3 見たくない、見てはいけないもの
「直接あの城を見に行かないと」
リキヤは人混みをかき分けてある場所へと足を運ぶ。「王亡き都市」というのだから王が実際に居ないのだろう。王亡き王城、キャルベランという城は。もともと召喚された場所はあの城の中なのだ。それは覚えている。この世界に来てすぐさま城の裏門から街の外へと出る門を潜らされた。この街の外壁だけは記憶に真新しいものがある。城に向かう道を駆けるリキヤは意外に周りの建物が高いことで土地勘を狂わされる。ロージャ宅の丘からしっかりと城のある方角を覚えていた筈なのだが。いざ、街へと降りてみると似た景色と入り組んだ道順が感覚を麻痺させていく。
建物の影で少しだけ薄暗い雰囲気がどうにも心地がよくない。人の気配もいつの間にか消えており早く人通りに出ようという焦燥感が溢れ出る。先ほどまでの楽しい雰囲気からは想像できないほど、気持ちが悪いほどに静かだ。
ロージャ宅での静かなあの空気ではない何か。風の通りが悪いのか、時折気味の悪い風音が耳をつく。
「不良に絡まれそうな場所だな……」
自分の足音が反響するほど、静かな場所なはずなのに、その静けさが不安を煽ってくるようだ。それはきっと、ここが知らない場所だから。昔なじみの知り合いも居なければいざという時に助けてくれる人もいない。ココはリキヤがいた世界ではないから。
「そうじゃない」
この世界でも護るべきものがあったことに、できたことに間違いはないのだ。ココは今、自分がいる世界なのだから。すぐにでもココを抜けて、目的のキャルベラン城へと向かわなくては……。
「まぁ、待ちなよ若いの」
金髪で褐色の肌にタトゥーが入っている男が音も無くリキヤの目の前に現れた。気付かなかっただけなのか、または気付かせないように仕向けたのか。
「あ、すいません。キャルベラン城ってのはどっちに行けば着きますかね」
どうやって目の前に現れたか? そんなことはこの際どうだって構いやしない。今のリキヤは早くココを抜けたいという気持ちでいっぱいだった。
「質問は俺の方が先だ、アンタさっき……ロージャ邸のメイドと歩いていたよな。この辺じゃ見ない顔だけど、アンタ何者だ?」
「召喚奴隷」
一切の躊躇もなく、きっぱりと言い張った。別段隠し立てをしたところで動作や振る舞いなどで直ぐにこの世界に馴染んでいない事はバレるだろう。
「っ!? ……へぇ、ソイツは初めて見た」
多少驚いた顔はしたものの、男はそれに納得したようにリキヤをまじまじと見回す。
「よせやい、照れるじゃんか」
それよりも早く道を教えてくれるか、解放してほしいという気持ちでいっぱいいっぱいなリキヤは目の前の男を警戒する態度で訊ねる。
「俺に何か用じゃないのか? 他に聞きたいことが無いならキャルベラン城への道のりを教えて欲しいんだけどな」
「言い切るねぇ」
金髪の男は堂々足らしめるリキヤの態度に満ちたりたような笑みを見せる。てっきり金目のモノをせびりに来たカツアゲもどきな目に遭うとばかり構えていたリキヤだったが、どうも様子がおかしい。
「確かに俺はこの辺りには詳しい。実際この辺に住まいを借りているわけなんだけどな、でも生憎残念で仕方がないが俺はお前に道を教えたりなんぞしない。まぁ、だからと言って邪魔をしようってわけでもないんだけどな」
脈絡のない話だ。こうして今現在も尚、邪魔をしているという事実には変わりはないというのに、それでも自分のこの行為は邪魔という分類には当てはめたりなどしない。足止めをしているのに邪魔ではない。
「そう、むしろ俺は今この瞬間アンタを助けていると言っても過言じゃない。むしろ当てはまり過ぎて俺自身ビックリだ」
いったい何を言っているのだ。
男の言っている事がさっぱり理解できない。ここにいることが助け? 迷っている人に対して道を教えない事を「助け」と、果たしてどの場面においてその言葉が正当化されるのか、リキヤは足りない頭をフルに回転させてみる。
