領の提案は早かった。レンズの向こう側にある目が細くリキヤたちを見据える。
「どうするんですか、俺この世界の金とか持ってないですよ」
小声でルティの反応を窺うリキヤ。残念ながらこちら側の世界に来て人々を救うような行動はとっていても、金銭を貰えるようなことは何もしていない。それ故に現実世界でいうところの無職、ボランティアのようなものだ。
それを踏まえると連れの女性に金銭を提供させる俺は最低野郎にしか見えないよな。さっきからフェイってやつの目線が痛い。泣きそう。
「ロージャ家の財政力を試していられるのですか? それならば私の現職を辞する覚悟程度、といった見積もりです」
「なに?」
「八千万ベルカでどうでしょう」
フェイはがたた、と椅子から危うく落ちそうになった。
「は、はっせん……まん」
「ほう、それはそれは」
相槌を打っている頭領はそのにこやかな表情を一切崩すことはない。そしてリキヤはそのベルカというのが恐らくこの世界の通貨である、ということしか理解していないので反応のしようがない。
普通に高い額なのだろうか。
「それほどの覚悟が無ければ、アナタはココには来なかったでしょう。……ですが、その提案は受け入れるわけにはいきません」
態度も変えることなく頭領はきっぱりと言い切った。そしてルティは、予想外の返答に下唇を危うく噛みそうになるのをグッとこらえる。
「セネカお嬢様を救い出した際には相場以上の額を呈示できることを理解していただけているのでしょうか。一介のメイドでしかない私の足元をこれ以上見たところでそれ以上の額は現状用意できかねます…………」
リキヤはルティの余裕の無いことにいち早く気づき、焦るように頭領を見た。しかし、その頭領はこの上ない笑みを浮かべ。
「その必要もないです」
ルティは静かに膝の上で握り拳を作った。
「そうですか、失礼しました」
ゆっくりと立ち上がったルティは「リキヤ様、行きましょう」と覇気のない声音で言うので慌てて席を立とうとしたが、ココで頭領の言葉を思い出す。
『ここからが商いです』
そしてリキヤは顔色一つ変えない頭領に視線を合わせる。
「おや、そちらの彼はよく分かっていらっしゃるようですね」
ルティは眉根を寄せた。
「ベルカ……っつーのはよく分からないけど、情報をやらないとハッキリ言ったわけじゃない。つまり頭領、多分アンタが言いたいのは金の話じゃないはずだ」
頭領は眼鏡を外して机の上に置いた。
「ご明察です。僕は単に高い額を支払えばどんな情報も開示するわけではありません。きっちりと情報を売る相手を選んでいるわけです」
信頼できるかどうか、というのが第一に考えることらしい。しかし、ルティはココの連中と一悶着あったっぽいからな、それでも態度から考えると信頼に足らない相手ではないはずだ、つまり。
「試している相手は俺ってわけか」
頭領は静かに頷いた。
「リキヤさん、でしたよね? あなたは一見、短絡的に見えますけど少し頭がキレるようです。異世界から来たというのに何故か魔法も使える様だ。僕はそこに恐怖というものを感じます」
それに同調すると言わんばかりにフェイが手を叩く。
「そりゃそうだ。こっち側に生きている奴等は魔力の恩恵を受けられる人間でも濃度がバラバラで生まれつき魔法が使えないやつだっている。まあ、それでも使えたとして、魔法石が無くちゃ不可能に等しいがな」
「魔法石ってあの色とりどりな宝石みたいなのだろ? 俺はあれを使ったから魔法が使えるようになったんじゃないのか?」
戦場に駆り出されたあの時、ひたすら暴れて瀕死になった挙句、掴んだあの宝石。リキヤはそこから魔法という力を授かったとばかり思い込んでいた。
「どんなに高濃度で抽出された魔法石だったとしても人体にその魔力を宿せるわけではありません。それは人が本来持っている魔力でも同じことが言えます」
「…………」
ルティは黙っているが、その疑問に関しては抱かなかったわけではない。リキヤが宿している魔力は自分が仕える主、アシュリアのものと酷似していたからだ。それに用途は違ったが広場で見た魔法の属性は雷、まったくの同等だった。
「つまりあなたはイレギュラーな存在、というわけです」




