2 初めての王都
先ほどのメイド服を着たまま、なにやら手提げ鞄を持ったルティが現われた。
「右手が使えず不便でしょうがしっかりと私のあとを付いてきて、くれぐれもはぐれないようにお願いします。街中は複雑で時折無法者も潜んでいますので」
「……はい」
念願の外に出られるのはなんとも願ったり叶ったりの筈なのだが、リキヤは何か引っかかるものがあった。
数日の間、故意としてリキヤを家から出すまいと少なからず躍起していたルティが、同行付きとはいえ、こうもあっさり外へ出ることを許可してくれるとは思ってもみなかったのだ。他にも少なからず、気になった部分が数分前の会話の中に紛れ込んでいた。「下見」と、ルティはそう言った。それに何の意図があったのかは分からないが、だがしかし用心はしておくに越したことはなさそうだ。
「…………」
相変わらず無口なその表情からいったい何を思い、考えているのか、そんなことを探っているとルティと目が合って逆にこちらの腹の内が見透かされそうで尻ごみしてしまう。下手な事をするとせっかくの外出許可も白紙に戻されそうなので、疑念を抱くことをやめた。
小高い丘の上に立つちょっとした豪邸のようなこの家を出た先には、窓から見ていた青々とした草原が広がっており、そこから海に面した街のほとんどが見下ろせた。肉眼で確認できるお城のような建物にリキヤの興味を惹く。
「あれが……なんつったか、きゃ……キャラメル?」
「キャルベランです」
どうも横文字は苦手としているリキヤは隣で一緒になって街を見渡すルティを見た。「王亡き都市」と、彼女からそう聞いていたリキヤはそれがどういう意味なのか、訊ねようとしたところでふと、家の隣の小屋に目が留まった。
「あれって馬小屋か何かですか?」
まさか納屋か? それにしてはやたらと大きい気がする。
「それは竜小屋です」
「そんなカテゴリーがあっていいの!?」
サラッと言われた一言に思わず声を荒げた。確か竜って神聖なもんじゃ無かったっけ……?
僅かながらにもこういった知識はあるのかと見越したルティはリキヤの表情から言わんとせんことが読み取れた。
「竜と一口に言っても純潔ではありません。魔力の桁がそれらを判断させますが、属性そのものを司る竜を私たちは神竜と呼びます」
ルティは丘から港町へと延びる階段を下りていく。
「そうですね、異世界から来たリキヤさんならばこの世界において一般常識を知っていただく必要があります。お嬢様のお屋敷にも書物がありますが先ずは初心者にも分かる様な物から探していきましょう」
勉強しなきゃいけないのか!? と心底嫌そうにかぶりをふりながらトボトボ階段を下りていくリキヤは冷たく吹く風に身を翻す。
「なんだ、この香り……」
リキヤはルティを追いかけながら時折風に乗ってくる嗅いだことのない香りが鼻孔をくすぐる。
「磯の香りですね」
言われてみれば確かにそうかもしれない、だけどリキヤが嗅いだことのある磯の香りと、リキヤが居た世界の磯の香りとはまた違っていた。臭みがないというか、不快感がないという、そんな匂いだ。
「自然の違いなのかな」
カラーン、カラーンという正午を告げる鐘の音に不思議とリキヤは心が躍った。いつだったか、初めて東京に来た時のワクワク感に似た何かがあった。未知なる光景が楽しみで、楽しみで仕方がないという無邪気な気持ちがココへ来て溢れ出た。まさしく本当の観光をしに来たように。
「私からはぐれない様に気を付けてください」
しかし、リキヤの耳には恐らく届いてはいない。それもそうだろう、人混みが徐々に増えていくこのあたりは買い物するにはもってこいの店が立ち並ぶ路地だった。
漁業が盛んでもあり林業にも精通しているキャルベランでは毎日のように市が繁盛している。陳列棚に置かれた商品は溢れんばかりに新鮮さを醸し出しており、どこもかしこも売りに売ろうと店主らしき人たちが声高らかに饒舌だ。しかし、どの商品名も聞いた事のあるものばかりであまり現実世界の商店街とそう差は無さそうだった。強いて言うならば獣の耳をした、ファンタジーでいわば獣人と呼ぶべき者たちがいることくらいだろうか。
「ヴァラウィルを思い出させるな」
ヴァラウィルのような狼のような獣人が居て萎縮してしまうリキヤだが、よく見れば犬に見えなくもない。このあたりの見分け方などはチンプンカンプンだ。もたもたしているとすぐにでもルティの姿を見失いそうだ。気付けばルティは露天商に捕まっていた。
「ルティちゃん! 久しぶりだね、戻って来たのかい?」
知り合いか……。
「ええ、お嬢様からお声があったので戻ってきました」
馴染みの店主に声を掛けられ、様々な会話をする。そう、この市ではただ買い物をする為だけでこんなに大勢集まっているわけではない、情報が行き交う場所でもあるのだ。世の状勢はたいてい街の人から情報を仕入れられる。それより深く根を張った情報となると専門の情報屋にそれ相応の対価を支払ったりして世は回る。それこそ異世界から来た徴兵の情報なども日に日に公になっていくことも王立政府は隠し通せないわけなのである。
この国の政治体制について彼に話す……、その前にまずは私自身がそれを知らなければ。
「私がいない間に変わりはありましたか? できることであれば、異世界へのゲートに関する情報で」
店主は意外そうな面持ちで目線を左右にチラつかせた。
「珍しいね、ルティちゃんがそんな情報を欲しがるなんて……だが、生憎こんな大勢が居る中おいそれと話せる小事ってわけでもないぜ。場所を変えないと」
ルティも出来る限り不審に思われないように、静かに周りを見た。すると人混みの中にもちらほらと兵士の姿が視界に映る。それと同時にあることに気が付いてしまった。不審がられないように振る舞っていたルティ自身もその焦りを隠せない様に再度周りを注意深く見回す。
そしてルティは小さく肩をすくめる。
「困りました」
はぐれるなと言ったにも関わらず、リキヤはその場から姿を消していた。