「駄目だな。どうしてもお前は俺の邪魔をしているようにしか思えない、残念だけど。残念だけど、俺は別に何かを報いろうとして王城を目指しているわけじゃない。ただ見ておきたかっただけなんだ」
「それだけって顔じゃないんだよ。アンタのソレは」
リキヤは僅かに眉根を寄せた。そこまで顔に出ていたのだろうか。報いろうとかいう考えは無いにしても……確かにいずれかは俺を、俺達を召喚した張本人を心行くまで殴ってやろうと夢見ているがソレは何も今ってわけじゃない。あくまでコンディションの問題ではある。片腕の使えない状態で挑んだどころでたちどころに殺されて終わりだろう。目的も果たせない。
「どうしても王城前まで行きたかったら無理やりにでも押し通るんだな、それだけの決心と強さが無いと死ぬぜ、アンタ」
金髪の男は高さが三十センチにもなる帽子をかぶり、ツバの部分に付いているバッヂを僅かにチラつかせた。
「これでも俺は門兵なんだ」
敵意をみせているわけではない。ただそこに立っているだけの男。
「兵士ってわりには丸腰だな、そんな装備で大丈夫か?」
「まあな」
通じなかった、そりゃそうか。
どちらにしてもその後ろ側の道が王城へと続くと分かっただけで儲けだろう。そしてこっちは土地勘が分からない上に怪我も完治していない。それに門兵が何故こんなところに居るのだろうか。目の前の男が不気味に思えた。
「まあ、でも」
リキヤは来た道をあっさり退き返し、大通りに抜け出た。
「あらら?」
予想すらしなかった行動で男はあっけらかんと人ごみに消えるリキヤを見送った。冷静に考えてみれば王城へ続く道は何もこの通りだけじゃない。行こうと思えばどこからでも王城へたどり着ける。
「見るからに怪我人に対して構えることもなかったかな…………さっさと用件を言えば良かったや」
頭をポリポリとかいて男は静かに来た道を戻っていく。
「いくらルートを変えようとどうせ向かう先は一つしかないんだから」
「あ、すいません。通りまぁす」
退いたはいいもののどこを通れば安全に、そして楽に辿り着けるのか。人混みがごった返す状態は一瞬の思考さえも許そうとはしない。さらに怪我した部分を庇いながらだ、かなりつたない歩き方になってしまう。
「きついな」
どこかで休憩を取りたいが、落ち着ける場所など見つかるものではない上に、この世界での通貨というのも分からないので飲食店などにも入れない。
また違う路地に入り、壁に手を付く。下を向いていたリキヤの呼吸が落ち着いた頃、視線を真っ直ぐにし道を確認しようとすると信じられないものが目に飛び込んできた。
「うぁ…‥‥ぁ」
ズタボロの服をだらしなく着こなした老人から子どもまで、男女問わず道を歩く隙間さえも無くなるほど……埋め尽くすほどに倒れ込んでいた。僅かに嫌な臭いが鼻孔を突いて思わず口を押えてしまう。
「なんだ……これ、ひでぇ」
目は虚ろ、とめどない涎を垂らしながら無気力に唸っている。とてもではないがまともではない。正常じゃない。異常だ、この世界に来てリキヤにとって異常な出来事は多く身に起こったがこれは、世界など関係なく異常で異質だ。人として、生物としての機能をなんら果たせていないのだから。
まるで薬物に溺れたような……、ココに長く居てはいけない。だめだ。そう感じたリキヤはまた大通りへと紛れ込む。
誰もあの惨状に対して何も思わないのだろうか。低く移動しながらリキヤは移動する人や人ならざる者たちの顔を覗き込む。何も知らないのか、それともこれが当たり前のことだからなのだろうか、気に留めたり気に病んだりする人はココには居ない。それだけは直感できた。
「王亡き都市……内政が至らない証拠……そういう意味じゃ、俺が元居たところがどれだけ安全だったか痛覚させられるな」
奥歯を噛み締め、リキヤは別の道を捜す。これ以上見たくないモノだけは増やしたくないと、そう願いながら。




