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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
2章 異世界受刑者
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22 見えざる力


「…………」


 アリーナからディアはリキヤたちの戦う様を見守っていた。


「お姉ちゃん、リキヤさん」


 ヴァラウィルは獲物を捉える獣のような顔つきで元受刑者たちを睨み付けた。微力ではあるがヴァラウィルの放った火球は少なくとも丸腰で無事にいられるほど軟な魔力ではない。それなのに視界に映る彼らはほぼ無傷でこちらへと駆けてくるではないか。さほど脅威になるわけではないがヴァラウィルはこの現状が気に食わなかった。

 だから先ほどよりも更に強力な火球を放った。


「単に着地点がズレただけのこと」


 そう思い込むことでヴァラウィルは己の判断ミス故に彼らが生きているに違いないと考えた。そしてもう失敗はしないと。

 だが、放った火球が彼らに届くことは無かった。


「アキュリーテ」


 ヴァラウィルの火球を包み込むように先行していた受刑者の掌から真横へと水が放たれた。まるで柱か巨木のような胴回りをしていた水はあっさりと火球を土の塊へと還した。


「……っ」


 その水柱はヴァラウィルごと勢いで押し退けた。信じられない事に今まで無傷同然だったヴァラウィルが苦渋に満ちた表情のまま壁際まで追いやられ、身体を打ち付けられる。


「ぐはっ!」


 押し寄せる水圧に息を切らしながらも勢いを消すために薙ぎやった。呼吸を整えながらギロリと更に元囚人たちを睨み付ける。


「(下民如きが、何故上位魔法を蓄えた石を持っている……?)」


 ヴァラウィルは状況に関係なく数秒考えた。いや、埒が明かない。何故戻って来たのか、どうして高密度の魔法石を持っているのか、それは本人たちに聞けば早い事だ。ヴァラウィルの判断は即決だった。


「大丈夫かっ」


 リキヤの元に駆け寄ってきた元囚人は懐からたくさんの束ねられた鍵を取り出した。恐らく看守室からあらかじめ取ってきていたのだろう、もしくは他の受刑者たちを逃がしたあとに持ったまま戻って来たか。


「なんで戻って来たんだ!」


 リキヤはひっきりなしに怒鳴っていた。数名がリキヤを護り隠す態勢に入り、残る一人が鍵を一本ずつ抜き差ししていく最中。


「囚人が全員逃げ出してはいないからだ。一人だけ残して逃げたら俺達も他のバカなヤツらと変わらねえ」


「…………」


 リキヤは軽く息を吸い、小さくそれを吐くと密接された腕を上に引っ張り出した。


「恐らくその中に俺の鍵は無いと思う。いや、あったとしてもそれだけの中から短時間では見つけられない」


 のんびりと鍵を探し当てる暇は実のところは無いに等しい。先ほどの攻撃でヴァラウィルの怒りは有頂天なほどだろうからだ。そんな相手がこっちの戦闘態勢を待つはずもなく籠手から炎を吹き出しながら向かってくる。


「はやく! 切れてもなんでもいいから」


 鋭い一閃がリキヤの頬を掠った、その鋭さは密接された鎖ごと断ち切っており、それを振り下ろしたアシュリアが笑った。


「選手交代だ」


 そう言い残すと再び痛み出す脇腹を抑えながら膝を付く。


「下民が、余計な時間稼ぎを」


 でももう遅い。ヴァラウィルの勢いは止まることなくリキヤたちのすぐそこまで迫っていた。魔法石を切らした元囚人たちはその勢いに気圧されてたまらず後ずさる。アシュリアは未だに脇腹を抑えており本調子ではない。

 そんな中、リキヤだけが立ち上がりヴァラウィルを真っ直ぐ見ていた。足枷と手枷の鎖が切れて地面へと垂れ落ちている。重みは残るもののやっと自由になった。


「普通の攻撃じゃ勝てないよな」


 全身に力を込めるイメージ。そしてリキヤは捨て身覚悟で地面を蹴ったと同時に左脚から体の軸を捻った。回し蹴りの原理でヴァラウィルに一発決めるつもりでそれを放った。

 何度かヴァラウィルの戦闘パターンを見ていた。もちろん何もできずに地面に伏せているしかない状況下でのことだったが。それも自分の命の危険性もあり、じっくりとまでもいかずに。

 ヴァラウィルは無駄に避けようとはしない。必要最小限の動きをすることで体力を温存している。ならば、


「甘い」


 ヴァラウィルはリキヤの予見通り、必要最低限でしか避けない。スレスレのところを避けて、いともたやすく見切られる。


「!」


 ヴァラウィルは眼を見開いて突然地面に膝を付く。リキヤは地面に背中から落ち、膝を付いたヴァラウィルに向かって笑みを零す。


「はっ! 完璧に避けられたと思ったか? いつまでも余裕でいられると思わないこったな」


 痛みは無かった。身体が痺れているだけで……、


「なんだこの攻撃は……」


 ヴァラウィルは身体中のあちこちに焦げた跡があることに気付いた。それと同時に地面を見てニヤリと笑みを零すとともに確信した。

 そういうことか。


「鎖にありったけの電流を纏わせたな。アシュリア様の魔力を……」


 リキヤの腕に巻かれていた鎖は先ほどよりも短くなっていた。ありったけの電流を鎖の脆い部分に刺激され、耐え切れずに鎖は暴発して引きちぎれたのだ。雷を纏っていた為に痛みは麻痺し、気付かぬうちにダメージは蓄積していた。

