4 子どもたちの為に
キャルベラン城が近くに見える住宅地、明らかに手入れが行き届いている屋敷が並んでいるこの通りはさしずめ貴族街とでも言うべきか。裕福な者たちとそうでない者たちを分けているわけではないが、何かあった時、キャルベラン城の近くにある騎士団の本拠が近いこの辺り一帯が金持ちは好んで土地を購入しては密接して貴族が住まうようになるわけである。基本的に王城は高い位置にそびえているので下町への対応が遅れてしまうことは否めない。そんな下町の小高い丘にはロージャ邸があるのだが。
「ルティさん、リキヤさんとうまくやれてるかなぁ」
そしてディアは現在この貴族街を悠々と歩いている。今日はある屋敷に用があったので訪れてはいるが、あまり乗り気ではなかった。
「また屋敷に一人ぼっちで……まだ怒ってるんだろうな、あの子」
溜息を吐きながらも歩を緩めることは無く歩き続けている。そしてこの貴族街で一番か二番を争っても不思議ではない、手入れの行き届いた豪邸の目の前でディアは足を止める。すると足元に結界が現われ門が開く。
「落ち着かないなぁ、やっぱりここは」
この屋敷の魔法式は事前に与えられた刻印に反応を示し、その刻印を受けている者が居れば門は開くということだ。つまり屋敷関係の人間が居なければ蟻一匹ですら入れない、逆に関係者が居さえすれば誰でも入れてしまうのが難点でもあった。
「おかえりなさいませ、ディア様」
ロージャ家の屋敷に住まうメイドはおよそ三ヶ月で消える半刻印を与えられ、その周期で更新されていくシステム下にある。血縁であるディアは魔方陣が書き換えられない限りは屋敷に入れない、なんてことは絶対に起こりえないのだ。
「は、初めまして」
見たことのない新しいメイドだ、恐らくアシュリアとディアについては屋敷関係者の方から事前に説明を受けているそうだ。こっちは知らないのに向こうは知っているなんて、なんとも居心地がいいものではない。
新しいメイド……ということはまた、妹が駄々をこねたのだろう。今に始まったことではない、気に食わないメイドはすぐに解雇してしまう。アシュリアとディアが居ないこの屋敷では……あの子に逆らう者はそうそう居ない。
「何? また性懲りも無く来たの?」
仏頂面で来客室のソファに脚を組んで座っている少女がティーカップを置いてディアを睨んだ。ディアは生唾を飲み込んだ。
「また子どもたちの件? 何度も何度でも言うけど、嫌よ。散々一人にして挙句赤の他人を住まわせろ? 虫が良すぎるんじゃない?」
ディアはドアを開けたままのところで立ち尽くしたまま、何も言い返せなかった。実質、妹には後ろめたいことがあるせいで、まともに反論することがままならない。きっと家族を、姉妹を、ロージャ家という系統を恨んでいるだろうから。
「セネカ……お願い、話だけでも聞いて」
「いや」
取りつく島もない。ロージャ家三姉妹にして三女、末のセネカはロージャ家を恨む少女だった。姉のアシュリアは最高騎士としてこの国に身をおいている、当然この家に帰って来ることは可能ではない。ディアは救護班として国のお傍で働いていたせいで貴族街に家を持つ自分が赦されるのかという後ろめたさから、別の家で暮らしている。そしてロージャ家の主である両親は他界して、この家で実権を握るのは末の妹、つまりセネカだけだった。
「メイドにだってかなりの負担をかける、子ども達全員の面倒は見れない。だからといって数人預かるのに妥協をするお姉ちゃんじゃ、ないんじゃない?」
「…………」
悔しいが言い返すことが出来ない。それもそうだ、見捨てられたも同然の妹に今さら頼って、虫が良すぎるのも重々承知だ。それでも他に引き取り手が見つからない。姉のディアはただただ頭を下げるだけしか、しない。
