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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
3章 異世界指名手配
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7 ボトムアップ・ロージャ

「ふん、つまらない」


 窓の外を眺めていたセネカはご機嫌が麗しくない。つい先ほど訪ねてきた姉がつまるところ原因ではあったが、そればかりではない。機嫌が悪いのは最近よくあることだ。今に始まったことでもないし、いつまでもずっと機嫌が悪いわけでもない。もしそうなら今頃この屋敷を飛び出して何もかもを放り出しているだろう。だがセネカにとってそれは最悪の事態の非常手段であり、つまりそれは逃げだすことに他ならない。こんな豪華な屋敷に住んではいるがそれは外見と中身が釣り合わないハリボテな状態だ。窮屈で質素な生活のどこが豪華なのだ。家族とも暮らすことが叶わない。そんな些細な願いさえも、叶わないのなら最初から願わないのがセネカのセネカたらしめる部分であり己のアイデンティティーにすらそれを成し得ようとしていた。

 この屋敷の名義はセネカだ。だからこの屋敷においてのヒエラルキーはセネカに逆らえる者があってはならない。有権者であるから、実権も握っている。こんなに幼くしてそれは可能なのか、許される事なのか。許してはいけない筈だ、本来ならば。だが、ロージャという血はそれを可能にしてしまうほどに大きなものらしい。子は親を選べない、と言うがセネカは血を選べない。

 普通とはなんだろうか、普通の家庭だったならば、こんなに孤独に慣れなくて済んだのだろうか。こんなにも世界を憎まなくて済んだのだろうか。惨めな自分を嫌わなくて済んだのだろうか。

 これではいけない。強くなくちゃ、誰も近寄らない。弱い自分には誰も近寄ってはこない。力があって初めて認めて貰えるんだ。そして思うのだ、私より不幸な人なんて世の中ごまんと居るんだと。

 だからセネカは今日もセネカ・ロージャという皮を被って行動する。


「失礼します、セネカ様」


 ご丁寧に部屋に入ってきたのはメイドのリーン。ハーフエルフの彼女は少し褐色めいた肌をしていて近寄りがたい雰囲気を感じさせるが、見た目に反して物凄く礼儀正しい、そして綺麗好きだ。メイドという職は正に天職といってもいいくらいに。

 だが、そんな彼女もセネカからすればきれいごとのような存在にしか見えず、目障りだとさえ感じる。感情を表に出さない者は、こちら側も本音を出したくないという卑屈な考えに走り出し、嫌味な存在を定義することしか出来ない、やらない。


「リーン、今度あの人が来ても中へ入れないで」


「っ!? で、ですが…………」


 リーンからすれば一番立場的に逆らえないのはアシュリア、次いでディアときて三番目にやっとセネカなのだ。三姉妹の中では末のセネカが後に権力を持つことが当たり前なのだが、不思議なことに姉と次女のほうはその実権を自ら剥奪している。アシュリアは「自分のことくらい自分で判断できる」と主張。ディアは「上下関係とかそういうの、苦手なので」と権力を良しとしなかった。だから末のセネカに全てが回ってくる。権力と重圧というものが。


「分かりました」


 だからその問いの答えはイエスだ。すべてにおいてイエスと答えるしかない。


「ところで、さっきから屋敷の入り口のところに誰か立っているんだけれど、リーンの知り合い?」


 セネカが眺めていた窓からリーンが見下ろした先に、確かに門のところに誰かが立っている。腕に包帯を巻いている変わった格好をした男だった。




「あれ? おかしいな、ロージャって書いてあるからてっきりディアさんとか居るかなと思ったけれど」


 そこには道に迷った挙句、途方に暮れたリキヤが貴族街へと訪れていた。


「よくよく考えてみたら俺一人であんなところに近付いたら捕まっちゃう可能性があるんだよなぁ」


 外から呼びかけてみるが、一向に出てくる気配がない。リキヤは恐る恐る門に手を駆けてみた。




「あ、触った!」


 セネカは僅かに息を荒げた。

 門にかけてある魔法は全くの部外者が触ると反射するように後ろへと吹き飛ばされる魔法が仕込んである。そうでなくてもある程度の屋敷になるとアンチ魔法が施されていることはほぼ一般常識であり、門に触れてみようなんて誰も考えない。だが、リキヤは吹き飛ばされないどころかその門の扉を簡単に開いてしまった。


「不審者ですか、こんな白昼堂々と……追い返してきます」


 リーンは素早く部屋を出て行った。セネカはそのまま門を閉めて玄関口へと歩くリキヤを眺めていた。そしてリーンが現れ、リキヤはビビッて手を上げながら膝を着いた、降伏の意を込めて。もちろん片腕には包帯が巻いてあるので特に抵抗もしないだろうとセネカは見据えていた。そしてふと、セネカの口の端がつり上がった。


