20 二人の思想
「一瞬、君とは思えないほどの魔力を感じた」
だから、誰ともしれない相手だろうが立ちはだかるなら貫いてやろうとヴァラウィルはそう考えていた。
しかし、それは失敗に終わった。
土に伏せられた顔を起こし、鎧に着いた埃を払った。殴られたことなどあまり気にしていないように見て取れた。
「生きていることは分かっていたが、まさか戻って来るなんてね……」
つたない程度に地面に着地したリキヤは身体をめぐる血が足りてない事を忘れていた。軽く目眩がした。
「戻ってくるだろうよ、まだ負けを認めたわけじゃない。俺は今ここに立ってるんだから」
それでも相手にそれを悟られない様に敢えて強気な発言をすることによって己をも騙すことをもいとわない。
「そのままどこへなりとも逃げ出せば良かったものを、むざむざ死ぬ為に戻ってくる君の精神には恐れ入る」
剣を抜き、鞘を無造作に投げ捨てたヴァラウィルが一歩、踏み込む。リキヤを無視するように後方に居たディアへと剣筋を突きつけようとした。
「一度護ろうとした人のピンチに駆けつけなきゃ、カッコ悪いからな」
リキヤは一瞬にしてヴァラウィルの前面へと移動し、手錠の鎖を剣に巻き付け動きを封じた。
ヴァラウィルは顔を顰めた。それは動きを封じられたことへの懸念ではなく、アシュリアと同等の雷を鎖から電送させていたからである。剥き出しの戦意を収めて構えを解いたヴァラウィルに細心の注意を払いながらディアへと駆け寄る。
「リキヤさん……無事だったんですね」
積もる話もあるだろう、それはリキヤだってそうだ。だが、それは今じゃない。
「少し、離れててもらえませんか?」
またいつディアが狙われるか、分かったものではない。それにリキヤはまだヴァラウィルの実力を知らない。故に護れる自信はない。もしかしたらまた敗けるかもしれない。今度こそ死ぬかもしれない。少女との約束もまだ残っている。
「……っ、でも」
「大丈夫です、俺だって聞きたいこととかまだまだあるし、それにもう敗けるつもりはないんで」
若干心苦しくはあったが、この場所はとにかく危険だという事には変わりない。黙ったままリキヤの意図を汲んだディアは闘技場を抜ける階段へと走って行った。
「ほう、大した自信を身に付けてきたようだ。生憎だが君とはもう決着がついているんだ、今は遊んでいる暇はない」
ヴァラウィルは視線をアリーナにて立ち見している女性へと目を向けた。金髪の女性が痺れを切らしたようにこちらを睨んでいた。
「あの人は、たしか……」
どこかで見たことがあるぞ……。
「アシュリア様との戦いを邪魔立てするなら、容赦はしないがどうする?」
アシュリアサマ? ああ、あの夜延々と語っていたやつか。
リキヤは彼女の存在にさほど気にする素振りもなく意識をヴァラウィルに戻した。
「ディアさんを狙っておいてどの口が言ってるんだよケダモノ野郎」
獣の耳を生やしながら、ヴァラウィルはリキヤの挑発を受け取った。
「ちょっとは楽しませてくれるんだろうネ?」
顔を黒獣に再び変え、器用に爪を尖らせた。
「あたぼうよ」
だが、今さらそんな状態にビビッていてはまた実力が出せない。勝とうが負けようがこれでヴァラウィルと闘うのは最後にしたい思いが非常に強いリキヤだった。
「待て、勝手に話を進められては困るな」
リキヤが瞬時に相手の前に現れるのと全く同じ技でアシュリアがリキヤの隣に移動した。アリーナからここまではさほど遠くはないが、それでも雷鳴のごとく現れたアシュリアにリキヤは一瞬たじろぐ。
「もともとは私の獲物だぞ? リキヤとやら」
諌めるように言われ、リキヤは垢抜けた表情になってしまった。
「は? もともと戦っていたのは俺の方だろ、ってか待てよ。アシュリアサマってアンタ、ディアさんのお姉さん?」
リキヤはそこで初めてアシュリアの存在を思い出した。確かにあの時、妹って言っていた気がする。顔立ちも似ている、だがあの時は甲冑に身を窶していたせいか判断がつくのに少々手間取ってしまった。
「なんだ、お前の暴走を止めたのは私だぞ? 覚えていないのか?」
「んー」
首を捻るリキヤに呆れてものも言えないアシュリア。だがディアをこの場から遠ざけてくれたことだけは評価に値していた。
そして二人のやりとりを黙って見ていたヴァラウィルが満を持して声を発した。
「話がまとまらない様ならどうぞ、お二人で掛かってこられたらどうですか?」
その言葉に数秒、二人は固まった。
「あ?」「は?」
ものの見事に同じタイミングで素っ頓狂な声を二人してあげた。
ディアは闘技場の実態を知り、ヴァラウィルを倒して報告に戻る。
リキヤはふざけたこの場を破壊して、ヴァラウィルと決着を付ける。
そして二人は、ディアに危害を加えようとしたヴァラウィルのことを絶対に許せなかった。
「……とりあえず話はあとにしてアイツを先に倒したもん勝ちってことにしません?」
リキヤは埒が明かないこの場においてアシュリアに最善の提案をした。すっかり陽も沈み、あたりは街灯が点き始めている。
「ほどほどにな、お前が死ぬと妹が悲しむ」
その提案に賛同したかは分からないが、恐らくは肯定したのだろう。アシュリアは剣を、リキヤは拳をヴァラウィルに向けて構えた。
「だが、また魔力が暴走したら私がお前を殺してやる」
「そういう約束だったもんな、あの時から」
先に地面を蹴ったのはヴァラウィルだった。右手は剣を、左手は咎爪を構え二人して相手取るつもりだった。
アシュリアは重みが増した剣圧を鍔迫り合いに持ち込んだ。リキヤは手首から未だに離れない錠の鎖で引き裂かんばかりの爪を止める。
「でも死ぬつもりはないんで」
アシュリアとリキヤは同時にヴァラウィルの腹に蹴りを入れ、開いた距離をすぐさま埋めようと地面を蹴る。