「帰って。これ以上、私のお姉ちゃんを汚さないで。無様を晒さないで」
ああ、また同じようなことになってしまった。
私のお姉ちゃん……その言葉が出て来てしまった以上、ディアになにも出来ることは無い。また説得できなかった。
屋敷を出て、キャルベラン城へと向かうディア。せめて子ども達を会わせてあげたい。
子ども達は駄々をこねていた。
『落ち着かないか、おい。お前たち!』
女性ということでアシュリアも子ども達の下へと訪れていたが、その子どもたちはそれぞれが喚いていて、聞き取れない。
『み、みんな! 少し静かにして、ね?』
『やだやだ!』『ここ怖い』『お前らなんか信用できるもんか』
もともと人身売買の商品としてそうとうな虐待や滅茶苦茶な教育をされたのだろう。自由になりかけた子ども達の反発はここにきて爆発的になっていた。
『お前たちは何が希望なのだ!?』
耳を抑えながらディアは声を荒げるが、いかんせん子ども達の耳には届かない。なるべく強面な男たちは部屋に立ち寄らない様にしていたのだが、ここで一人の屈強な男が部屋へと入ってきた。
『失礼、恐らく子どもたちは会いたい人物がいるのではと思うが』
『トウドウ、お前の顔は傷があって子ども達が怖がるだろ。入るなって言ったじゃないか』
アシュリアは良かれと思って発言をしに来たトウドウと呼ばれる男をしっしっと手であしらう。トウドウは『うぬぬ……』と困ったように唸っていた。
『トウドウさん、会いたい人って?』
ディアはトウドウのことを知らないわけでは無いので、その強面に臆したりせず話しかける。
『あ、たいちょー』『たいちょーだ』
トウドウのガタイや顔を見れば、大の大人でも萎縮してしまう程人相が良くは無いのだが、子ども達はその人なりを理解しているのか遠慮なしにトウドウの方へ駆け寄る。
『なんだ、トウドウの方が怖がられないというのは! 納得がいかん』
アシュリアはギロリとトウドウを睨み付け部屋を出て行ってしまった。トウドウは頬をぽりぽり掻きながら、アシュリアの後ろ姿を見送る。
『なんだか申し訳ないことをしてしまった、か?』
『姉は何事も負けず嫌いだから、気にしなくていいですよ?』
フフッとディアは子どもたちに囲まれながら微笑む。トウドウは殊の外、その姿に見惚れてしまっていた。優しさというのを全身から感じさせるディアのその様子はまるで聖母と見紛うくらいに。
『トウドウさんには懐いているんですね』
『……あ、いや』
無意識にディアを見ていたことを本人に気付かれなかっただろうか、思わず顔を背けて子ども達の方へ視線を落とす。
『この子たちは、あの男に会いたいとずっと言っている』
『あの男?』
この子ども達を救う作戦を指揮していたトウドウ、部隊長などと呼ばれていたが召喚奴隷である一人の兵のおかげで生き残ることに成功した、元召喚奴隷。馬車の帰り、その男の名前を聞いたのを今でも覚えている。
『リキヤと言ったか、あの男』
『…………そう、この子たちが』
リキヤさんが身を挺して護った子ども達…………。
人身売買に出され、希望すら失いかけていた子ども達がここまで明るさを取り戻せるほどに、勇気づけられた。底知れない何かをあの時のリキヤは持っていたということなのだろうか。それはトウドウも同じくらいにリキヤの、あの時ほどの闘志に心を打たれたことはない。
『リキヤさんに会いたい?』
『『『うん!』』』
そう、この子たちも……救われたのだ。私の様に、心から感謝をしてもしきれないほどに。この世界とは違う異世界から来て、自分の事ですらまともに整理がついていない彼に、真っ先に私たちを助けてくれるその彼に会いたいと。
その気持ちは痛い程に理解できる。
『トウドウさん、この子たち私が引き取ってもいい?』
我ながら大それたことを口にしたなと、後になってディアは思った。