「退屈しのぎにはもってこいかもね」




「いや、だからディアさんに用があっただけで、別に泥棒だとかそんなの考えてないんだってば」


 二階、応接室にて。拘束されたリキヤは対面に座るセネカと傍に仕えているリーンに対しての誤解を解こうと躍起になっていた。

 リーンは侮蔑するような目でリキヤを睨み付けている。完全に不審人物と思われているようだ。


「いや、だからさぁー」


「あなたの言いたいことはもう充分わかりました」


 そしてその訴えも些細な言い繕いとしてしか捉えてもらえない。取りつく島もない。だがセネカだけは違った……ただただ悪めいた笑みをリキヤに見せていた……ただそれだけで何も言おうとはしない。


「生憎、そのような話をお嬢様から伺ったことはありません。あなたはこのまま憲兵に引き渡してそのような情報が本当かどうか確認を取らせてもらいます」


 リキヤの心中には焦りがあった。捕まって身辺調査をされるのはマズイ。キャルベランでのリキヤでの処分が定かでない今、強盗扱いして捕まるとなると保釈されることだって不可能な地位に落とされかねない。もともとは異世界から来たということでただでさえ危うい存在のように思われているのだ。さらに調査まで行われるとなるとディア達にまで迷惑を掛けてしまう。そればかりは逃れたい。


「そう……そうね」


 セネカは未だにリキヤを見て笑みを隠せずに居た。この状況で変な話だが、冷静でいられないリキヤはその表情が不気味なものであることには変わりがない。何を考えているのか、想像するだけで身の毛もよだつ。


「ではさっそく連絡を」


 そう言ってリキヤの横を通り過ぎて後方のドアから部屋を出ようとしたその時、奇妙なことが起こった。リキヤを縛っていたロープが緩くなり、部屋から出ようとしたリーンが突如として地面に倒れたのだ。


「な、なに……が」


 そしてそのまま気絶するようにリーンは眼を閉じて眠ってしまった。リキヤは縛られていたロープを力任せに引きちぎり立ち上がる。


「なんだこりゃぁ」


「アンタは動けるのね」


 眠るリーンの方から声がした方に視線をやるとこれまで笑顔を絶やさなかったセネカが立ち上がってリキヤに近寄っていた。


「さて、小うるさいメイドも職務怠慢で眠ってしまったようだし……さ、行きましょ」


 そう言ってセネカは倒れたリーンをずるずると近くのクローゼットまで引き寄せる。するとクローゼットを開けて「さ、詰め込みなさい」などとえらくパンチの効いたことまで言い放っているではないか。


「いやいやいや、訳分からんだろ」


 物凄い勢いでリキヤは顔を振っている。


「憲兵に突き出されたい?」


「よろこんで、お嬢様」


 従順にリキヤはリーンをクローゼットの中に寝かせる。しかし片腕しか使えないというのはそうとうに苦戦を強いられ、詰め込み終わった頃にはぜぇぜぇ言っていた。

 しかし、強盗よりも重い罪を課せられているのではないか? と疑問を抱きつつあるリキヤは言われるがままセネカの命令を聞いてしまった。いったい何を考えているのだろうか。

 リキヤが縛られていたロープをふと見やると、僅かに焦げ目が付いていてロープの強度を下げていたのが分かった。


「終わったわね。さ、行くぞぉ」


 レッツラゴーと意気揚々に部屋を出て行くセネカを追いかける様に後をついて行くリキヤは訳の分からない様子で訊ねる。


「ど、どこに?」


「どこって……竜交祭の会場に決まってんじゃん」


 じゃんって……知らないし。

 階段からエントランスへと降り玄関を開けたセネカは「げっ」と声を漏らした。気になりリキヤも覗き込むように外を見ると門のところに一人、誰かが立っていた。


「もう来たっていうの? しょうがない、裏から行くわよ」


 服装からして兵士の格好をしている、リキヤは何故かその男に見覚えがあったが考えるよりも先にセネカに腕を引っ張られ裏口から外へと連れ出される。


「ちょっ、早い早い」


 小走りで連れられ、屋敷の裏の塀までやってきたセネカとリキヤ。一見何も無さそうな壁にセネカが手を掛け、押した壁が回転をして外へと放り出される。


「からくり屋敷みたいだな」


 懐かしい子供心をくすぐられながらもセネカに引っ張られ外へと連れ出される。




「俺が先行するからお前らは周りを囲って準備をしておけ」


 門に立つ兵士が壁に寄り掛かる複数の男たちに命令をして、屋敷への門に手を掛ける。大きな魔方陣が描かれ兵士の手元をバチバチと電撃が迸り出す。


「作戦開始だ!」



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