5 失態の重なり
「貴重な情報をありがとうございました」
ルティは深々と頭を下げた。
「いや、それより長くなって悪かったね。お連れさん、見つかるといいが」
馴染みの情報屋はルティから聞いた、腕を負傷して包帯を巻いているのが特徴という青年が近くに居ないか見渡す。
「駄目だこりゃ、もう竜交祭が近いせいか、活気が止みやしねぇ」
ルティも見渡すが、とても肉眼で行き交う人々をすべて識別するなど不可能に等しかった。
「行き先の見当はついているので、程なくして見つかると思います。ではまた」
入ることさえ難しい人混みを、眉根一つ動かすことなく横切ってルティは裏路地へと入っていく。活気が多い通りとは違い、裏路地は一般の人なら近寄ったりはしない。街を知り尽くしているのであればショートカットに適しているが、治安が追いつかない裏通りは危険が多く存在する。
だがルティは構わず歩き続ける。コッコッと靴の音が床と壁と小さく反響している。この静けさが人によっては不気味に思うだろう。しかし、ルティにとってはむしろ静かな方が落ち着くことが出来る。単に人混みが苦手というわけではない、静かな方が敵を割り出しやすいからだ。
魂胆は見え透いている。情報屋から得た情報を吐かせるのが大方目的だろう。別に珍しいことではない。情報屋から情報を得るには、ある一定以上の情報に見合う対価か、信頼が必要だ。それらを持たない小汚い連中は情報屋から情報を得られない代わりに情報を得た者を狙うことが多い。だからこそ一方通行なこの通路へ入り、向こうは脅す準備が万端というわけだ。
そしてこちらも戦闘準備が万端だ。
ルティはバネ弾倉の銃撃を斜め後ろの壁に向かって発砲した。ルティの背後にはステルス魔法を施していたのか、何もないところから驚き竦み上がっている男が現われた。
「ステルス能力、心臓の鼓動に比例した能力と言ったところでしょうか」
バネ弾倉の銃弾はその男に当たる事はなかったが怯んだという事自体がもう負けを示しているようなものだった。ルティは既に銃口を男の首に突き立てていた。
「いくらバネでもこの距離なら首に穴くらい空きますよ」
何も言う事はなく男は両手を挙げて降伏の意を提示した。
「賢明な判断です、ところで腕に包帯を巻いた青年を見掛けませんでしたか?」
ルティは銃をその場から溶ける様に消して、膝から崩れている男の顔を見下ろした。
「そうですか」
くぐもった表情で心当たりがない、知らないということは察しがついた。やはりリキヤはキャルベラン城へと向かって行ったのか。恐らくは門前払いにされるだろうが、それでも問題は起こさない様にと、申しつけられているのだった。リキヤの存在は上層部に知られない様にしなくてはいけない。それがアシュリアの言っていた最低限の約束事であり、今回の盟約でもあった。
「先を急がないと」
ルティは王城へのルートを熟知している。迷うことなく最短のルートを駆けて、光射す広場へと出た。目の前に大きな門構えがありあてがうように門番がそこに居る。誰か来た様子がない、ルティはあたりを見渡すがリキヤらしき人物も見当たらない。いくら道に迷ったと言ってもはぐれてから時間はそこそこ経っている。
「あ、ルティさん。お買い物ですか?」
思索に耽っているルティを見掛けたディアが声を掛けてきた。それに気付いたルティは深々とお辞儀をして侘びを入れた。
「ど、どうしたんですか!?」
「お嬢様からのご命令を護れませんでした。リキヤ様を見失って……しまいました」
歯切れが悪そうに失墜しているルティの下がった頭を静かに上げたディアは怒りの表情など微塵もなくソレを許す慈悲の想いにルティの胸は締め付けられるほどだった。
「リキヤさんって、ジッとして居てくれ無さそうなのは分かってたし比較的この街から出ない様に注意はしていたから、多分大丈夫だと思う」
そう自分を責めないで。ディアは優しい微笑みでそう言ってルティを鼓舞した。ルティはお目付けを命じられただけで、そういえばリキヤの事は何も聞かされていない。
「リキヤ様は、異世界から来た人物ということは伺っています。ですがお嬢様との経緯は一切聞かされていません。リキヤ様とは、信用における人物なのでしょうか?」
異世界から来た者というのは皆同じ傾向にある。元の世界に帰りたくて帰り道を捜してはキャルベラン城に目を付けて、どうにか侵入しようと試みる。そのためにわざと事件を起こす者も少なくは無かった。ルティのあの促しは、それを行うか否か、見極めるためでもあった。
あの時、すぐにでもはぐれたリキヤを捜しに行くべきだった。大まかに訊けば、ディアとアシュリアの恩人というから客人が求める情報を優先すべきではなく、客人の動向に注意をしておくべきだったのだ。
「リキヤさんは、なんでも自分の問題に捉えちゃうような人なんです。だから私たちのこともほっとけない」
ルティには未だにリキヤに対してのそのイメージが合わせづらかった。基本的に自分の眼で見たものしか信じない。ルティからすればディアもアシュリアも考えが甘い部分がある。逆にセネカはその全てを疑うような存在だった。姉たちのようにはなりたくはないという拒絶心から出ているのだろうが。
「……そうですか……ですが彼は……」
それを遮る様な爆発が突如として起こった。街の活気を凍りつかせるような異彩を放つどす黒い煙が空へと浮かんでいく。
「これは、いったい」
煙が立ち込めている方向はディアが辿ってきた道の先にある高い土地、貴族街から放たれていた。ディアは青ざめた顔に口を手で覆った。
「私が向かいます。ディアお嬢様はこのことをアシュリア様に」
「わ、わかりました」
いやな予感が消えなかった。あの方向は明らかにロージャ家の屋敷がある側だからだ。セネカとメイドのリーンが危ない。ディアはキャルベラン城内にいるであろうアシュリアを捜しに門番に説明をして城内へ。
ルティはそれを確認すると脱兎の如くその場から消える様に走った。
「くっ」
私がいながら客人をほったらかしにして、主君の屋敷すら守れないのか。
自害しそうになるほど、悔しくてたまらない。全ては平和過ぎた街中でこういった事態を考慮していなかった自分に非がある。
ルティは燃えているロージャ家の屋敷を見て、我を失う程に怒り狂った。




