8 向かう先は
「上手くいったようね。ふぅ、やっと解放されたぁ」
屋敷裏の林から道へと出たところでセネカは大きな伸びをする。本当にこれで良かったのだろうか、とリキヤの心内では今なら退き返せるのではないかという葛藤が生まれつつあった。それでもリキヤはただでは済まされない、それだけは明白なのだけれど。
「アンタ、リキヤでしょ?」
あれ、名乗った覚えはないんだけどな?
「姉からそれとなく話は聞いてた」
「だったらあの時に言ってくれれば……!」
知らない相手に脱走の手伝いを求めるなんて、変な話だとは思ったリキヤだが……ここまでややこしい状況にする必要が果たしてあったのだろうか。
「私が言ったところでアンタはただの客人で終わるままだったのよ? だから考えたの、屋敷を抜け出す一番のきっかけって自分じゃない誰かのせいにすること。つまりアンタが私を誘拐したことにしてしまえば合法的に外へ出れるって話よ」
口の端を吊り上げて得意げに語るセネカ。
「悪魔のような奴だな」
同い年だったらぶん殴ってやりたい。
「大丈夫よ、いざ捕まったとしてもすぐに解放してあげる。それだけの権力が私には残念ながらあるのよ」
誇らしげに胸を張るがリキヤにとって不安しかない。何故ならリキヤは特殊だからだ。本来捕まってはいけない状況にあるリキヤは、たとえそれが誤認逮捕になったとしても身元が割れれば何をされるのか分かったものじゃない。
「いや、俺は捕まるわけにはいかないしお前とこれ以上関わるわけにもいかないね」
「え……」
セネカを素通りしてリキヤはキャルベラン城へと向かう。ここからなら少し階段を下りていくだけで城門まで辿り着けそうなほど分かり易かったからだ。
「…………すぅー」
セネカは思いっきり息を吸い込んで、
「きゃあああああ!! 誘拐よぉおおー!!!」
「うぉぉおおおおおいいいい!!!」
なんてことを口走ってやがるんだ!
物凄い勢いで引き返したリキヤはセネカの目の前で恐ろしい形相をした。セネカの肩を掴み、周りに人が居ない事を確認するとホッと息を吐いた。
「あらお帰り」
「お前、いったいなんのつもりだ」
嬉々として話すセネカに苛立ちを隠せないリキヤは押し迫る。
「最初から言ってるじゃん。竜交祭の会場が見たいって…………」
言いかけた途中で物凄い爆発音が辺りに響き渡った。それに比例するかのように道の向こうからガヤガヤと人の声が聞こえ始める。
「やば、さっきの悲鳴でとんでもない武器を持った兵士とか出て来たんじゃないだろうな」
末恐ろしい妄想を掻きたてたリキヤはこの場に留まるのはマズイと判断し、片腕でセネカの脚を持って抱え、音がした方向とは反対に走り出した。
「アンタ面白いわね、お前とか言われるのは気に食わないけど気に入ったわ」
などと、抱きかかえられたセネカ本人は呑気な事を口走っていた。さっきの爆発がまさか、自分たちが先ほどまで居た屋敷とはつゆ知らず。
「くそっ、今日はホント最悪だ!」
時は少し過ぎてキャルベラン城。
「リキヤさんが屋敷を襲ってセネカを……何かの間違いじゃないんですか?」
リーンを医療棟へ搬入されたという情報と共に聞かされた言葉にディアはひどく驚いた様子で問う。
「うーん」
その隣に居たアシュリアは考え込むように唸っていた。
リーンが嘘を吐くような虚言をする筈がないし、吐いていたとしてもそれが何の意味も成さないことは分かっているはずだろう。しかし、仮に本当だったとしてあのリキヤがそんな行動に出たことも想像がしづらい。屋敷を襲って、セネカを誘拐するなど。
「ですが、腕に包帯を巻いた見慣れない男が貴族街をうろつき、ロージャ家の屋敷へ入ったことは確認されています。目撃者も複数おり、間違いはないかと」
報告に来た兵士がその旨を伝え、去った後にはしばしの静寂が訪れた。
「…………」
「ここは行動するべきではないですかな」
沈黙を破るようにトウドウが口を開いた。
「真実かどうか、本人を探し出せばよいだけの話ではないですか、幸いにもこの場に居る者しかリキヤと気付いていない今が好機ではないですか。ロージャ家の現当主の誘拐となると遅かれ早かれ上層は動きます」
「それもそうだ、どうも話を聞くと引っ掛かる部分が多い……なんだか嫌な予感がして仕方がない」
アシュリアは落ち込むディアの肩をポンと叩く。
「お前がリキヤを信じないでどうする。きっと大丈夫だ」
言い放つと我先にと部屋から出て、街へ向かうアシュリアには腑に落ちない点を洗い出すことにした。
「襲撃したやつが何者か探らないとな」
リキヤの立場から考えてもロージャ家を襲うメリットがない。そうじゃないとしても何故、キャルベラン城の方を攻撃しなかった? 何かの報復にせよテロにせよ一番の標的はこちらではないのか。回りくどい、何か目的は別にあってセネカを攫う必要があった?
「あー、トイレが少なすぎなのがこの城の難点よね、危うく漏らすとこだったわぁ」
アシュリアが考え更けながら闊歩しているとお互い周りをあまり見ていなかったのか、独り言を言っているメイドとすれ違いざまにぶつかってしまった。
「あ、すまない。大丈夫か?」
「いえいえ、あたしはぜんぜん大丈夫ですんで……っ」
黄緑の髪の毛を肩口まで伸ばしたメイドはアシュリアを見て一瞬目を丸くした後、おずおずとその場から立ち去って行った。
「見慣れないメイドだったな」
不思議そうに思いつつ先を急ぐアシュリアを見慣れないそのメイドは物陰から覗き見ていた。
「ふぃー、あっぶないあぶない……ここで接触するとはなんたる不運」
格好とは打って変わって自然体を晒すメイドは何やら独り言をつぶやいている。
「ついうっかり盗聴器を仕掛けてしまった……はぁ、いつまでこんなことを続ければいいんだろう。力哉ぁ」
何故かリキヤの名を呼ぶメイドはすぐそばにあった壁の下部分を叩く。凹んだかと思うと歯車を擦るような機械音が鳴り始め、壁の一部が上にスライドし通路が出来る。周りに人が居ない事を確認するとその暗闇の向こうにメイドは消え、そこには何もない壁へと戻っていた。




