24 次なる戦の狼煙
円卓に集まる面々、各々が苛立ちを見せている。
「まったく、早く来ないのかアイツは……」
一人の老翁が忌々しげに呟く。これは定例会ではなく緊急招集という形で集うことを余儀なくされた相応の興亡史を刻まん面子だ。つい、数日前に定例会を終えたばかりに今度の招集ばかりは更に空気の持ちようが一風変わっている。
一つだけ異彩を放っている空席に対して、ざわめきを見せる会議室内。
「まったくとんでもない案件を持ち込んでくれたものだな」
「あぁ、いつもは遅い私ですらこれほど奴を待ち望んだ時間を長いと思った事はないな」
この事態の中心に立っているアシュリアは余裕綽々の笑みを浮かべながら今か今かと待ち望んでいる。クウェイの到着を。
そして軽快に開かれた扉を通ってクウェイが自信たっぷりの余裕の表情で円卓へと近づいてくる。
……妙だ、あれほどの余裕を見せられる立場ではないという事がクウェイ本人が一番分かっていることだろうに。
「クウェイ! 貴様いつまで我々を待たせるつもりか、挙句その悪びれもないその態度。なんら反省の色が見えておらんな」
ベランドがいつもの調子のよい態度は一切見せず、淡々と遅れてきたクウェイに向かって告げた。しかし事が事ゆえにか、誰もその様子に違和感を覚えることは無かった。国家の存亡に関わるといっても過言ではないそんな状況であったからだ。
「一度しか言わん、クウェイ。貴様の管轄である闘技街コルークルの件、街を囲っている壁はことごとく破壊され、街中を火の手が回り、肝心の闘技場が跡形もなく地に沈んでいる。死傷者も数えきれないほど出ているうえに現場を指揮していたヴァラウィル軍曹が行方不明。警備隊だった者たちは野盗と化している。証拠こそはないものの、アシュリア・ロージャ騎士の報告書とほぼ一致している。なにか異論や申し立てはあるか?」
ベランドが言い終えると、他の者たちやアシュリアもかたずをのんだ。何も言わず立ちっぱなしだったクウェイが一つだけ空いた己の席に向かって歩き、そしてゆっくりと腰かけた。
「儂も知らなかった……というモノでは済まされない事は分かっておる。なんせ儂もヴァラウィルが送る月一の報告書がよもや偽情報などとは思わなかったものでな。儂の部隊のケジメはきちんと着けさせる。ヴァラウィルは国家反逆罪で指名手配とする故、あやつを捕らえ次第、儂もケジメは着けるつもりだ」
謀らずも勇ましきその様に、皆が動揺を隠せなかった。アシュリアの考えではヴァラウィルとクウェイは必ず繋がっていると読んでいた。故に闘技場で確たる証拠を押さえ適切な処罰を受けさせるつもりだった。その一番の証拠がないという事は、クウェイにとって己の管轄だからという名目だけでしか責任を負わせられない。
……己とこちら側に枷を掛けたな。
とどのつまりは、今まで自分の地位にすがっていただけの人間にここまで言わせる程追い込まれているのか……とみんなに錯覚させたのだ。そしてヴァラウィルが捕まれば自身も処罰は受ける。逆に言えば入隊時から屈指の強豪だったヴァラウィルが捕まらなければ罰されることはないということだ。
アシュリアの読み通り、誰もその先口を出そうとはしなかった。俯いて謝罪の意を込めていたクウェイの口元がほころんでいた事を、ベランドは見逃さなかった。
「…………」
そうとう悔しいだろう、一切の表情を変えないアシュリアの事を窺いながらベランドは短く息を吐く。
「ヴァラウィルの件に関しては独自で調査をしていたアシュリア・ロージャに一任するとしよう。何の咎めもないのはいささか心苦しいだろう? クウェイは無期限に渡り謹慎としておこう。期間に関しては後ほど報告させてもらう」
ベランドは本来ならばここで終わり解散となるこの会議に丁度いいとある情報を持ち込んでいた。
「前回の戦争から幾数日が過ぎた、互いの傷は完全には癒えていないだろう。一気に侵攻され、我が国が荒らされた。今度は思い切って国境沿いまで軍を侵攻させてはみないだろうか」
ベランドの思いがけない提案にその場に居た全員が待ったを掛けたかっただろう。こちらから進軍できない理由が……誰もが知るその理由があったからだ。
「お言葉ですが、ベランド卿。我が国とステイシア国との国境沿いは極寒の雪山で御座います。それは貴殿も存じておいででしょう?」
一人の老翁が口を開いた。極寒の雪山、ここを抑え、開拓すれば国を越えることは容易くなる。前回のステイシア軍の侵攻は極寒の雪山を迂回してわざわざ別の国境から攻め入っている。両国が恐れる何かがあるのだ。
「氷の魔女であろう? だからそやつを封じ込めればいいわけであろう」
一堂に介さず、ベランドの独断で決まったことなのだ。実質王権を握っているのは他ならぬベランドだからである。故に何の考えも策も無しに無謀な賭けにでる男でもない。それは誰もが分かっていた。
「やつの根城が判明したんだ。そこを叩けば、どうにかなる。偵察部隊を視察にいかせ、成果次第では近い日に畳み掛ける」
本当にあの氷山を我が軍だけで落とすつもりなのだろうか。
アシュリアは不可能のように思えた。ただでさえ体力を消耗する極寒の地域に更に氷山という最悪の組み合わせだ。兵力がそこまで保つとは到底考えられない。それに氷の魔女、アシュリアは過去に一度手合わせを試みたことがある。
だが、魔女に仕えるドラゴンにさえ手も足も出なかった。どんな相手でも氷山に一度脚を踏み入れればそこから標的とされる極寒の氷山プリズマ。逃げ帰った者は居ても、超えた者は一人も居ない。魔女の住む山。