 虫唾が走った。ヴァラウィルはこれほどまでに腹を立てた事がない、だから逆に穏やかになろうとさえ思えたくらいに。こんな男に、リキヤという男に追い込まれる自分という姿が次第に想像できてきた。それほどに心の内では追い込まれていた。


「もう無理みたいだ」


 リキヤはほぼほぼ全魔力を鎖に巡らせた。体の芯から痺れ、通常の人間ならば黒焦げになるほどだろう。しかしヴァラウィルはまだ口さえも動かせる。リキヤは徐々に戻って来た体力でなんとか立ち上がりヴァラウィルに近付いた。

 追い込まれたと感じたヴァラウィルは今まで張り巡らせていた重く脆い糸を頭の中で切らせた。


「全員死ね」


 今まで溜めていた魔力をヴァラウィルは地面に向かってそれらをぶつけた。その魔力量から察することが出来るのは限度をわきまえている者だけで、魔力感知が難しい者は何が起こるのか想像さえできないだろう。


「これはちょっとやばいなね」


 こっそりとアリーナからリキヤたちの様子を窺っていたディアに気付いていたアシュリアは表情が一気に冷めたものへと変わる。


「っ!? ディア!! 逃げろぉお!!!!」


 アシュリアは一瞬躊躇した。すぐさまディアのほうへ駆けつけようと試みたが、アシュリアの近くには元囚人だった男たちが居る。彼らは魔力感知が恐らくはできてはいない。だから事の非常さにも気付けていない。見捨てることはしたくない。


「くっ」


 揺れる地面、迷っている時間は無いというのに。ある決断をしようとしたアシュリアの肩に一つ手を置かれる。


「俺に任せてくれ」


 永いローブをまとった人物が何の前触れもなくそこに居た。そしてすぐさま瞬間的にディアの目の前までその姿は移動した。


「きゃっ」


 驚きのあまり声を漏らしたディアは容赦のないお姫様抱っこでローブを纏った謎の人物に闘技場外へと移動させられる。


「何者だアイツは」


 そう呟いたと同時にヴァラウィルの魔力は暴発した。


「今はこっちが先かっ」


 アシュリアは電波障壁を作り、元囚人たちの前へと立つ。


「ア、アシュリア様……」


「安心しろ、せっかく拾った命をこんなことで捨てさせはしない」


 地面が揺れたと同時、リキヤは嫌な予感がしてヴァラウィルに殴りかかる。その拳が頬に入る瞬間、ヴァラウィルがニヤリと口角を上げたと同時に目の前が真っ白になる。一瞬だけ世界から音が消えたように静寂を呼び、瞬時に鼓膜を破らんばかりの灼熱の炎が広がった。


「がはっ」


 爆炎に飛ばされたリキヤは壁伝手から生えた植物根に受け止められる。


「証拠は、残すな……か」


 そう呟いたヴァラウィルは陽も沈みきった空を見上げてから、ドロリと溶岩の塊になり闘技場全体へと広がっていく。


「くそっ、次から次へと……逃げるぞ!」


 元囚人たちを先に行かせて、チラリとリキヤを見たアシュリアは溶岩地帯に囲まれた植物根の塊の中にいるだろうリキヤを数秒見た後、急いで闘技場を出て行く。


「おい、起きるね! おい!」


 植物根を顕現させた風魔の巫女たる少女がリキヤの頬をぺちぺちと叩いている。


「あ……キノコちゃん」


「誰がキノコちゃんね! 名乗ってないからってそのあだ名はあんまりね」


 根に護られていたおかげで目立った怪我もないリキヤは少しずつ迫ってくるマグマに気付く。


「これは……」


「焔の獣の仕業ね、早く脱出しないとココもドロドロになって終わりね」


 すると植物根で作られた球体がマグマのせいでか徐々に崩れ始めている。


「おいおい、やばいぞ。このままだとアメーバみたいになって一貫の終わりだっ」


 風魔の巫女は冷や汗を流す。


「いや、これは自然に崩されているわけではなさそうね」


 剥がされるように露わになった球体の外には溶岩を纏ったヴァラウィルがニタリと笑っていた。


「リ……キヤ……」


「すぐさま脱出ね!!」


 風が鎌鼬のような勢いで植物根を破壊し、空が視界に現れたと同時に風魔の巫女はリキヤを抱えて空を飛んだ。

 その時リキヤは真下を、ヴァラウィルを脱出が成功するその瞬間まで目を離さなかった。

 それは向こうも同じだった。


「リキヤ……次は殺す」


「ヴァラウィル、お前は間違っている。その事をいつか絶対に思い知らせてやる」


 闘技場は跡形もなくマグマの底に沈んでいった。




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